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絵馬-ゑま-【短編集】

作者: 弥amane

こちらの小説は短編集になります。

この小説には残酷な描写があります。

苦手な方はご注意ください。





【01:西村 絵里 】




―朝―


目覚ましの音で目が覚める。


顔を洗ってやっと思考が目覚める。


朝食を簡単に済ませて


支度をして――


いつもと変わらない毎日。


いつもと変わらない世界。


いつもと変わらない……。


そんな当たり前で、つまらない平穏の日々があの瞬間から変わった。



私にとっての



【幸せ】



それは――





「何これ??」


仕事から定時で帰宅した私は、ドアポストに入れられていた郵便物を手に取りながら独り言を口にしていた。


「どうやってここに??」


私は過去にストーカーに悩まされた経験がある。だから、セキュリティ万全を宣伝文句にしていたこのマンションに引っ越した。


(どうやってドアポストに入れたの??)


私は手に取った郵便物を見つめながらそのまま玄関で一時を過ごした。


「……でも、私宛になってるし―」


奇妙な感覚のまま私は室内へと入った。


(深く考えると気持ち悪くなるだけだし…)


そう思った私は、ソファーに座ると見た目は何の変哲もない少し大きめの郵便物を開けた。







――ゴトッ――








「え??何…これ??」


鈍い音を出して封筒からすり落ちたのは…



神社でよく見る……



誰でも1度は買った事があるであろう………



木製の――



【絵馬】



「なんで絵馬??これって、神社とかで願い事を書く絵馬だよね??」


私は、床に落ちている木製の絵馬を手にとって封筒の中を覗き込む。


「手紙だ。」


ポツリと呟いてから手にした絵馬をテーブルに置き、封筒の中から手紙を取り出した。



『西村 絵里 様』



「やっぱり私宛だ。」


真っ白な紙にどこか温かみのあるオレンジ色で書かれた文章。



『同封した絵馬は貴方の願い事を必ず叶えてくれる絵馬です。ただし、願い事を必ず叶えるわりに貴方の大切な何かを代償として頂きます。』



「……は??」


そこで私は読むのを止めた。


「くだらない。願いを叶えるとか、代償とか。差出人の名前も無いし…」


溜息混じりに私はテーブルの上の絵馬と共に、封筒と手紙をゴミ箱へと捨てた。



━安全な道を行く━



それが私のモットー。恋愛だけじゃない。全てにおいて自ら冒険などしようとはしない。


『平凡』が1番。


『普通』が1番。


「そんな私にこんな物はいらない。」


吐き捨てるようにそう口にして、ゴミ箱の中を見下ろすと、私は浴室へと向かった。




湯気で曇った鏡。


手で水滴をふき取り、映った自分の顔……。


「疲れてるな〜ぁ」


鏡に映った素顔の自分。


いつの間にか出来た目の下のクマは、いくら寝ても消えることは無くなった。


頬には若い頃の手入れの悪さのせいなのか年からなのか、シミが出来ている。


鼻や額に出てきたニキビとは言えなくなった吹き出物。私もあと4日で30歳になる。


祝ってくれる恋人など居る筈もなく、家族ともここ何年もまともに会話をしていない。


「はぁ……」


そんな自分に私は溜息しか出ない。



20歳で地元を出て今の職場で働き始めた。




新しい生活。



新しい職場。



新しい出会い。




何もかもがキラキラ輝いていて、何にでも興味を抱いた。


それが、10年も過ぎれば安定を求めて暮らしている現実。


気に食わない上司や同僚が居ても、安定保持のために転職にも踏み出せず、これといった趣味も無いまま、周りに対する興味も無くなっていった。


そんな私を1年程付き合っていた彼は、一昨年のある日…


「つまらない女だな。」


と言って去って行った。



━孤独━



今の私はその2文字そのものだった。



『願いを叶えます。大切な何かと代償に…』



シャワーを頭から被ったまま呟く。


あの文章が私の頭をカキ回していく―


温まった身体をソファーに委ねて、ゴミ箱から拾い上げた封筒と絵馬を私は見つめた。


「失うものなんて無いし…。大切なものも無い…。」


そう口にして私は手紙の続きを読み出した。


しわくちゃになった手紙の続きはこう書かれていた。



『絵馬に自分の願い事をお書き下さい。その後、その絵馬を窓の外に吊るして下さい。願い事が叶う頃、絵馬は割れてその時をお知らせするでしょう。願いを叶えた代償は、願い事が叶うと同時に受け取り致します。』



更に手紙は続ける…



『くれぐれも後悔されませぬよう、よくお考え下さい。代償につきましては、願い事に比例した代償とさせて頂きます。』



そして最後はこう締めくくられていた。



【平凡な日々はつまらなくはないですか?】



「な…なんで…」


妙に説得力のある文面。文字の色も何か神秘的な色にさえ見えてくる。


最後の文面は私にペンを握らせるのに充分過ぎる程、私の心の中を見透かしていた―


私はペンを手に取って、絵馬へ願い事を書き込み、絵馬をベランダへと吊るした。



殺風景なベランダに似つかわしくない絵馬。



風に揺れながら私を見下ろしている。



そんな絵馬に私が書いた願い事は……



【これから先、暮らしていくのに困らないだけのお金が欲しい。】




「……叶ったら凄いよね!?」


私は絵馬を半信半疑に思いながらそう口にした。




【平凡な毎日から抜け出すにはお金が必要。】




趣味も無ければ人間関係も乏しく、そんな事くらいしか思いつかなかった自分に少し呆れる。


私はカーテンの隙間から見える絵馬を一時だけ見つめて、いつもの時間にいつものように眠った。




暗闇に揺れる絵馬。





ゆっくりと……





ゆっくりと……





願い事を噛み締めるかのように。。。





「はぁ。踊らされたわ…」


ベランダで揺れる絵馬を見つめて、ビール片手に私は溜息をついた。


半信半疑になりながらもあの手紙の言葉にどこか期待していた自分。


そんな自分に言い聞かせるように…


「平凡が1番よ。くだらない。」


そう口にして、1週間様子の変わらない絵馬から目を外して私はゆっくりと窓を閉めた。




━異変は8日目から起きた━



「え!?な!?何これ!?」


ドアポストから取り出した封筒を開けて、私は歓喜の声を上げた。


絵馬が入っていた封筒と同じ封筒に入っていた


ソレ……


呆然となったまま床に散らばったソレを見つめて私の思考回路は停止していた。


私の足元には絵馬が入っていたのと同じ封筒。


そして―


数え切れない程の札束。




下の床が見えなくなるくらい―




あまりのその量の多さに、偽物にさえ見えてくるような―




1万円札の海が私の足元に広がっていた。










――パキッ――


乾いたように何かが割れる音が聞こえ、私は我に返った。


「もしかして!?」


私は急いで音がしたベランダへと向かう。


窓の鍵に手を伸ばした時、わずかに目が霞んで私は窓に両手を付いた。


「……え??」


窓に手を当てたまま頭を下に向け、自分に起こっている状況に困惑していく。


「な…何こ…れ??」


目の前の風景は霧がかかったように、ゆっくりと着実に薄く白くなっていく。


「私…の目??」


自分の右目に手を当てながら、窓の外の絵馬に頭を上げると、


そこには―


真ん中から綺麗に割れた絵馬が、いつもの様にゆっくりと揺れていた。


「わ…割れてる…。やぱり、あのお金!?」


そう口にして振り返った先には、先程と同じように札束の海が……



――あるはずだった。


「見えない!!何で何も見えないの!?真っ白じゃない!!」


振り向いた先に見えるはずの住み慣れた自分の部屋。。。



―が真っ白で見えない。


先程まで普通に見えていたはずの世界が、真っ白になってしまっている。


私は震える足に力が入らず、その場に座り込んだ。


全身が震えて言う事を聞いてくれない手足を動かして、テーブルまで這って戻った私の手に、札束らしき感触が触れる。


「……あった。」


そう漏らすとそこから私は動けなくなった。





━見覚えの無いお金━




━割れた絵馬━




━突然失われた視力━




私の頭にあの文面が流れ込んでくる。



【願い事を必ず叶える代わりに、貴方の大切な何かを代償として頂きます。】



「…代償は視力?」


持病も何も無い私にとって、この状況を作り出したのはあの絵馬以外には思いつかなかった。


「お金。お金があれば視力も治せるはず。」


目が見えるうちに確認した札束の正確な金額は分からない。


でも、今まで見たことが無いくらいの量だった。


広くは無い部屋だが、あっという間に床が見えないくらいに散らばった。


「あれだけのお金があれば―」


そう口にして、今も小刻みに震える体に力を入れ直すと、私は手探りで鞄から携帯を探り当て救急車を呼んだ。




(あのお金で手術をして目を治せばいい。)



(大丈夫。すぐに見えるようになる。)



(大丈夫。大丈夫。大丈夫。)




初めて体験する目が見えない状況。


不安をかき消そうと、自分に言い聞かせるように私はそう心の中で何度も呟いた。


「西村さん?ご気分はいかがですか??」


主治医の声がする。


「大丈夫です。」


私は元の生活に戻れる瞬間を待ちわびて、明るく答えた。


「では。包帯を取りますよ??最初は光に慣れるまで時間がかかりますからね??」


主治医は決め文句のような台詞を吐いて、私に巻かれた包帯を外し始めた。


窮屈でならなかった頭部が開放されていく。


(これでやっと不自由な生活から開放される。)


そう思うと、包帯が外されていくのに合わせて私の鼓動は早まっていった。


「ゆっくりと目を開けて下さい。」


主治医に指示され、私は期待に胸を膨らませながらゆっくりと目を開いた。


「……え??」


思わず私は言葉を漏らした。


「どうですか?私の顔が見えますか??」


聞きなれた主治医の声。


…に私は答えることが出来ないでいた。


「西村さん??」


何も答えない私に主治医が名前を呼ぶ。



━見えない━



「見え…ません。」


私はそう返した。


「…そんな!?手術は成功だった…」


主治医の困惑する声が聞こえる。


「見えません!!!」


私は半狂乱になりながら更に声を上げて叫んで答えた。


「西村さん落ち着いて!!」


主治医や看護婦が私の体を押さえて来る。


「嫌!!離して!!何でよ!?何で見えないの!?」


見えない何人もの手に押さえつけられながら、私は叫び続ける。


その私の耳の横で―



【願いを叶える代わりに代償は必ず頂きます。】



耳に響き渡るような声。



「えっ??」


その声に驚いた私は動きを止めた。



【必ず…。】



何度もこだます声。



私は全身の力が抜けていくのが分かった。


「え…絵馬。」


力なくそう呟いた私は、主治医や看護婦に抵抗する気力も、泣き叫ぶ体力も、何も残っていなかった。


黙ってその場に力なく座り、静かに泣きながら自分のした事を後悔するしか私には――




「ねぇ聞いた??また届いてたんだって!!」


「あぁ…あの患者さんね。でも、本当にいるのね〜足長おじさんて。あんな大金を毎月送ってくれるなんていいわよね〜。」


「でもさぁ〜目が見えないなんて不自由じゃない??いくらお金があったって…」


「確かにね。お金があってもね??」


看護婦達がまた噂している―


あれから、私はいくつもの有名な病院を巡った。どの病院でも私の目は治せないまま…


包帯を外しては目の前の真っ白な世界を見て落胆する。


その繰り返し。



あの時―



私の元になぜ絵馬が届いたの??



あの時―



なぜ私は絵馬に願い事を書いてしまったの??



あの時―



あの時―












あの時にはもう戻れない。

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編集ということなので、今後またお邪魔することを考えながら感想書きます。 ミステリアスな小説は辛口も辛口にならないくらいスッキリしない部分が明確に現れていいなと思いました。なにか作…
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