33「家族団欒」
王都内の職人工房で土鍋を発注した。
武具の工房で、壊れた兜を加工して、小さなコンロと言うか竈を作る。
目的は寝たきりになった父王の慰問のため。
皆で談笑しながら鍋を囲んで食事をしたくなったからだ。
ここで一つ重大な問題に気が付いた。
しょうゆ、醤油が無い。
この世界に醤油が無い、当たり前だが。
大豆から作る醤油は難しいけど。
魚を塩水に漬けて醗酵させる魚醤なら可能かも。
そう考えて、壷と塩、魚を購入して研究に入った。
「兄上様、一体何を? 部屋中臭いです」
ああ、今調味料をね……。
この時気が付いた。
日本の料理と言えば、基本は出汁だ。
出汁が無いと料理の味に深みが出せない。
この世界には、カツオも昆布も化学調味料も無いんだ。
カツオの味の魚が無いと、鰹節が出来ない。
昆布も何か海草を採って来ただけじゃ出汁にはならない。
つまり、出汁や味噌については俺はお手上げだという事実。
○世界食堂でもあれば話は違うだろうが。
そうすると頼みの綱は、魚醤と塩だけって事か。
色々ある調味料の偉大さに身をもって思い知らされた。
肉や野菜を煮込んで作るブイヨンなら、城の料理人でも出来るかもしれない。
生前、料理関係の仕事じゃなかったのが悔やまれる。
全ての知識はうろ覚えで乏しく、心許ないし。
……ああ~、何とか生前の食材や調味料が手に入らないかな。
それから一年ほど試行錯誤して、何とか魚醤らしき物に漕ぎ付けた。
城の料理番の人から、肉と野菜を用意してもらい、土鍋と竈を持参し、
母様、ルリアを伴い、父王の寝所を訪れた。
「ニホバル、今日はここで何をするつもりかの?」
「父上の慰問として、今日この場で俺が料理を作ります」
「料理なら、城の料理番に言えば良いんじゃないのか?」
「それではダメなのですよ。俺と父上、母上、ルリアと皆で鍋を囲って料理を楽しむのです」
「ほう」
竈に入れた薪に火をつけ、水を入れた土鍋を竈の上に置く。
水が沸騰したら、野菜や肉を土鍋に投入し、魚醤で味付けをする。
若干魚臭い醤油だったけど、熱が通ったら肉や野菜の隠し味に収まった感じになった。
いわゆる水炊きってやつだな、違うか。
煮えた具材を小鉢に分け、皆の手元に配る。
「さあ、召し上がれ。 熱いので気をつけて」
「ほう、これは…」
「あらまあ」
「兄上様、美味しいです」
城の冷めた料理しか知らないだろう父上や母上には驚きの味だろうと思っていた。
炊事場から食堂に運ぶ手間もかかるし、途中で毒見役を通さなければならない。
そんな手間隙を掛けるから、食事の際にはアツアツじゃなくなっている。
「うん、これは野戦の時の炊き出しを思い出すのぅ」
あら? 父王はこういう料理を知っていたようだ。
ともあれ、俺の願った家族団欒が実現出来た。
皆で談笑しながらの食事は、何より旨いし心温まる。
側仕えの引く椅子に座り、カトラリーを使ってお上品に食事をするより、
俺はこちらの方が良い。 王族の食事マナーとは掛離れているだろうけど。
最も中世のヨーロッパでの食事は散々だったと聞いた事がある。
パスタは手掴み、スープは手で掬い、堅いパンの上に色々乗せて食べたらしい。
そういえば、この世界で麺料理を見た事が無いな。
色々と持ち込めば食文化が大きく変わりそうだけど。
「美味かったぞニホバル」
ロンオロス王はかつての活力を取り戻した気持ちになれた。
「ロンオロス様、またこういう食事会を催したいものですね」
王太后のアビスナ母様も、慎ましやかな一家団欒の味を気に入ったようだ。
「うむ、そうだな。ニホバル、また頼めるか?」
「ルリアも父上様と母上様と兄上様みんなで食事したいです」
父と母と子供達の心温まる家族団欒の温かい食事。
それは王城の中で暮らす者達には、中々味わう事の出来ない食事だった。
拙い俺の料理でも、場の雰囲気で美味しく食べられるものだ。
「ニホバル様、ルリア様が土鍋と竈と調味料をお借りしたいとの事で」
ツェベリがキスナエレアと共にやって来た。
先日の鍋が美味しくて、キスナエレアにも味わって欲しいと道具を借りに頼んだらしい。
……ん~、あれは家族団欒の味だから、お付のキスナエレアとで同じ味になるのかな?
丁度良い機会だから、俺もツェベリ、ルリア、キスナエレアと一緒に鍋を囲んでみるか。
キスナエレアはツェベリと同じで、ルリアが幼い頃から一緒にいてくれる人だから、それはそれで家族同然か。
ツェベリもキスナエレアも従者ではあるけど、俺とルリアの保母さんであり、姉やでもあるしね。




