第12話 新しい人生とサプライズ
「(……?ここは…どこだ……?)」
まるで浮いているかのような感覚が体に広がる。
身体に力を入れようとするがうまく入らない。
音もなく目の前すら見えないほど暗い場所にいることは分かるが、そんな場所見当もつかない。
焦り不安になるのが普通だと思うが、俺は何故か不思議な安心感に包まれていた。
「(なんだろうこの気持ちは…。だけど…。)」
俺はこの安心感を知っている。
そうかこの温かさは…。
それは母親の温もりだった。
働き詰めだった両親だったが幼い頃、一度だけ遊園地へ連れて行ってくれた時がある。
俺は初めて来た遊園地に舞い上がって両親とはぐれ迷子になってしまって、心細さから泣き出しそうになった時、誰かがいきなり抱きしめてきたんだ。
それは迷子になった俺を必死に探していた母親だった。
その後ろから父親も走り寄ってきて2人共息を切らせてることに気付いた。
2人は迷子になって俺を懸命に探していたのだ。
俺が感じている温もり、これはその時の温もりに似ている。
「(そうか…!俺は…!)」
眠りかけの脳みそから記憶を呼び起こす。
そうだ、俺は異世界転生をしたんだ!
つまり俺は今赤ん坊になっていて、ここは母親の胎内ということか。
呼び起こした記憶を整理し現状の推測をする。
その時、暗闇の先に眩しい光が差し込んだ。
俺は流れに身を任せ、その光に向かっていくのを待つのであった。
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「おぎゃあ!おぎゃあ!」
暗闇にさした光の先にあったのはそんな光よりもさらに強い真っ白な世界だった。
実際は真っ白などではなく建物の中だったのだろうが
かなり長い間暗闇に居た俺には外の世界は眩しすぎて目を開けることができなかった。
「カレナ様、立派な男の子が産まれましたよ!」
「よかった…!愛しい我が子…やっと…やっと…会えたのね…」
「カレナ…!立派な子供を産んでくれて本当にありがとう…!そしてよく頑張ってくれたな!」
だが俺がこうして泣いていることと、複数人が喜んでいる声を聞けば無事俺は出産されたことが分かる。
しかし何故俺は異世界の言葉が理解できるのだろう?
まるで日本語に聞こえる喜びの声に俺は違和感を感じる。
だがここは異世界!転生者が都合よく翻訳スキルを持っていたとしても不思議じゃないはずだ!…たぶん!
まずは無事に転生できたことを素直に喜ぼう!
俺が難しく考えてる途中も身体を布のようなもので拭かれてたり、ぬるま湯に浸けられたりと迅速に処置が行われていく。
誰かに抱き上げられる感触がする。
そろそろ目も慣れたはずだ。
俺は初めての異世界を目に焼き付ける為両目を開いた。
「…あーう…!」
俺が転生が始めて見たものはプラチナブロンドの髪を持つ美しい女性だった。
エメラルドグリーンの瞳でこちらを見つめ優しげに微笑む。
なるほど、この人が俺の母親らしい。
こんなに綺麗な人が抱き上げているというのに、やましい気持ちが湧いてこないのは本能が母親だということを理解しているのかそれとも赤ん坊だからなのか。
できれば前者であってほしいが…。
俺がしょうもない葛藤と戦っているうちに母親は抱き上げていた腕を伸ばし後ろにいた誰かに抱き渡す。
俺を後ろから抱き上げる手は少しゴツゴツとしていてそれを見る限り男性、つまりは俺の父親にあたる人であろうことが分かる。
父親であろう男性が俺の顔を覗き込む。
「お前も立派に生まれてきてくれてありがとう!愛しい我が子!」
明るく艶のある茶色の髪、そして燃えるように赤い瞳をもった男性が屈託のない幸せそうな顔で笑う。
この人は本当に心の底から愛しんでくれていると疑う余地もないほどの笑顔であった。
その笑顔につられて俺も笑顔になる。
「アインズ様…カレナ様…本当に喜ばしい限りですね!ほら!ご子息様も笑っておられますよ!」
そう言って2人と同じように喜んでいるのは父親と同じ茶色の髪で透き通るような黄色の瞳をもちケモミミをピコピコと動かす女性であった。
………け、ケモミミだ…!本物のケモミミだ…!
異世界転生後すぐにケモミミを見つけられたことに感動を覚える俺。
やっぱり異世界と言えばケモミミだよなぁ。
「あら!本当ね!うふふ、私がママですよー!」
俺の笑顔を見て三人が笑顔になる。
やっぱりこの人が母親だったか!
そうか…母親と父親か…。
前の世界ではろくに甘えることはできなかった存在。
前の両親も今の両親達のように俺が生まれたことを喜んでくれていたのかな?
幼い頃の少ない両親との思い出が心に浮かび少し寂しい気持ちになる。
そうだ、新しい両親にはめいいっぱい甘えさせて貰おう!
母さん!父さん!ってたくさん構ってもらってたくさん思い出を作るんだ!
そんな文化があるのかわからないけど一緒にピクニックとか、キャッチボールとか!
あとあと…。
(なによ、やっぱり愛に飢えてたんじゃない。)
そんな決意を密かに誓っていたところ、ふいにエルフィーナの声が聞こえた気がした。
なんだ?妙に幻聴か?それにしては妙にリアルな幻聴だった気が…。
あまりにもリアルな幻聴に我にかえる俺。
「それでこの子の名前なんだが。」
おっと!かなり大事な話が進んでいたようだ!
俺の名前つけという一世一代のイベントを聞き流すところだった!
かっこいい名前を頼むぜ父さん!
父さんのネーミングセンスが壊滅でないことを祈る俺。
「この子の名前は【レオン】。【レオン・フォードベルク】だ!」
レオン・フォードベルク…うん、かっこいいな!
その名前気に入ったよ!父さん!
「きゃっきゃっ!」
その気持ち伝えるため笑ってみる。
お、どうやら気に入ったと伝わったみたいだ!
俺の喜びを見て母さんも『レオン…いい名前ね!』と笑っている。
フォードベルクが俺の家名ということかな?
(ふむ、レオンフォードベルクか。中々いい名前を貰えたみたいじゃのう!)
頭に響くように声が聞こえる。
そうだろう!そうだろう!俺も気に……!?
今の創造神様の声だよな!?
(ふぉふぉふぉ!驚いたようじゃな!先ほどから色々と見させてもらっていたぞい!)
まじか!創造神クラスになると干渉しても問題ないのか!?ていうかさっきのエルフィーナの声も幻聴じゃなかったのか!うわ!恥ずかしっ!全部聞かれてたとか恥ずかしすぎる!!
(なに、両親から愛を貰いたいと願うのは当然のことじゃろ?なにも恥ずかしがる必要はなかろうて。)
(そうよそうよ!むしろあんたにもちゃんとそういう心が残ってて安心したわ。)
2人の神様が慰めるように語りかけてくる。
いや、まぁそうなんだろうけどさ…。
(それにこれは世界に干渉しているわけではなくての。お主に渡した正体不明のスキルがあったじゃろ?何を隠そうあのスキルはただのスキルではなくての!実は儂の加護じゃったのじゃ!)
はぁぁぁぁー!?
創造神の加護という異世界モノのラノベではチートオブチートなスキルをサプライズ取得させられていたことに驚きを隠せない俺。
普通内緒でそんなスキルつけるか!?
ていうかなんでそんな凄いスキルをくれたの!?
(ふぉふぉふぉ!まぁそう怒るでない。儂がお主を気に入ったから授けただけじゃ!)
全く悪びれもなく話すハグルウェット。
(ちなみに効果としては即死や呪いなどの効果無効に教会から神界へのテレパシー効果、あとは異世界語の翻訳ちなみに読み書きも対応しておるから安心するのじゃ。)
ああ!異世界なのに日本語に聞こえるのは加護があったおかげなのか!
疑問が一つ解消され少しスッキリする俺。
それに即死と呪い類の無効はすごくありがたいな!
だけど教会からのテレパシーってなんだ?
なんとなく意味はわかるが…。
(うむ、文字通り教会から儂らに連絡をとれるということじゃな。なに、お主のような転生をさせたのは初めてじゃからのう。なにかと連絡がとれたほうが便利かと思っての!)
なるほど。理にかなった理由のようだ。
見知らぬ世界で生きていく上で限定的とはいえ少しでも知り合いと言える方に連絡をとれるというのは俺の精神的にもありがたい配慮だと思う。
(それにエルフ…)
(…お・じ・い・さ・ま・?)
(な、なんでもないぞい!)
ん?エルフ?エルフがなんだ?
ハグルウェットはなにを伝えたかったんだ?
(と、とにかく!儂らと連絡を取りたくなったら教会から祈りを捧げるのじゃ!わかったの!)
お、おう。なんでそんな焦ってるんだ…?
(なんでもないのよ?うん、なんでもないの!)
そ、そうか。
なんかよくわからないけど多分大丈夫だろう。
あ、そうだ!
(エルフィーナ。)
(な、なによ?)
突然の呼びかけに動揺したようなエルフィーナ。
(心配してくれてありがとうな!)
(は!?べ、別に心配なんてしてないし!)
いやいや…さっき安心したって明らかに心配してくれてただろ…。
まぁ、エルフィーナがそういうならそういうことにしえおくか。
(そっか、まぁそういうことにしておくよ。)
(そ、そうしておきなさい!)
(まったく素直じゃないのう…。さて、そろそろ会話を切らせてもらうかのう。このテレパシーは結構な魔力を使うでの。あ、そうじゃ!テレパシーついでにお主に【隠蔽】のスキルも授けておいたぞい!お主のスキル欄を見られでもしたら国中がお主に目をつけるかもしれないからの!)
うぉぉぉ!チートに目を向けすぎててそんなこと考えてもなかった!ナイスハグルウェットさん!
(うむうむ、気にするでないぞ!では本当にテレパシーを切るからのう。次に話せる時を楽しみに待ってあるぞい!)
(必ず連絡しなさいよ!わかったわね!?)
二人に念押しされて思わず笑ってしまう。
(分かってるよ。ほんと二人には感謝してるよ!じゃあまた今度な!)
(うむ、さらばじゃ!)
フッと耳に残る感覚が消える。
どうやらこれがテレパシーの切れる感覚のようだ。
う、なんだか急に眠くなってきた…。
テレパシーのしすぎなのか赤ん坊ゆえの体質だからか分からないが抗えない眠気が襲ってくる。
それにしても…俺、本当に異世界へ転生したんだな。
にこやかに笑っている母さんたちを見て改めてそう思う俺。
どんな冒険が待っているのかいまから楽しみだな!!
そんな楽しみを胸に秘め、赤ん坊の俺はゆっくりと瞼を閉じ喜びに花を咲かせる両親たちの歓談を子守唄に穏やかな眠りにつくのだった。




