87「トゥシァバ一族」
魔界には魔王ダシハヴァンが統治する都アシャンレニルがある。
その王都では、飢饉により臣民の心が荒み暴動が頻発していた。
暴徒を制圧するために、魔王ダシハヴァンは軍隊を動員し、都は内戦状態に突入した。
王都の住民に加え、周辺の街々からも反乱の暴徒が押し寄せた。
そういう危険な状態の社会から、住む所を捨てて脱出して行く者達も後を絶たない。
彼等一族が安住出来る地を探して旅する旅団の一つに、トゥシァバ一族の一団もあった。
魔族が住む大陸以外の世界の住人たちは、一様に魔族を恐れている。
遠い遥か昔に人族と魔族の間で大きな戦争があった。
魔族は皆、人族や亜人族より強い力を持つ者が多く、戦力は強大だった。
その時、蹂躙された人族や亜人族に恐怖の歴史と記憶が刻まれた。
魔族の難民の旅団を、認めたり迎えたりする人族も亜人族も存在しない。
魔界以外の世界では、魔族は遠い記憶により、恐怖の対象と認識されている。
人族も亜人族も魔族から自分達の生活圏を護ろうと、必死になって戦いを仕掛けて来るのが普通だった。
食料にも生活物資にも事欠く魔族の難民の旅団は窮乏を極め、已む無く人族を襲うようになる。
トゥシァバ一族もそういう旅団の一つだった。
魔界を脱出して来た頃は1000名ほどの集団だったが、流浪の旅の最中、
倒れて亡くなっていく一族の者が少なくない。
病に倒れ、怪我に倒れ、他種族との抗争に倒れ、飢餓に倒れる者が後を絶たない。
いつしか一族の人口は280人にまで減少してしまった。
日増しに少なくなっていく一族、何時終るとも知れぬ流浪の旅に、
希望を見出せないゾグィモント長老は失望し、憔悴するばかりの日々を過ごす以外無かった。
このままでは我一族は、消滅を待つしか無いのだろうかと心苦しい毎日を送っている。
ある日、物資調達に出ていたウンラー・グタド・ケフダーの三名から、
思いもかけない報告を受ける事になった。
「長老様」
「おお、ウンラーか、どうした?」
「一族を集めて相談したき事が出来まして」
三人が物資調達の最中、見つけた人族の街セスァレナで、トゥラザト一族が定住している事を報告した。
トゥラザト一族の団長の代わりをしている副団長フォットという者が言うには、セスァレナの街の住民から受け入れてもらい、定住を認められていると言う。
「なんと、魔族が人族の街に定住を?」
ゾグィモント長老は信じられない事だと思った。
人族達から恐れられ、忌み嫌われる魔族を人族が受け入れるとは。
「フォットは【街の人から魔族は恐いと思われるな、気の良い隣人となれ】という鉄の掟を守るなら、我らを街の者に取り次いでも良いとも言っておりました」
「ふむぅ……。鉄の掟のう」
聞いただけでは素直に信じる事が出来なかったが、ゾグィモント長老は一族に希望が欲しかった。
たとえ失望に変わる可能性が有るにしても、今は藁にも縋りたい。
一族の悲願が叶うなら、その話を聞いてみるのも悪くはなさそうに思えた。
「良し、今夜皆を集め一族会議で、どうするか決めようじゃないか」
やがて狩りや物資調達に出ていた者たちも帰り始め、夜には一族全員集まり、
焚き火の周りを囲って一族会議が始まった。
この話は誰にとっても信じ難い話だった。
『どこかで定住して一族の暮らしを確立したい』という悲願は皆同じ思いである。
どこかを開拓して暮らそうにも、0から村を興す方法を誰も知らない。
ただただ充ても無く彷徨う流浪の一族に出来る事は、それほど多くは無かった。
もし齎された話が本当なら、それに賭けてみる他は無いだろう。
トゥシァバ一族はそういう決定をする事にした。
翌日ゾグィモント長老は、旅団副団長のヤーシラそしてウンラー・グタド・ケフダーの三名の道案内で
セスァレナの街の副団長フォットを訪ねる事になった。
「貴方様がトゥシァバ一族の長老様であられるか」
「ゾグィモントと申す。 貴殿と一度話し合いをしたいと思いましてな」
「ようこそお出で下さりました」
フォットは来訪した五人を街の議事場へ案内して、先ずはそこで話をする事にした。
ふむぅ。報告にあった話は本当であったか。
未だに半信半疑のゾグィモントではあったが、一つ、また一つと疑いは晴れて行く。
トゥラザト一族のミモという少女と、その仲間の尽力で街に迎え入れられているとも聞かされた。
その結果トゥラザト一族はセスァレナの街に定住を果たし、街の一員として頑張っている。
ゾグィモントはトゥラザト一族を羨ましいと同時に、彼等の鉄の掟や街の決まり事を守る条件に異論は無かった。
基本的には【平和】と【和合】さえ守れば、苦しい流浪の旅を終える事が出来るのだ。
帰って一族の者達を説得するのは、容易かろうと判断を下すのに時間は掛からない。
意見の一致をみた所で後日街の有力者達を交え、条約に調印する運びになり話し合いは終了した。
襲い、奪い、支配した処で街の住人の一員にはなれぬ事を皆、無言の内に理解出来ていた。
トゥラザト一族のような在り方を、本来は願っていたのではなかったか?
彼等や街の人達と融合出来てこそ、皆の平安が達成出来る。
既にそれを行っているトゥラザト一族と同じになりたいものだとゾグィモントは心に決めるのだった。




