04「放蕩王子」
自由になった俺は城下街ザウィハーへ繰り出した。
さすがに八歳児が一人で街中をブラつくのは無理がある。
侍女のツェベリが俺の手を引く形で街中を散策する。
生前の文明社会の記憶がある俺にとって、この剣と魔法の世界、
欧風の中世的なファンタジー世界は好きな雰囲気だ。
むしろ大好物だ。
明るい電灯の代わりに、情緒溢れる柔らかいローソクの明かり、
プロパンや都市ガスの代わりに薪の火で暮らす。
車の騒音や排ガスの無い、緑溢れる世界。
衛生観念はともかくな難点はあるけど。
都会住みの者なら、一度は憧れる田舎生活に準じる雰囲気。
それらに感動出来るのは、転生者ならではの感性に違いない。
だけど都会からの移住者は、住環境の不便さを苦にして逃げ帰るらしい。
転生者の不利な所は、逃げ帰る所が無いという事だな。ワハハハ。
「ニホバル様はお強い方ですね……」
思わず笑ってしまった俺に、ツェベリが気の毒そうに話しかけてきた。
……ああ、いや、俺はそんなに可哀想な子じゃないから、そんな顔をしないでおくれよ。
窮屈な王位継承権なんてものより、自由を手に入れたんだから。
俺はやりたい事を、やりたいように何でも出来る立場になったんだから。
正直、いまだに王族でもあるから、一般の民より断然有利な立場にある。
多少のハネッカエリでも許される位に。
そんな具合に俺は街中を散策するようになり、
城下街の地理に明るくなっていった。
何処にどういう店があるかとか、物の相場がどうなっているかとか。
身形の良い女子供が散策していると、たまに宜しくない連中が襲ってくる。
城下町は、と言うよりこの世界の治安は日本ほど良くは無い。
治安の宜しくない外国で人攫いや、強盗が日常茶飯事の世界と言うか。
だからこそ自分の身は自分で護らなければならない。
そしてお約束の悪人が寄ってくる。
「おう、そこの身形の良いお姉ちゃん、そこを通りたければ、俺達に有り金置いて行きな。へへへ」
いかにもな身形の男達四人が道を塞ぐように囲む。
「無礼者!お前達こそ退散なさい、さもなくば痛い目に遇いますよ?」
「へ! 粋の良いお姉ちゃんだぜ、女の力で俺達に抵抗しようってか?」
しかしツェベリは戦闘侍女。並み居る悪漢を棒一本で薙倒して行く。
さすが元近衛兵、携行している棒を相手から見えないように構えて、間合いを見計らっていたようだ。
一端構えた棒を頭上でブンブンブンと振り回し、間合いに入った男を打ち倒し、すかさず次の相手に向き合い棒を構える。
「お、女、いつの間に武器を……」
ふん!
驚く暴漢の言葉に、ツェベリは棒の一撃で応える。
派手なバキッという音とともに、男は痛烈な一撃を脳天にくらい意識が吹っ飛んだ。
最初の男を見定める事無く、次の悪漢に向き直り棒の一突きで鳩尾を突く。
突いた後の引きで棒を回転させ、二人の男を速攻で薙倒す。
三人の暴漢を打ち倒すに1分も掛からない手際で全員片付けてしまった。
「愚か者めが、ニホバル様を王族だと判らなかったようだな」
地に伏せる男達を睥睨し反撃の有無を注意し、危険が過ぎ去った事を確認する。
後は衛兵を呼んで後始末するだけだ。
ツェベリは周りにいた街人の一人に守衛に伝えるように言付けた。
「私はニホバル様付きの戦闘侍女ツェベリだ、そこの者、衛兵の詰め所に連絡に走ってもらいたい」
「あ、はい」
いくばくかの金を受け取った街人はこの場を走り去って行く。
こういうシチュエーションだと印籠を出して
「控えい!」「控えい!」「この御方を何と心得る」
とかやってみたい気分だね。ツェベリはカクサンになるのかな。
いや、恥ずかしくてやらないけど。
こんな俺でも恥というものは知っているつもりだし、
刃物を使わないのは、城下の臣民を殺傷する事を避けるためだ。
やたらと臣民を殺傷すると、王の評判が落ちかねない。そのための配慮だろう。
そんな理由で薙刀の代わりに棒術で対処するようにしている。
「うー。父王はこういうレベルを望んでいたんだろうな」
そう思うと少々寂しい気持ちになる。
だが、街の様子が解れば俺でも何か出来る事の一つも有るだろう。
そのためにも社会勉強は必要なのだよ。
そういう事にしておこう。
そんな具合に1ヶ月ほどツェベリと一緒に街を散策したり、店で食事をしたり、
暴漢を撃退したり、露店で買い食いしたり、露店の店主を冷やかして過ごしていた。
護衛が付いていると、中々友人というものが作り難い。
かと言って暴漢の例もある様に、王族の子供が護衛無しで出歩く事も出来ない。
そもそも国家重要人物がSP無しに出歩く事は常識的に有り得ない。
だから自分のそっくりさんを身代わりにという話にはならないな。
いつしか街に『放蕩王子』の噂が流れ始める始末。
自分としては歌舞いているつもりは無いんだけどな。
ノブナガだって若い頃は『うつけもの』呼ばわりされたらしいし。
気にしたら負けかな。
そんな俺に父王は更に愛想を尽かし始めているようだ。
城下街へ出る事に注意も心配もしなくなって来てるように思う。
今じゃ街での出来事を聞いてくれるのは母様だけになっている。
一方城内では ------------------------------------------------------------
「父上、兄上の放蕩ぶり如何するつもりで?」
「うむ。バウソナよ、ニホバルはあれでも聡い所があっての、王権を継げぬ以上、若過ぎるとは思うが、
若隠居をしてもらう他無いだろうなぁ。既にそれを悟っているように見受けられる」
かつて父魔王ロンオロスが王権に就いた時にも、兄弟による王権争いが起こった事があった。
現王権に反逆する者ならば粛清され、反逆の意思無き者は隠居生活を約束に政権から外された経緯があった。
現王権に万が一の場合があった時には、隠居の王子はリザーブとして考えられている。
政権争いに負け、隠居生活に入った王族は、大抵放蕩者に堕してしまうのが常。
ニホバルの評判を聞く限り、既に隠居の放蕩者の道に入ったとしか思えなかった。
国家の財政が傾くほどの道楽者ならともかく、微々たる事なら放蕩貴族の数人程度では王国に影響は無い。
そういう理由で隠居者でも、仮にも血族だから大目に見られている風習が王家にはあった。
―――ふっ。兄上は負け犬ですな。私バウソナに負けた無能者だ。
バウソナ王子は心から兄王子ニホバルを蔑むようになったのだった。