55「ザウィハーへ」
ニホバル達一行はザウィハーへ帰還するために帰途についていた。
「お頭、貴族の馬車が街道を通りますぜ」
「ほう貴族の馬車か、金になりそうじゃねぇか」
「男は護衛兵士を含めて26名、他は女子供が多数のようで」
「随分少ないな。だが、俺達には絶好のカモってもんだな。ヘンモレドス、仲間を集めろ」
テアヌソン山地にアジトを作っていた頃は160名の配下がいた。
討伐軍から逃げた時には140名まで減ってしまった。
逃げ延びたその後も、山賊・盗賊・追いはぎを繰り返していた。
現在は山中にある小さな村をアジトにしている。
以前は他の山賊が支配していたが、バウソナの盗賊団が村の山賊たちと戦い、奪い取ったのだった。
その時の戦いで、バウソナの盗賊団は今は100名弱の集団になっている。
惨めなバウソナは、それでも『いつかは一旗揚げてやる』という希望を持っていた。
何といってもバウソナには、魔神ツヴァパードの加護があるのだから。
「母様、ザウィハーに帰って父上様に兄上様の成果をお知らせしたら喜んでくれます?」
「それはもちろん。いくつもの国がハユバムの味方になってくれたのです」
「全部兄上様のお陰ですよね」
「その通りです。ルリア」
「ルリアの話は俺上げばかりだな」
「いいじゃありませんか、兄上様はルリアの自慢の兄上様なんですー」
そんな話をしていると、見張りの兵士から緊急報告が入った。
「アビスナ王太后様、山賊が出ました。これより迎撃に入ります」
ニホバル達一行が通る街道は丁度谷間の底を通過中だった。
両側の山間から挟撃されると、逃げ場が無い状況だ。
バウソナ達は地の利を考えて、この場所を襲撃の場所に決めていたのだった。
普通なら、護衛兵士10名だけでは、100名弱程の山賊集団には敵わない。
「おうおう、あれはザウィハーの貴族馬車じゃねぇか、
しかも何やら荷物を積んだ馬車も30台はいるな」
「お頭、美味そうなカモじゃぁねえですかい」
思わず舌なめずりをする山賊のバウソナ達。
「母様、護衛兵士が10名じゃ旗色が悪いですね」
「ニホバル様、山賊の相手はオレが引き受けます」
火の精霊サラマンダー『ウラークル』がカンテラの中から話し掛けてくる。
ウラークルはカンテラの中で暇を持て余していたようだ。
「昼間なのに火が灯っていて変だと思ってたけど、精霊さんの休憩所だったのですか」
「あらまあ、精霊様が宿るカンテラだなんて、第一級のマジックアイテムじゃありませんか」
ルリア姫とアビスナ王太后は驚いている。
いや、カンテラは普通のカンテラなんだけどね。
精霊が火の精霊だから、安全性を考えてカンテラに入って貰ってるだけなんだけど。
俺とルリアが肩を抱き合って「出て来い!『ウラークル』」なんて叫んだら絵になりそうかな。
ゴーーーと炎の緒を引きながら、ニホバル王子が手にするカンテラから飛び出すウラークル。
3mくらいの背丈になったウラークルは、炎の剣を手にして山賊たちと戦いになった。
元兵士の山賊たちは果敢にウラークルに立ち向かう。
「くそっ、またしてもサラマンダーかよっ」
「皆、怯むな! 押せ、押せー!」
山賊たちは高熱と炎の剣の斬戟を避けながら、ウラークルに立ち向かう。
魔法の呪文詠唱は間に合わない様子。
たとえ間に合っても無駄に終る可能性が高い。
火の精霊ウラークルが剣戟に立ち回ると、辺りの草に火が飛び散り燃え始めた。
剣戟を繰り広げる周りは火の海になって行く。
火の海の中から、一際大きく立ち上った炎は、五人のウラークルの姿になり始める。
五人のウラークル達は、それぞれ別の炎の武器を構えている。
炎の槍で戦うウラークル。
炎の戟で戦うウラークル。
炎の刀で戦うウラークル。
炎の双斧で戦うウラークル。
炎の大鎌で戦うウラークル。
そして炎の剣で戦う元のウラークル。
山賊達の剣では、炎を消す事も断ち切る事も出来ない。
「くそっ、炎の精霊だなんてどうすりゃ良いんだよ」
二つに断ち切ったと思えば、二つの炎は二人のウラークルに立ち昇って襲って来る。
ウラークル達の炎の武器は、ゴウゴウゴウと音を立てて振り回された。
散らばった山賊たちに、それぞれのウラークルが対峙して戦い、斬り裂いて行く。
乱戦にも拘らず何をしても炎の精霊は増えて襲い掛かってくるばかりだ。
炎の剣で斬り斃され、高温のウラークルに焼かれ消し炭になる。
瞬く間に40名ほどの山賊は討ち倒された。
「兄上様、炎のウラークル様が怖いです」
「ルリア、火というものは本来怖いものですよ。だから皆火は気をつけて扱うのです」
アビスナ王太后がルリア姫に火の怖さを教えている。
大自然の物に対しては、人も動物も非力であると言わざるを得ないのだけど。
「火の精霊があのような戦いをするとは……」
ナサラトット魔道研究所所長は、活目してウラークルの戦いに見入る。
「くそが、またしてもサラマンダーかよ。だが、俺には魔神ツヴァパアドが付いているんだ」
バウソナは魔神ツヴァパアドを呼んだ。
谷底に冷気が流れ、空には黒い雲が山々を覆い隠し始める。
黒い雲の中には城や紫の稲妻がバシンバシンと走り始めた。
やがて黒い雲の合間から巨大な黒い腕が出現し、ウラークルを掴み取ろうとし始めた。
以前にアルパリヤ領の召還士が召還した炎の精霊は、魔神ツヴァパアドに握り潰された事がある。
精霊の力では、魔神には勝てないのだ。
ウラークルにかつて無い危機が訪れた。
ウラークルが魔人に掴み取られる寸前で、魔神の黒い手を払い除ける者がいた。
「魔神ツヴァパアド、それは許しません」
凛と響く女性の声が事態を制した。
誰だ?
魔神ツヴァパアドの巨大な黒い腕を払い除けたのは。
そこには光り輝く女性の姿がある。
もしかして女神様とか?
その女性の姿は見覚えがある。
確か、サテュロスのメフルアを連れて来たポリュヒュムニアさんだ。
「ニホバル様、調べた所によると、ポリュヒュムニアとはミューズ神の一柱ですよ」
ツェベリが調べてニホバルに告げた。
ミューズ神?
たしかギリシャ神話に出てくる歌や芸術の女神だったような。
と、いう事はリャナンシーのルノアが関わっている女神様はミューズ神だったのか。
やっぱり弁才天じゃなかったようだ。
「いいえ、ニホバル様、ミューズ神は弁才天様の原型かもしれまん」
ツェベリが調べてニホバル王子に言う。
それにしても雰囲気も姿形も違うように思うけど。
ギリシャからインド、中国を経由してやって来たから、文化という垢が付いて伝わったのかな。
因みにミューズというのは、ミュージックの語源になっているらしい。
石鹸じゃなかったんだ。
バウソナを加護する魔神ツヴァパアドがいるように、
ニホバル王子を影ながら加護する神はミューズ神ポリュヒュムニアだったようだ。
戦いは女神対魔神の対決に移って行く。
ミューズ神ポリュヒュムニア vs 魔神ツヴァパアドの神話級の戦いへ。




