#02 「死霊との戦い」
私のねぐらから歩いて10分。私の通うギルドはここだ。毎日常連がいてにぎわっている。
「よっ、ファティマちゃん、今日は何匹やっつけたんだい?」
そう気前よく話しかけてくるのはツンツン頭が目印なハンターのお兄さん、クラウスさん。
「今日はクモの悪魔を三匹」
「すごいじゃん! 皆祝おうぜ!」
「イエーイ!!」
どうやらお酒の入った会合をやっている。もうすぐ夕方だからそういうこともあるか。
そんなギルドにトレモロさんが入ってくると、皆静かになる。
「……ファティマちゃん、お知り合い?」
「さっき、会った人です」
肌の色からして違和感を纏うトレモロさんに、皆警戒しているんだろう。
「ナニモンだ」
ギルドのオーナーのおじさん。葉巻が似合う。
「ギルドがあるって聞いてな」
「訳ありか?」
「上から落とされちまってね、一文無しなんだ」
「……落とされた、か。相当な罪人と見受ける」
「そう言われたら言い返せねえ」
どうやらトレモロさんとオーナーさんがもめている。そんな横で、
「ファティマちゃん、今日の報酬よ」
そうしてお姉さんから報酬のお金を受け取る。これで私はご飯を食べなきゃ。
……まだトレモロさんはもめている。
「あの人、何者なの?」
報酬を渡したギルドのお姉さんも聞いてくる。
「落ちてきた人、らしいです」
私にもそれ以上答えられるわけもなく。
「一文無しなら契約金も出せないんだろう、お前さんの来るところじゃねえな」
「くっそぉ……」
そんなとき、私とトレモロさんの目が合う。
「おいおい兄ちゃん、そんなことしねぇよな?」
「……ファティマ」
「……なんでしょう」
「頼む! その金、俺に貸してくれ!」
「え……えええええ!!!」
「ふざけた男だ」
オーナーさんも呆れている。
「その金、倍にして返す! 頼む!」
「ファティマ、怪しい奴の相手なんてやめたほうがいいぞ」
オーナーさんから見ても怪しいんだろう。でも。
私は見た。あの赤い斬撃を。命を救ったあの攻撃を。それに―――この出会いは「運命」だって私は感じたんだ。
「……いいですよ」
「おいファティマ!」
「本当か! それなら」
「チッ、しょうがねえな……」
そう言いながら、オーナーさんは扱う仕事を持ってくる。
「ファティマの二倍、って言ったな。そうなると……死霊退治にでも向かってもらうぞ」
「死霊、ねぇ」
オーナーさんとトレモロさんが話し込む間に、クラウスさんが冷やかしを淹れる。
「おいおい、あいつ死霊退治に向かうんだとよ、だっはっは!」
「初見じゃ無理だろ!」
そんなヤジを聞こえていないかのように、契約を進めるトレモロさん。
「……これでいいな。ファティマ、すまない、金を」
そうしてトレモロさんへ、報酬としてもらった貴重なお金を渡す。
「ファティマ……あんまり怪しい奴とはつるむんじゃないぞ」
私への警告。これは……私が彼を信じた結果だ。
「あと一つ、俺と約束しろ。ファティマの命を保証しろ」
オーナーさんがさらにトレモロさんへ言いつけた。
「分かってるって。ファティマは巻き込むつもりはねぇ」
「ならいい。契約成立だ」
そうして、トレモロさんに死霊退治の仕事が取り付けられた。
◆
トレモロさんとともにギルドを出る。誰かの作った地下都市のあかりはそろそろ夜へと準備を始めて、暗くなりだしている。
「なあガイドさんよ」
「まさか……」
「この『墓地』ってとこまで案内してくれないか?」
「いやいやいやいや。もうこんな時間ですし、そもそも私を巻き込まないって言ったじゃないですか!」
「あれは、……ノリだ。あそこで大見得切らないとオーナーは頷いてくれなかっただろう」
「それはそうでしょうけど……」
「……」
少し黙り込むと、彼は私の足元に跪いた。
「?」
「これは儀式だ。……お前さんの命を守る。その誓いを守る、儀式。俺を信じてくれ」
「……わかりましたよ」
さて、とトレモロさん立ち上がる。
「じゃあ案内頼む。どうやらこの死霊ってのは夜しか出ないらしいからな。それに、このままだとお前さんの今晩の飯も食えねえ」
「それもそうですね……お願いしますよ」
「任せな!」
そうして私の『墓地』への案内が始まった。
墓地に着くまでにもいろんな悪魔たちは出てきた。それもトレモロさんはその赤い刀で一撃、切って倒していったのだった。
『墓地』。
たどり着いた頃にはすでに夜も更けていて、私も眠くなってきていた。
「どこだ……どこにいやがる」
赤い刀を握って、トレモロさんは死霊がいつ出てきてもいいように構えている。私はもう眠くて眠くてしょうがなかった。
「嬢ちゃんも眠そ……嬢ちゃん!」
そういう声が遠く聞こえる。まるで私の意識が遠くなっているみたいに。
赤い一撃。それを振るうと、私の意識の感覚が戻った。
「……まさか嬢ちゃんから狙ってくるとはな」
「えっ……私、いま」
「魂を吸われかけていたぞ」
震える。まさか、また命を奪われかけていたなんて。
「嬢ちゃんから離れられねえな、これじゃ」
そういってトレモロさんがこちらへ近づこうとする。
進む先に、死霊の鎌が添えられていると気づかずに。
「トレモロさん!」
そういって、私は火の魔術を飛ばす。すると死霊の鎌は消える。
「なんだなんだ!?」
「いま死霊の鎌が」
「……マジか」
首にうっすらついた傷から流れる血液。それを直す薬剤も、私は持っていない。
「とりあえず、とんでもねえ地雷を踏んじまったってところか、この仕事!」
「そうみたいですね!」
二人、背中合わせになる。緊張感で目は冴えてきた。眠気ともおさらばだ。
「それにしても嬢ちゃん、立派な武器を持ってるんだな」
「火の魔術ですか?」
「ああ。それでこの街で生きているんだな」
「そうです」
「そうだよな、そんなものでもないとこの過酷な街は生きられなさそうだな」
死霊が姿を現す。
私たち二人を見ると、二人とも薙ぎ払おうとする鎌の一撃を振ってきた!
「へっ」
それをトレモロさんは弾く。そして、死霊に斬りかかる。でも、その一撃は空を切る。
「まさか、物理が効かないってんじゃないだろうな」
「そんな気がしてきましたね……」
「嬢ちゃん、死霊とは初めてか?」
「挑む気にもなりませんよ!」
「……おいおい、数が増えてねえか?」
確かに、煙のようなその身体は、一つ、二つ、三つほどに数が増えていた。
「―――魔法ねぇ。こんなぼんくら魔法でも効くかな?」
そういうと、トレモロさんは赤い剣からビリビリ、と稲妻を放ち始めた。
「魔法は不得手だが―――やあっ!」
あたりを漂うその死霊に触れると、死霊は嫌がるように、それをよけた。
「やっぱり―――嬢ちゃん、嬢ちゃんの力も欲しい!」
「欲しがり屋さんですね、まったく!」
それに応えると、トレモロさんは死霊たちに雷撃を撃ち始めた。当たっている。当たって、死霊たちがひるんでいる。
「ファティマ! 今のうちに火の術を!」
「分かりました!」
手元に用意される、高温の物体。それを雷撃の当たっている死霊に当てると、一匹、形を崩して、鎌が落ちてきた。
「依頼じゃ一匹でいいらしいが―――そうもいかないな!」
「そうですね! えいっ!」
そうして残る二匹にも火の術を当てる。同じく、形を崩して、鎌を捨てていく。
「はあっ、はあっ……」
「大丈夫か嬢ちゃん、ずいぶんキているようだが」
「こんなに……一日に火の術を使ったことなんて」
無い。そう言おうとして、疲れで倒れ込む。トレモロさんの声もだんだん遠くなっていく。これは魂を吸われているわけじゃないよね……願いながら眠気に身を任せた。