05 - きな臭い寄り道
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交易ステーションデッドウッドを出てはや3日。
快速で鳴らしたエクスモアは北方銀河域を渡りきり、今は西方銀河域の手前にある銀河腕間虚空間を駆けていた。
灰色に薄汚れた船体から純白の推進反応光が、長く伸びている。
恒星系はおろか浮遊惑星や小惑星どころか船の類まで殆ど見られない宙域なので、28天文ノットという、恒星系内は勿論にして沢山の船が行き交う交易路では出せない速度を出しているのだ。
巡航速度の上限一杯で宇宙を往くエクスモア。
その船体の奥深く、重心近くに設けられた球形の艦橋にて当直のロベルトはご機嫌な表情で船長席に腰を下ろしていた。
シートは半球状の外人用ではあったが、それ故にロベルトは寝そべる様な気楽な姿勢をしている。
船の内外情報とレーダー画面を見て、異常が無ければ手に持った雑誌を見る。
そして偶にコーヒーを飲む。
「んん~ん~♪」
雑誌が、肌色の割合が多い格好をした人女性のピンナップ写真が大量に掲載されているブツである辺り、実に、呑気な態度である。
と、手元のパネルに赤色灯が点灯した。
船の管制知性体のミラからの呼び出しだ。
「どうしたミラ?」
表情を引き締めて尋ねる。
ミラは虚空に立体映像で身を現して答える。
『追尾を確認。34分前にレーダー範囲内に出現。現在、34天文ノットで接近中』
「34だ? 中々の速度だな」
ミラが表示した追尾船に関する詳細と、30分前からの航路図とそこから導き出された航路予定図を見たロベルトは、唇を舐めた。
面白い。
そういう表情だ。
『対象とは衝突軌道にあり、現在の速度差が維持された場合、42分後に接触します』
追尾船は、推定で500ft級。
30天文ノット級の速力を出すなら小船体大出力が正道であるが、であるが故におかしい事となる。
荷物が運べないのだ。
500ft級に大馬力推進器と燃料、乗員の居住スペース等を組み込むと、ロクな荷物も積めなくなる。
その意味する所は1つ。
「商売敵じゃ無さそうだな」
宇宙海賊か、或は軍艦か。
そんな事を考えながらロベルトはミラに緊急呼集を命じた。
艦橋に集まった一同。
ロベルト達はそれぞれの座席に座り、ビルギッタとヴィはお客さんという事で席には座っていない。
「堅気じゃねぇな」
集まるまでにロベルトが纏めておいた情報を見て、ガッセルは呟いた。
現在のエクスモアは最終目的地であるτへの航路に乗っている。
それも、途中に交易ステーションなど無い、最短ルートなのだ。
そのエクスモアと同じ航路で、エクスモア以上に推進剤をばら撒きながらカッ飛んでくる追尾船。
その500ft級という船体規模から推定される搭載推進剤を如何に多く見積もってもも、τへの到達する事は不可能だろう。
その意味する所は1つ ―― 堅気じゃない。
「おい舵守、案はあるか?」
操縦士であり、同時に水先案内人でもある。
そんな呼び方をしたガッセル。
ベテランの船乗りであるロベルトは、ガッセルにとってそれだけの重さを持った部下だった。
「逃げの一手ってのがお勧めかな。計算したが最も近い交易ステーションまで巡航にプラスで飛ばして推進剤を補給すれば、ロスは5時間位で収まる………筈?」
「予定は未定か。そこは互助会所属か?」
「そこは確認済み。オスカーK、場所はπだ。ミラ?」
『表示します』
涼やかな声と共に表示される航路図。
青で描かれた予定航路に、黄の新航路が書き込まれる。
現在の場所を正確に言えば、Ψ宙域からρへと渡る途中なのだ。
そこからπへの航路は一旦戻る形とはなるが、同時に、推進剤の残量を気にせずに標準上限速力を出せるので時間のロスは最低限度に抑えられる ―― そういう計算だった。
オスカーKという交易ステーションを訪れるのは初めてだったが、交易商人の互助会の管理下で運営されているなら、その利用はスムーズだろう。
「悪くは無いな。ジェンク、お前はどう思う?」
「ケロロ。悪くはないと思うのですよ。推進剤にも余裕はありますですよ」
オスカーKまでの標準上全速力を出しても、まだ他の交易ステーションまでの推進剤は残ってる。
その事をジェンクは重視していた。
「なら良し、だ ―― 悪いが少し到着まで時間が掛かる事になった。エクスモアは非武装船なんでな、勘弁してくれ」
後半の台詞はビルギッタ達に向けたものだった。
その言葉を鷹揚に受け入れる。
「緊急事態とあれば仕方があるまい。宜しく頼む」
「理解のあるお客さんで助かるよ」
「ここでゴネても仕方が無い。それを受け入れる器量はあるつもりだ」
「有難い話だ」
笑う2人。
その間にも、ロベルトは新航路に関する指示をミラに出していた。
航路と速度の設定。
超空間航法も。
小規模な所帯である事もあって、操縦士であると同時に航海士も兼ねるロベルトは、フネの上では中々に忙しい。
だがロベルトは、それを嬉々としてする。
フネこそ趣味という塩梅である。
そして設定を終えたロベルトは、ビルギッタに声を掛ける。
悪いが、と。
「適当にシートに座ってもらえるか? 少し本気を出すんで、加速が終わるまでは危なくてな」
「判った。だが適当で良いのか?」
「構わんさ。機能を切ってるからな。多少触れた所で問題は無い」
その言葉にビルギッタとヴィは空いていた通信と火器管制の座席に座る。
と、ロベルトが5点式のシートベルトの着用を促す。
重力子による座席固定装置もあるが、機械式であり故障に強い5点式シートベルトの使用は、船乗り達にとって定番であった。
「コイツ《エクスモア》は悍馬でね。少しの本気でも、チョイと厄介なのさ」
「どれくらい出すのだ?」
興味を惹かれたヴィに、子供のような笑顔を浮かべてロベルトは答える。
「38天文ノット」
かなりの余裕をもって追尾船を振り切ったエクスモア。
振り切る間際には攻撃照準用のレーダーなどをぶつけてきた相手だが、そもそも、一般的な攻撃兵装の射程外になっていたのだから無意味というものだった。
そのお礼とばかりにロベルトは、ミラに命じて、完全に振り切る超空間航法寸前に星間信号コードを発信していた。
航海の無事を祈る。
実にイイ性格をしていると言うべきだろうか。
そんなロベルトに導かれ、エクスモアはオスカーK交易ステーションへと入った。
「時化た交易ステーションだな、おい」
薄汚れた埠頭の端に接岸したエクスモア。
宇宙船はおろか、雑役船の類もトンと見ない様に、ガッセルが呆れた様に呟く。
「ケロロ。主要な交易ルートから離れているので仕方がないのです」
「推進剤さえ手に入れば問題はないしな」
さっさと推進剤を手に入れれば、後は用なし ―― の筈だった。
「どういうこった!?」
誤算があった。
1つは、うらびれた交易ステーション故にか、推進剤の手配に時間が掛かるという事。
そしてもう1つ。
それが、ガッセルに声を上げさせたのだ。
「τが閉鎖されているたぁよ」
『出て来る船、帰ってくる船も居ない。我々でも把握しきれていない分があるかもしれんが………』
通信機越しの相手は港湾管制局。
推進剤の手配と一緒に、τの状況を聞いての返事が、宙域閉鎖の情報である。
ガッセルでなくとも声を上げるというものであった。
「τの全域でか?」
『ああ。ここに情報が入ってないって可能性もあるが………』
「俄かに信じられん話だな。いや、アンタに言っても仕方のない話だ。情報有難うよ」
『力になれなくてすまんな』
切れた通信画面を見ながら、考え込む顔をするガッセル。
「きな臭いな」
τの全域が封鎖されているという話は、俄かに信じられるものではなかった。
エルフィン帝政連合が随一の規模を誇るとはいえ絶対的な地位にある訳でもなく、そもそも、宙域を封鎖するなど、どれだけの艦艇があっても足りるものではない筈なのだ。
物理的に無理。
だが閉鎖されているという。
矛盾。
否、不可能ではない。
大は戦列艦から小は哨戒艇まで1度に動員すれば、エルフィン帝政連合でも閉鎖する事は可能だろう。
だが、それが出来るのも短期間だけだ。
訓練や整備の分まで使う事になるので、直ぐに破綻し、再建は困難だろう。
艦隊としての運用に尋常ではない被害を与える事は目に見えている。
その意味では、現実としては不可能というのが正しい評価だろう。
だが、現実的ではないからといって、実現しない訳では無い。
何とも難しい話だった。
「訳アリって事、かな?」
お道化て言うロベルト。
ガッセルに、顎でビルギッタを示しながら。
その意味、意図を過たずに理解したガッセルは、嘆息する。
「要人は怠るなよ。ミラ、主機の火を落とすな。何時でも出れるようにしておけ。防護システムもだ、即時起動体制だ」
「自衛系はとも角、主機は港湾局に怒られますね?」
推進剤も可燃物の一種である為、補給中には火気 ―― 主機の火を落とすことが安全基準で定められている。
だが、それをガッセルは鼻で笑う。
「聞かれたら主機始動システムの不調とでも答えとけ」
「あい、船長」
警戒心でハリネズミの様になった2人に対してジェンクは割合に呑気だった。
というか、ここぞとばかりに食欲の主張を行った。
「ならその間に食料品を発注するのですよ。生鮮食料品なのですよ!」
「………おう」
発注させろと言う。
所が、先ほどの港湾管制局を通して発注しようとすると、何と埠頭へ卸す業者が生憎と休業中だという。
歳のいった爺様が独占していたのだが、その爺様が腰を痛めて入院中、と。
なので自分で買いに行って欲しいとの話である。
「どれだけ寂れたステーションでありますか!?」
卸し業者なんて複数あるのが常識の筈でありますよ! と吠えるジェンク。
元気が良い。
というか、頭っから湯気でも上がりそうな塩梅である。
「ならば、推進剤屋が来るまでの時間、買いに行っても良いでありますよね!?」
真ん丸な目を血走らせたジェンクの情熱に、ガッセルも思わず了承していた。
埠頭から左程は離れていないというオスカーKの商業ブロックに勇んで出かけて行ったジェンク。
その姿をエクスモアのブリッジから見ていたロベルトは溜息をついた。
大丈夫かよ、と。
否、ジェンクは良い。
チョッとしたトラブルなど問題にはしないだけの力を持っているのだから。
ジェンクが常用するアヌラ人用の外殻機動服は軍の機動装甲服級の力を持っており、並の三下はおろか分隊規模の陸戦兵相手にだって互する事が出来るのだ。
問題はジェンクの傍の2人。
ビルギッタとヴィだ。
ビルギッタが初めて来た場所に興味をそそられ、ジェンクの買い出しに付いて行くと言い出したのだ。
ヴィは当然ながらも護衛である。
ヴィがそれなりの武人である事は判る。
武装もしている。
とはいえ、とロベルトは思うのだ。
「仕方がない。お客さんの自己責任だ」
ガッセルが渋い声で慰撫する。
止めようとはしたが状況の不可解さ ―― 危険と感じる根拠が勘であっては、好奇心を滾らせたエルフ人を止める事は出来なかったのだ。
「後は機動車、直ぐに出れるようにしておくしかないな」
ガッセルが言うのはエクスモアに搭載している地上用電動オープントップの貨物車の事だ。
小型2人乗りではあるがそれなり以上の貨物が詰めて、詰めて乗れば大の大人が6~7人は乗れるという優れものだ。
「バッテリーの確認と、準備でもしときましょうかね」
「火器も乗せとけ」
「勘、ですか」
「出番が無ぇ事を祈りたいがな」
カリカリっと頭を掻くロベルト。
傭兵として表裏を問わぬ数多くの戦場を渡り歩いた経験を持つガッセルの勘は、非常に頼りになるのだ。
幾多の経験を重ねた下士官の様に。
だから、祈った。
「偶には外れて欲しいものですな」