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#06 「家を買いたい」

「おーい」


 誰かが私に語り掛けてくる。


「おーい。そんなんじゃ、夜寝られなくなっちまうぞ」


 どうやらトレモロさんのシャワーとやらが終わったらしい、浴衣を着ている。返り血で汚れていた体はきれいさっぱり清潔になっていた。


「それにお前さん、まだシャワー浴びてないんだから……とはいっても疲れはあるか……とりあえずシャワーを浴びてこい」


 トレモロさんに促されて、シャワーを浴びに行く。

 ……これまた新鮮な気持ちだ。お風呂とはちょっと違う、でもさっぱりする。




 シャワーから上がると、トレモロさんも寝る準備をしていた。私は……さっきも言われた通り、あまり眠くない。


「ふー、今日は疲れたな、ファティマ」

「まさかこんなことになるとは、思ってもみませんでしたよ」

「それもこれもこの腕の力さ」


 彼は腕に力こぶを作って見せる。細身に見えて意外と鍛えてそうな身体をしていた。


 窓から見たこともない夜の景色が見える。明かりのついた民家がたくさん、並んで見える。


「どうだ、アンダーグラウンドの夜景ってのは」

「なんだか……素敵です」

「俺も意外にそう思ったさ」


 この高さから見る夜景、っていうのは初めて見る。前に、屋根をねぐらにしようと考えたことがあったのだけれど、斜面の多い民家は、転がり落ちてしまう、と経験したからやめたことを思い出した。上るのもめんどくさいし。


「さ、寝るぞ」


 そう言うと、床に入ってすぐ寝息を立て始めた。

 私もそれに倣おうとして、床に入る。でもなかなか寝付けない。そう思いながら考え事を始める。

 トレモロさんは家を買おうと言っていた。家ってどれくらいのゼニーが必要なんだろう。そしてどうやって買うんだろう。私にガイドできそうな個所が見当たらない。


 そんな考えごとをしていたら、眠気がやってきた。時刻は22時を指していた。そろそろ寝なくちゃ。





 目が覚めると、すでにトレモロさんは目が覚めて、ひげの処理をしていた。


「おはよう、身支度して今日もギルドへ行くぞ」


 トレモロさんはもう少し早起きして、私たちの服の洗濯をしていたみたいだ。


「今日もギルド……ですか?」

「ああ。ちゃっちゃと金稼いで、ポンと家の一つや二つ買いたいねぇ」

「おうち……いくらかかるか知ってますか?」

「それは知らんな。家っていうからには莫大にかかると俺は踏んでいるが」

「それと……あんまり大金を持っていると盗人に狙われてしまいますよ」


 そういうと、彼は、


「じゃあ銀行にでも預けに行くか」

「銀行……?」

「お金を預ける場所だよ。俺だってこんな大金、持ち歩きながら狩りをしたいわけじゃねえさ。……そう考えると昨日ファティマのねぐらじゃなくてよかった気もするな」


 盗人の心配をしての言葉だと思う。確かに、わたしのねぐらだと無防備で盗まれていたかもしれない。


「嬢ちゃんは銀行は知ってるか?」

「いいえ……」

「じゃあ民家の人から聞き出すか」


 彼はあっさりそういった。……そろそろガイドとしての役目を終えるような気がする。


 お金の入った麻袋を手に、ホテルを出る際に、ホテルの人へ彼は尋ねた。


「それなら、この通りをまっすぐ行けば銀行には行けますよ」

「そうか、ありがとう」


 そうして私たちはホテルを出た。


「どうだった、この一泊は」

「……」

「お気に召さなかったか」


 感想を考えているとそう急かしてきた。違う、そうじゃない。


「いいえ、とてもいい一泊でした」

「また泊まるか?」


 ノリよく、トレモロさんはそう発言した。


「いや、それはちょっと……お金もかかりますし」

「ま、それもそうだな」


 そうして銀行へと向かった。

 わたしは銀行とやらがどういう場所なのかわからないし、縁もなかった。


 銀行にて。

 銀行の女の人とトレモロさんが話し込んでいる。


「口座を作りたいんだが」

「でしたらお名前と、住所と、印鑑が必要です」

「印鑑か……サインじゃダメか?」

「大丈夫ですよ」


 そうして彼は書類に色々書き込んでいく。

 その手がふと、止まった。


「ファティマ、あそこの住所、わかるか?」

 

 住所。ねぐらの住所はえっと……


「西地区四丁目583で」

「西地区四丁目583ね……一応把握はしてるんだな、嬢ちゃん」

「恥ずかしながら、ねぐらの裏の家の人に聞いたことがあるんです」


 へえ、と適当に彼は流す。


「つまりその家の人にも許可を取ってるってことか?」

「一応は」


 なるほど、とトレモロさんは何か納得した様子で頷いた。


 手続きが終わったのか、持っていた麻袋の中身を出す。


「このうち6000はこれから使うから……18000を預金する」

「わかりました。厳重に保管させていただきます、トレモロ様」


 そうして身軽そうになったトレモロさんはこちらに戻ってくる。


「さて行くか、嬢ちゃん」

「ギルドですか?」

「いや、朝飯を食いにな」


 そういって向かう食料店。トレモロさんにも土地勘がついてきたみたいだ。早い。


「トカゲ悪魔の丸焼きふたつ」


 そうして私の分もトレモロさんは用意してくれた。

 ……そういえば。


「私の分のお金は……?」

「いや……嬢ちゃんが管理となるとちょっと」

「私の分のお金も欲しいところです!」

「まあまあ落ち着け」


 そういうと彼は私をなだめるように語りだした。


「嬢ちゃん、昨日ステーキを選んだよな?」

「? それが何か?」

「どうも嬢ちゃんは金の使い方が未熟だ」

「未熟……」

「まだまだ分かってないってことだ。ともかく、金の管理は俺に任せてくれ。もし嬢ちゃんが必要だと思ったものがあったら遠慮なく相談してくれ」

「そうですか……トレモロさん、ギャンブルなんかしませんよね?」


 一応聞いておく。いつの間にかすっからかんなんてことがあった日にはこの人とはやっていけない。


「当たり前だ。何が起きてもやらないさ。誓う」

「……わかりました」

 そうして手にしたトカゲ悪魔の丸焼きを食べる。なんだか懐かしい味とともにほんの少しだけ、物足りなさを感じる。舌が肥える、というやつかな……。


 朝食を済ませた足で、そのままギルドへ入っていく。

トレモロさんが入ると、独特の緊張感がギルドに漂う。あ、いつのまにか昨日狩ったドラゴンの頭が壁に飾られている。


「……なんだ、トレモロ」

「今日も依頼はないかってね。ああ、安心してくれ。昨日のドラゴンより命懸けのような真似はするつもりはない」

「はぁ、お前さんだからもっともっと上を目指していくかと思ったが……」


 オーナーさんは少し安心したように語り掛けた。


「じゃあ次は何を狙う気だ。そもそもお前さんの目的がよくわからない。なんだ、大きな買い物でもするつもりか?」


 その答えは私も知っている。


「家を買おうと思ってね。一体いくらくらいありゃあ立派な家が買える?」

「家、か……」


 少し間をおいて、オーナーさんは答える。


「400万ゼニー……それだけあれば、一軒家は買えるだろう」

「400万……」


 さすがにその数字の大きさに圧倒されたのか、トレモロさんは深刻そうに指折り数える。


「地道にやるしかねえな」


 トレモロさんも正攻法しかないと踏んでそう発言した。


「そうだな。まあ、増やす手立てがない、といわないが」

「? どういうことだ」

「カジノで金を増やせるってことだ」


 トレモロさん、その手には乗っちゃダメ!


「悪いがギャンブルは遠慮させてもらうぜ。っつーわけで、何か依頼を持ってきてくれ」

「契約金は?」

「5600あるが……全額使わないでもいい」

「そうだな、そんな額の契約金を賭けりゃあ、数十万軽く稼げてしまうからな」


 その言葉を聞いた途端、トレモロさんの目の色が変わる。


「数十万……」

「昨日のドラゴンの比じゃなくなる。それに、昨日のドラゴンの件はラッキーだったかもしれねえ」

「そ、そうだな……」


 一瞬の気の迷いを断ち切ろうとする彼は、どうにも未練があるように見える。



 結局受注したのは、この前も退治した死霊のハンティング。今度は五匹らしい。契約金1200の、報酬12000ゼニー。


「また世話になるかもな、ファティマ」


 こちらを向いて、彼はそういった。


「気を付けてくださいよね……」

「ああ」


 その直後、突然言葉を発したのはオーナーさんだった。


「最近は死霊より強力な亡霊系モンスターが『墓地』をうろついているらしい」


 冗談だろ? とトレモロさんが訊くと、オーナーは否定した。


「嫌な予感がするな、ファティマ」

「……薄々思っていたんだが、二人、相棒としてやってるのか?」


 相棒。確かにいわれてみれば、これまでを振り返れば、そう思われてもしょうがないことをやっている気がする。


「ああ、大事なパートナーだ」

「ふっ、そうか」


 それだけ言って、オーナーさんは話をやめた。

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