第3話 一息・世界・粘性体
あけましておめでとうございます。
改訂終了しました。誤字脱字等あればお気軽に。
さて。私があの神様の道楽によってこの少女『ユリア・ユリアス・ヴァルフリート』として転生して、早数日が経った。
今私は、母の管理する書斎の椅子に座り、この世界についての本を読み漁っているところだ。
書斎、と聞いて皆々様はどのような部屋をイメージするだろうか。
きっと、せいぜいがちょっと広めのワンルームの壁に天井まで届く本棚がビッシリ並べられ、さらにその中に本がギッチギチに詰まっているくらいだろう。
部屋の主が本の維持管理について無関心な人物ならば、机や床に本が平積みになっていることもあるだろう。
まずそのイメージは取り払っていただきたい。我らがヴァルフリート邸宅の書斎は、屋敷の三階をまるっと掘ブチ抜いて、そこに人がすれ違うのが困難なレベルで本棚がビッッシリ並べられ、そこに本がギッッチギチに詰まっている。部屋の大きさで言うのなら、ちょっとした図書館レベルはある。
所々に休憩スペースなのか長机と椅子が置いてある程度だ。今日のような晴れの日などは、窓は開きっぱなしになっており、晩冬の乾いた風が吹きこんできている。
さて、ついでだ。ここで一度、この世界についての情報を整理してみるとしよう。
まず、第一に。この世界は、中世から近世にかけてのヨーロッパ方面に似た文化を持つ。無論、完全にそれというわけではない。最も大きな相違点をあげるとするならば、まぁ案の定というかこの世界、魔法というものが存在する。
たとえば、この部屋を照らす光源。蝋燭やガス灯でもなければ勿論電気灯でもない。魔力灯と呼ばれるものが天井や壁のいたるところに設置されている。これも魔法による物だと。
だが、魔法という技術は誰にでも使えると言うわけではないらしい。扱うにも才能、それもかなり先天的な才能が必要だ。
魔法の源、魔力自体は誰もが持っている。便宜上、これを電池に例えよう。型は単一でも単三でもなんでもいい。
人間は通常、この電池に合わせそれに繋がった銅線を持つ。これを魔力経路と。まぁ稀に電池だけを持った人間も生まれるらしいが、幸い私は平常。故にこの型になる。
先にあげた魔力灯等の所謂魔道具。これがこの世界の文明を支えていると言っても過言ではない、とおもう。
だが悲しいかな、電池と銅線だけでは精々ちょっとした火遊び程度しかできない。実際、多くの人間は何も持たずに魔法を使うことはできない。
魔法とは即ち、世界の理にお邪魔して少しばかり中身を書き換える技術。素の状態では精々スプーンを曲げるくらいしか出来ない。
故に、光を発するなら豆電球とソケットが。運動エネルギーを生みだしたくばまず、モーター等が必要だ。それに当たる外部装置が「宝珠」と呼ばれるもの。まぁ役割的にはただの増幅装置と言えなくもないが、これがあるだけで曲げる物がスプーンから鉄塔にまではね上がる。
まーもっと専門的な知識を得たくば相応の学校に通うしかない。今の私の知識ではこれが限界だ。
次に、私のいるこの国。名を「フランシウム帝国」。自然で一番最後に発見されそうな名前だが、建国からは500年以上経つ、立派な立憲君主制国家だ。ヴァルフリート家の屋敷と領地は帝都パリエラから少し離れた場所にある。人通りも収入も男爵領としてはそこそこ。仲のいい商人がいることを除けば特筆事項はなし。
あぁ、そうそう。この世界、魔物という謎生命体が存在することも忘れてはならない。
その起源は不明。この地に人類が根付いた頃からいたとも言われ、一説には太古の超巨大文明の使用した生物兵器の残滓だとか。
ともかく、魔物について判明していることは3つ。
1.一部の例外種を除き人類に敵対的な行動を取る。
2.電池と銅線だけしか持たない人間に対し、魔物はプラスして自前の出力器官を持つ。
3.動植物に酷似した容姿を持った種族と、確認されている動物と全く違う容姿の種族が混在している。
歴史を多少紐解くだけでも、この世界はヒトvsヒトではなく、ヒトvs魔物の構図が頻繁に見られる。共通の敵が存在するというのは、同種族感の団結心を生むというが、愚かなるかな人類。相対的によく見られると言うだけで、人類同士の戦争も珍しくない。
さて、今必要な情報はこんなところか。ちょっと本を返しにー……
――ぷるぷる
……あぁ、そうだった。うん、そうだった。君の事を忘れていた。
いや、決して意図的に忘れようとしたわけではない。
君があの神様からの特典だと推察しているからといって、決して警戒して距離を置こうとしているわけじゃない。だから、小動物よろしく震えるのはやめてくれ。
私の足元で、黒い半透明の、謎物質ことスライムが小動物よろしく震えていた。
大きさは1mもあるだろうか。 黒いといっても、かの人類の不倶戴天たる黒光りする昆虫、通称Gのような気色悪さはない。どちらかといえば黒毛の犬猫のような雰囲気だ。
うん、犬猫だな。いまにも私の筋肉の付きの悪い細い脚にすり寄って、頬ずり(スライムに頬の概念があるのかは不明だが)してきそうですらあるのだから、犬猫のような目で見ても間違いはあるまい。ちなみに私は犬派だ。猫にはどうにも懐かれなくてな。
このスライムに発声器官があるのならばきっと、クゥーンとか、そういう寂しそうな声をあげているのだろう。機嫌を直させようとかがんで頭……頭? を撫でてやると、気持ちうれしそうな雰囲気になってる気がする。震えが止まって代わりに頭頂部の突起を懸命に左右に振っている。犬の尻尾じゃあるまいし。
この動くたびに流動する粘性体こと、スライムと遭遇したのは、つい昨日。私が散歩に赴いていた時だ。
我らがヴァルフリート領は特別治安が悪いわけではないが、良いというわけでもない。
自警団はあるが、屋敷から少し離れたメインの街となるとちとばかしチンピラも増えてくる。
うむ。好奇心猫をも殺す。此方風に言うのならば竜をも殺す、か。どちらにしろ、余計な好奇心は身を滅ぼすというのは全世界共通らしいな。
事が起きたのは、その散歩の途中。街のほうまで行ってみようと脚を伸ばした時だ。
「ん? 嬢ちゃん、こんな場所で一人かい?」
数人の男性に声をかけられた。
いや、未成人の少女が一人で出歩いている所をみかねた、善良な一般市民である可能性も捨ててはいけないだろう。だがそれにしては、取り巻きの浮かべる笑みが下卑た印象をうけるのだが。あれか、幼児性愛者のグループか? それとも、私の家の事を知っての身代金狙いか? 異世界にその文化があるかはちょっと調査不足だが。
「なぁ、なんとか言ったらどうなんだ?」
チンピラの数は話している者を含め3,4人ほど、か。全員簡素な鎧を着ている。といっても、騎士という風貌ではなく、所謂…冒険者という奴か。実在するのならばギルドなり見学したいところだが、そんな状況ではなさそうだ。
困ったな。実のところ、私はあまり自分の甲高い声が好きではない。そうでなくても、この手の者は無視に限る。だが、前世の私ならともかく、今の私では手荒な手段に訴えられると勝ち目が無い。よし、ここは穏便に行こう。
「散歩です。 帰るところなので退いてくれますか」
まずはこの状況から脱出せねばならない。自分の声が云々などと言っている場合ではないのだ。
「散歩だったらちょっと寄り道してもいいじゃねぇかよぉ。」
→にげる ▼まわりこまれた!。
これは、どうするか。荒事は勝ち眼が無い、話は聞く気が無い。
あっ、手首を掴まれた。勝ち目がなくとも、やはり抵抗の意思は見せておくべきだろうか。
「やめてください」
「いいからついてこいって!」
「あぁもう、めんどくせぇ!」
なかなか言うことを聞こうとしない私に、早々に苛立った短慮な一人が、私に手をあげる。場所を考え給え。人通りが極端に多くはないとはいえ、いたいけな少女に手をあげればさすがに……
ズドッ。
ほーら見たことか……ん?
「がッ……な、なんだコイツ。ス、スライム?」
手を上げようとした一人が、腹部を抱えてうずくまる。その原因を作ったのは、治安維持組織でも通りすがりの熱血漢でもなく、私の足元の影から出た、一本の黒い半透明の柱。
すぐに形を崩し、私をかばう様に立ちふさがる。アメーバともなんともつかないそれは、チンピラの一言の通り、スライムという魔物に酷似した物だった。ただ、黒い色をしたスライムは私は知らない。
「このッ、舐めやがってぇっ」
どうやら先ほどの一撃で堪忍袋の尾を切ってしまったらしい。手を上げようとしたところで……。
ドドドドッ
という具合だ。ほとんど見えなかったので推測だがあのスライムが、最初の柱でワンパンづついれたのだろう。一瞬で全員を弾き飛ばした。ぅゎすらいむっょぃ。
うずくまる彼らに、スライムがもう一撃いれてやろうかと体を震わせ威嚇しているところで、馬の足音が、二つ。此方に向かってきた。同時に、あのメイドの声も。
「ユリア~っ!」
「くそッ…ズラかるぞっ」
あの相変わらず御息女への礼儀がなっていないセクハラメイドが到着するなり、劣勢とみたか撤退するチンピラ。なんとも情けない。
「ユリアちゃん、怪我は無い!? 変なことされなかった!?」
貴女は私の親か。いや、まぁ、親に近い存在ではあるのだが。
「大丈夫です」
「よかったぁ……ま、魔物!?」
ふと、メイドが足元のスライムに気づく。ふむ、やはり街の中に魔物が現れるのは異常か。しかし、このスライムには一応、助けてもらったという事実がある。このまま討伐されるようなことになるのは、寝ざめが悪い。
「大丈夫です。この子が助けてくれたのです」
特に表情筋に力を入れることもなく、事実を告げる。妙に足元に冷たい感触があるとおもったら、あのスライムがすり寄ってきた。酸でも持っているかとおもったが、ただ冷たいだけだな。足元が寒くなるからできれば離れていただきたいが。
「大丈夫…なのね? まぁ、ユリアちゃんに懐いてるみたいだし、まずは様子見ね。ちゃんとお世話するのよ?」
その台詞からしてペットじゃないか。私が勝手に拾ってきたかのような言い草なのが少し気になるが……まぁ、仕方ない。スライムの餌と飼育方法について調べておくか。
とまぁ、それからこのスライムを飼うことになったわけだが。
両親に見せても、多少驚かれるだけで特異な反応が無かったことを見るに、魔物のペット化は珍しくないのだろうか。
調べてみると、一部の知能の高い魔物や、小型の魔獣系は『使役』という魔法でペット化できるらしい。まあ、私のようになにかの拍子に懐かれる事もないわけではないとか。
ペットといえば。
「……そういえばこのスライムに名前を付けていなかったな。」
ずっと「スライム」呼びでは詰まらないだろう、という発想だ。
だが、私はこの手の名付けのセンスが壊滅的だ。
いや、自分では悪くないと思っているが、大抵の場合不評なのだ。なぜか。
セキセイインコに「ぼんじり」と「やきとり」のどっちの名前を付けようかと、雑談がてら部下に問うてみたら引かれた事がある。いいと思うがなぁ?
ここは下手な名前を付けず、先人の知恵に頼るべきだろう。
名前を付けると聞いて、頭の先についているホイップクリームの角のような突起を尻尾のように振っているしだな……うむ、あれがいい。
本を閉じ、旧名スライムに向き直り、新しい名前を与える。
「よし。お前の名前は、今日から『ポチ』だ」
まさに犬のように尻尾(尻ではなく頭についているが)を振る様子からして、これがいい。
うむ、うむ。ポチ。悪くない、いや、非常にいい。やはり先人の知恵というのは偉大だ。こんなにも非のつけどころが無い完璧な名前を付けられるのだから。温故知新という物は偉大で――
『はじめての配下 を達成しました。』
……は?
最後までお読みいただきありがとうございます。
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