第2話 着替・家族・メイド
よろしくおねがいします。 改訂終了しました。
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「ユ…………ん」
「ユ………ゃん」
眠い。
なんだかものすごく、嫌な夢を見た気がする。
なんだかマンションのベッドが、やけに上質になっている気がする。買い換えたのはいつだったか。
「ユリ……ゃん」
「ユリ…ちゃん」
あぁ、五月蠅い。
私の名前は『竜胆大介』であって、「ユ」も「リ」も入らない。ちゃん付けされるいわれもない。
私は疲れているし眠いのだ。休日の父親のようなことを言うつもりはないが、定休日にしっかり休むのも業務のうち。事実私は部下にもそう教えている。
だから、肩を揺らすのをやめてくれ。何を好き好んで三十過ぎのしがないサラリーマンの家に上がり込んで……
「ユリアちゃん……ユリアちゃん! いい加減おきなさい!」
だーかーら、私はユリアなどという名前ではない。全く仕様がない。起きてその戯言を否定しなければ、私の安眠は妨げられ続けられるのだろうな。
胸のあたりに猫でも二匹いるのだろうか。やけに重みを感じる。野良猫でも上がり込んだか?
その『猫』はやけに懐いているらしく、私が上体を起してもぶら下がったままだ。
「やっと起きた。さぁ、早く着替えて朝ごはんにしましょう?」
やかましい。第一私の家には居候などいないはずだ。眠気眼をこすり、欠伸を一つ。とりあえず適当に頷いておく。
私は目を開ける。そして私は、二度の人生の中で初めて、心の底から絶望という物を味わった。あの神様の夢は夢ではなく真実であると。つまり、私は、この少女『ユリア・ユリアス・ヴァルフリート』として実際に異世界に転生したと。
ガッデム、オーマイガー、ホーリーシット。どれで表現すればいい。
それらを叫ぶのを堪えるものの、つい呻き声のような物が出てしまったが……
「う、おぉぉ……ッ」
絶望、再来。これは本当に私の喉か。私の喉から、こんな少女然とした高く可愛らしい声が出る物か。正直寒気すらした。
……一度認識してしまえば、早い物だった。『竜胆大介』と『ユリア』の記憶が統合されるにあたって、なにか悪影響が出るかとも思ったが、どうやら別々の物として脳内で管理されるようだ。精神が蝕まれる可能性もあるが、それは後々の検証が必要だろう。……出来れば、男のままでいたいものだ。
「ん、なに? ユリアちゃん」
おっと、つい先ほどのうめき声を聞かれてしまっていたようだ。ベッドの横で、私を起したであろうメイド服姿の女性――『ミル・ミリル・ミルフィーユ』、通称ミルさんが首をかしげている。
「な、何でも……ありません」
「そう? じゃあ着替えましょうか」
ん? 着替え? ……着替え?
あぁいや、ちょっと待ってくれ、たしかに一度記憶は統合されはしたがね、精神性は現状男のままなのだ。いや、せめて目を瞑るからこの場で……待て、姿鏡のほうにつれて行くな。たしかにその日の服装をその前で選ぶ習慣があるのは承知している。だが、だが! せめて、相応の覚悟を決めさせてくれ!
だが、それを声に出すわけにもいかず、ただ目力だけで阻止しようとしたが、無念。
「はい、バンザーイ!」
その光景を小学生並の感想で語るならば、すごかったです。
自分目線でも、自分という体はそれなりに良好なスタイルをしているかもしれないという予感はあった。
それでも、姿鏡の前でこのメイドに無理やり服を脱がされた時は、息をのんだ。つい目を瞑るのも忘れてしまうほどに。鏡に映っていたのは、生まれたままの姿をした、目が覚めるような美少女だった。
艶のある長いストレートの黒髪を背中まで伸ばし、金色の大きな瞳は今の私の感情を表すように複雑な感情に染まっている。
透き通った白い肌に、力を込めればすぐに折れてしまいそうな腕。
身長は、目算だが150半ばあたりか。そんな小柄な体には似合わない豊かなモノを胸に二つぶらさげ、腰は細くくびれていて――
漫画のように鼻血を噴き出す真似こそしなかったものの、私《竜胆大介》は私を直視できなかった。クソッ、やはり記憶の中の曖昧な映像と実際に見るのとでは破壊力が違いすぎる。しかもあのボディで年齢が今年で15だというのだ。
はるか年下とはいえ、童貞のまま一度目の人生を終えた私には目に毒だ。あぁ、それこそ致死量マシマシの猛毒だとも。……未使用のまま、消失―陥没と言った方が近いか―してしまった私の愚息よ、恨むならあの神様を恨みたまえ。
「ユリアちゃん? どうかした? 顔がちょっと赤いけど……」
「いや、なんでもないです」
せめて、視線を反らすくらいは許してくれ。
その後、白を基調としたワンピース調の服に着替えた。着替えの最中に、ある意味当然とはいえ女性用下着、特にブラジャーを付けさせられた時は私の中で何かが断末魔をあげていた気がする。
スカートの下には私の要望でスパッツを穿いた。本当はズボンが良かったが、なぜかミルさんの猛反対に合った。私の記憶の中のドレスコードには特に違反しているとは思えないのだが。
その後は、隣のドレッサーの椅子に座らされた。
何をするかと思えば、私の黒髪を二つの房に分けた。グッグッと櫛を使ってしっかり分けられる。
纏めながら、耳より少し高い位置で二つの房に縛り、さながら尾が二つ……つまり、ツインテールにされた。
男としてこの髪型にされるのは如何ともしがたいが、しかしこのメイド、ノリノリである。なまじ私に似合っていることもあって解きにくい。そのままロングにしているよりは|(比較的)邪魔にならないからよいが……ううむ。
「それじゃあ、行きましょうか」
「あ、あぁ……」
ミルさんの後について、自室を出て廊下を歩く。予定通り、屋敷の中の食堂に向かうのだが、その道中だけでも、日本人感覚で言うならそれなりに大きい屋敷であることが分かる。だがあまりキョロキョロ見る物でもない。
たしか男爵は貴族の中では一番下の位だったか。さらに下に騎士爵、乃至準男爵が入ることもあるそうだが、この国ではそれは無い様子。
……ん?
ふと、前を歩いていたはずのミルさんがいない事に気づく。つい思索にふけるのは悪い癖だな。もうこの機会だし治しておきたい。と、つい足をとめた折に。
「せいっ!」
一瞬、胸にぶらさがっていた物がかるくなる浮遊感とともに、妙な圧迫感。まるで胸を揉まれているような……と視線を降ろしてみれば、背後から脇に差し込まれた手が、私の胸をしっかり鷲掴みしていた。
「うおおォおおッ!」
「うーん、もうちょっと色気のある声出せないのかなぁ。こう『きゃっ!』とか『いやっ!』とか」
「無理を言わないでいただきたいッ!」
背後から私の胸を鷲掴んだまま、耳元で囁くミルさん。
元男にそんな声を出せるわけがないだろう。私は同性愛の気も、性同一性障害の気も、勿論オネエでもないような健全な男だった―だった、と過去形にしなければならないのが極めて遺憾ではあるが―のだから! それを声に出しては言えないのが歯がゆい。私だって突然自分の娘が「私実は異世界で三十歳すぎの男で、そこから転生してきたから中身は男なんです」と言われたら真っ先に精神病院に連れて行く自信がある。
「えぇー? 無理ー? ほんとにござるかぁー?」
「ほんとにござる!」
ござるってなんだ、ござるって。無理な物は無理なのだ。本当にこのセクハラメイドは!
あぁ、そうだった。そうだったよ。私の記憶にもこのセクハラメイドの事もしっかり書かれていたよ。
「というより、まず…っ…胸から、手を放していただきたいのですがっ!」
「えぇー?」
「えぇー? じゃありません」
お気に入りの玩具を手放そうとしない子供か、貴女は。それにこのセクハラメイド、無駄に外見も良いものだから困る。
肩まで伸びたクリーム色の髪からはやけに良い匂いがするし、私よりも大きい胸がさっきから当たっている。肌の艶もあるし、これで前世の私と同年代だというのだから、異世界って恐ろしい。
その後どうにかセクハラメイドの魔手を振り払い、食堂にて朝食を摂る。
巨大なテーブルに、大量の食事。フルコースかとも見間違うような量に、表に出さずとも驚いてしまう。しかもどれも色鮮やかで見るからに美味しそうな。
朝はトーストと紙パックの野菜ジュースだけだったサラリーマンには、とても食べきれる量には見えないが、食わねばならんのだろう。すくなくともこの家は、食と衣を欠く経済状況ではないのだとわかるだけ良しとするしかない。
「少し遅かったな、ユリア。寝坊か?」
奥の椅子に腰かけていた父―『レヴィオ・ヴィオレ・ヴァルフリート』から声をかけられる。
「申し訳ありません、旦那様。どうしても御嬢様の服装に凝りたかったもので……」
ミルさん、恍惚の表情でおっしゃられても。遅れたのは私へのセクハラだろう。……まぁ、寝坊もなくはないが。二度寝したわけだし。
「そんなことを言って。またユリアに手を出したんじゃありませんか? ミル。」
全くもう、とでも言いたげな呆れ混ざりの表情で言う母―『マリー・メアリー・ヴァルフリート』。
「そ、そんなことありませんよ? 奥様。ささ、皆さんお揃いですし、朝食にしましょう!」
母の口ぶりからして、明らかにこのセクハラメイドの所業はバレているようだが……よほど有能なのだろうか? 解雇事案だと思うのは過剰反応だろうか。
「ミルさんの癖には困ったものだね。まぁ、直接危害を加えているわけでもないし」
同じく呆れながらも、このメイドの所業をスルーする兄『キッシュ・キシリア・ヴァルフリート』。あだ名はキシューとのこと。
以上の父、母、兄、そして私がヴァルフリート家の家族構成だ。家を継ぐのはまぁ兄として、私は通例通りなら政略結婚などに使われるのだろうが……それは、避けたい。何を好き好んで男と結ばれねばならんのだ。
適当な会話をはさみつつ、私も席につき朝食を摂ることにする。私もたしなみとしてテーブルマナーは齧っているが、それが異世界で通じるかにやや不安があったが、そこまで気を使う必要もなかったようだ。
ちなみに、味は非常に美味だった。あのミルさんの手作りだそうだ。量のほうは、見た目ほどは無かったものの、やはり多い。腹が空いていたようでどうにか入ったが、慣れるまで数日かかりそうだ。けぷ。
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