28「放蕩王子と勇者」
グレイド達一行は、露店のオヤジの言う通り、貴族街にある王妃の別邸にやって来た。
人族の貴族街というのは、まるで別の種族だと言わんばかりに一般人だと入れないのが普通だ。
王侯貴族と平民には絶対的な身分の一線が引かれ、区切られている。
人権の重みからして王侯貴族は神だと言わんばかりだが、内面は腐敗の限りを尽くしている。
しかしどういう訳か、魔族の国ではそれほど厳しい区別が無さそうだ。
貴族街と平民の町は高い壁で仕切られてもいないし、検問も無い。
「嘘のように簡単に貴族街に来れたな」
「信じられん事だ、しかし建物を見れば平民の物とは明らかに違うな」
「まさか魔族の方が人間より規律正しいとか?」
「蛮族以下の獣同然の魔族がか、冗談はよせや」
やがて聞いた通りの場所に大きな館があるのを見つけた。
「この館に王子がいるのか」
住民の姿形を別にすれば、街中の様子も、別邸の様子も人族の街と大差は無かった。
仮にも王子のいる館に、どう言って入ったら良いものか、全員考えあぐねていた。
いきなり敵対して良いものかどうか、切り出し方が解らない。
「あのー。 もしかして兄上様のお客様ですか?」
そんな声に振り向くと、魔族の少女がこちらを見ている。
兄上様と言う言葉から察して、この子は王子の妹姫だろうか。
それにしても敷地内とはいえ、護衛の一人も付いていないのは無用心過ぎじゃないだろうか。
俺たちがそう思うのも何だけど。
見るからに妖しい格好をしているグレイド達一行を、玄関ドアの前で手招きしている。
「おい、どうするよ」
「ここまで来たら、なる様になれだな。腹を括ろうぜ」
玄関を潜った一行は、また驚いた。
様々な音が鳴り響き、様々な種族がせわしなく行き来し、声を交し合い、騒がしい。
どうやら館には防音の魔術が掛けられている様子。
そして応接室に案内された。
「何なんだ?ここは、一体何をやっている?」
「俺にもさっぱり解らんぞ」
部屋の中で立ち尽くす一行。
やがてドアが開き、王子と思しき者が、屈強な女の護衛とともに入って来た。
政権争いの権謀術数の世界に生きる者にしては腐敗臭を感じない。
攻撃的な雰囲気も無い、単なる良い所のお坊っちゃんといった所か。
……彼は王子だろうけど、絵に描いたようなダメお貴族様だな。
ん?
ニホバルは一行が人族であると見抜いた。
魔族と人族は険悪な関係にある筈だが…。
万一に備えて、唯一使えるチャームを掛けておくか。
いつまでも持続するような強い魔術じゃないけど、差し当たって事は穏便に進むだろう。
グレイド達は、それなりに用心したにも関わらず、チャームに掛けられてしまった。
度肝を抜かれる事が多々あったために、心に隙が出来ていたのも確かである。
ダメお貴族様と評したが、目の前のニホバル王子は魅力的な人物に思え始めた。
魔王の息子なんて討伐対象の筈なのに、そんな事をする気になれない。
目の前の魅力的な人物を、どうして手に掛ける事が出来ようか。
「あー、その、何だ、俺たちは魔王を討ちに来たんだけど…」
「あ、ニホバルさんって言ったっけ、もうそんな事、俺たち思っていないんで…」
「ところで、ニホバルさん、ここで一体何を……」
目の前の一行の表情が、緊張から好意的に軟化したのを見て、
チャームが掛かった事を確信した。
「そっか、俺の立場として父上様を討たれるのは心外だが、その気が無いなら館を案内するよ」
「あ、そ、それはもちろん。もちろんありません」
「ニホバルさんは、ここで何をやっているんですかぁ?」
グレイド達は口々に魔王討伐の意思が無い事を語る。
当初の使命感や義勇心、緊張はどこかへ吹っ飛んでしまったようだ。
館内を案内され、各ユニットの音楽を聴き、説明を受けるのだった。
「ほぉ~う。音楽って良いものだったんだなぁ」
「心がウキウキしてきますね。私も好きになりました」
「俺にも楽器が出来たらなぁ…」
皆、音楽に魅了されたようだ。
チャームは解けても、音楽の魅力は簡単には解けまい。
魔王討伐に来た勇者一行だが、ここで目的を失った。
彼らは素直に帰ってくれるかな?
いや、せっかく人族という人材が、手に入ったも同然なんだから、
人族と『文化交流』という話に繋げられないだろうか。
俺はグレイド達を大使として雇いたい事を話してみた。
「え? 俺たちが音楽の大使にですか?」
「そんな文化的な事、私達に出来るかしら」
「広めてくれるのが一番だけど、人族との架け橋になって貰いたいんだよ」
元々冒険者の彼らは、そういう仕事をした事が無いから躊躇する。
した事がなくても、危険も困難も無さそうな緩い依頼だ。
冒険者ギルドで初心者が受けられる程度のレベルだろうか。
帰り道で魔獣に出くわすのが危険なくらいだ。
ここまで来れた勇者一行なら難無く帰れるだろう。
「最初は色んな街を回って、酒場で吹聴してくれれば良いんだけどね」
その旨を伝え、彼等に資金を提供する。
武功の報奨金に比べればチンケな金額だが、冒険者としてチマチマ稼ぐ事に比べれば目の眩む大金だ。
その金を戦わずして得られるなら、これほど美味しい話は無い。
「おおー!一人頭金貨20枚ですかい!喜んで!」
ん、勇者一行は金の魅力に屈したか。
かくして勇者達は、チャームで魅了され、音楽に魅了され、
最後に金貨に魅了され、魔族領を後にするのだった。




