03 - かくしてフネは旅立つ
メカ描写って、血潮が踊る?
それってムネキュン??
急遽、出航の決まったエクスモア。
とはいえ、号令一つで出航出来るものではない。
長期航海による故障の有無についてはフネの管制知性体が行っており、特に大きな問題は無いとの診断が成されていた。
だが、長期航海によって各種消耗品の補充に関しては、休暇明けにという事としていた為、倉庫はすっからかんになっていたのだ。
小はトイレットペーパーから、大は推進剤まで。
全くの空という訳ではなかったが、軒並み在庫はごく少数という有様だった。
とはいえ、大抵のものはドックの倉庫に予備が備蓄されており、推進剤などは手配屋への連絡1つでケリが付く。
G・ウォーカー社で総務も担当するのはジェンクであり、各種の手配屋に在庫を見ながら連絡をしていった。
多くの交易商人が拠点を構えるコロニー故に、直ぐに必要なものは集まってくる。
だが、利用する人が多いが故に発生する問題もあった。
生鮮食料品だ。
生鮮である。
「ゲロロー!」
通信機片手に悲鳴を上げるジェンク。
「駄目なのですか?」
『悪いが明日の分まで予約が入っててな。冷凍分ならまだしも、生ものだと希望の量を揃えられるのは明後日になる』
独立系の交易ステーションであるが故に、その生鮮食料品の生産規模には限りがある。
その、限りある枠は早い者勝ちの奪い合いなのだ。
そして今回は争奪戦に負けたのだ。
負けたと言うよりも、争奪戦が終わった後に連絡をしたというのが正しいけれども。
「明後日でだと出航が………」
振り返って見れば、ガッセルがマジックハンドで大きく×をしてみせていた。
要望は最速到着なのだ。
保存食であれば在庫があるのに、生鮮食料品の為だけに出航を遅らせるなど出来るハズも無かった。
肩をガックリと落とすジェンク。
その背中には哀愁すら漂っている。
食う事が大好きなジェンクにとって電子レンジで加熱するだけの冷凍食セットは、実に味気ないものだった。
肉はまだ我慢できても、野菜はクタクタに煮込んだモノが中心で、新鮮なんて言葉は存在していないのだから。
「ゲロロー 出航初っ端からの冷凍食セットですか!」
『まっ、今回はタイミングが悪かったって事だな。次回はもう少し早めでたのむぜ』
「特急仕事でない事を祈るだけです」
ジェンクの声は少しだけ煤けていた。
小さな悲劇はあっても、エクスモアの出航準備は整然と進んだ。
先ずは船体自体の準備だった。
1000ft級と、長距離航海用の船舶としては小柄なエクスモアの船体の下部に取り付けられた1500ft級の貨物運搬用増設コンテナを取り外す。
幾つものアームが船体下部に回り、固定した所でエクスモアの管制AIに指示を出して接続を解除させる。
アームによって、分離したコンテナ・ブロックがエクスモアの船体から離れる。
これでエクスモアは、2000ft級準大型輸送船から1000ft級高速巡航輸送船の姿を取り戻す。
「中々のモノだろ?」
ドック管制塔から船体分離作業を指示していたロベルトは、作業を見学していたビルギッタとヴィに自慢げに言う。
「コイツを全力でブン回せるなら、銀河一周も一ヶ月でやってみせるぜ」
子供、というよりは悪ガキ染みた笑いを見せるロベルト。
或は純粋にガキだ。
自慢の玩具を他人に自慢したい ―― したくてたまらないと体中で言っていた。
だがエクスモアの鋭利な直線で構成された船体には、その豪語を豪語と感じさせないだけの何かがあった。
「確かに速そうですわ」
「だろ?」
ビルギッタの素直な感想に、相好を更に崩すロベルト。
だがにやけては居てもその作業は真面目に行う。
ドックの管制AIに的確な指示を出し、外した増設コンテナを複数のクレーンと無人作業艇を操ってドックの岸壁に固定させる。
それからロベルトは、エクスモアの管制AIを呼び出してエクスモアの運用モードの変更を指示する。
1000ft形態と増加2000ft形態では、重量バランスなどが違う為、推進器や姿勢制御スラスターの操作に調整が必要だからだ。
「 ―― という訳でミラ、システムの変更を頼む。最速モードだ」
『了解しました。20分程お待ちください』
画面の向こう側で名を呼ばれた美女がほほ笑む。
割と派手目な金髪美人で、豊かなバストが特徴的な美人だが、それは繋がらぬ画面の向こう側。
エクスモアの管制AIが対人コミュニケーションに用いている応答用人型仮想体なのだ。
この造形はロベルトの趣味だった。
というか、他の2人が興味を示さなかったので、ロベルトの趣味だけで作成されての姿だ。
「頼むよ ―― とまぁ、こんな所で俺の準備は終った訳だ。後は相棒が纏めている物資を載せればエクスモアの準備は完了だ」
「えっ、ええ。手早いのですね。有難う」
ガッセルのGOサインから、ここまで何のトラブル無しに出航準備は進んだ事に、少しだけリアクションが遅れてしまったビルギッタ。
意外だったといべきかもしれない。
ほんの数時間前までは酒浸りで博打を打って、仕事を嫌がっていたのがこの変わりようだから。
「どういたしまして。後はアンタ達の荷物だけだが………コッチに回してくれるんだったよな?」
「ええ。先ほど、手の者に連絡しましたのでもう暫くすれば」
「了解。なら、先に船内を案内しようか? 客室は、綺麗とは言い難いが清潔は保ってるよ」
「なら、お願いします」
ロベルトの案内によって、舷側の貨物甲板搬入口を兼ねた搭乗口からエクスモアの船内へと入った2人は “綺麗とは言い難い” という言葉の意味をよっく理解させられていた。
ゴミが散乱している訳では無い。
仕事用と思しき道具は整理整頓されている。
空気だって臭いはしない。
だが、何か、雑然としたものがあった。
これが男所帯というモノかと、内心で納得しながらビルギッタはロベルトの背中を追う。
貨物甲板は全長300ft全幅100ft全高100ftという、1000ft級船の船内型としては比較的小規模なサイズであった。
これは、エクスモアが物資の輸送効率よりも輸送速度を優先した設計が行われた結果であった。
船内容積が推進器他に喰われているのだ。
素早さの代償 ―― そう言うべきかもしれない。
そこら辺の事をロベルトは説明していく。
「70ft級っていう荷物はここに置く予定だ」
標準規格としての70ft級とは、全長70ft全幅35ft全高20ftというサイズなのだ。
ビルギッタの持ち込むモノは自走貨物という事で自走機能を付与されたコンテナであり、しかも級という事で多少は大きいだろうが、それでも余裕で詰め込める筈というのがエクスモアの格納庫管理であるジェンクの判断だった。
「フネの後尾はエンジン区画だ。縮退炉やら推進器やらが詰まってる関係者以外立ち入り禁止区画って奴だが、そもそも興味が無いだろ? 居住区の方にいこうか」
耐爆能力も兼ね備えた分厚い気密ハッチを通り、船体前部の居住区画へと入る。
太い梁、天井を這い回るケーブル。
壁にアクセスハッチがあり、注意事項を書き込んだ赤い文字が彩り添えている。
実用本位の、色気のない船内だ。
だが、それ故にヴィの興味を惹いた。
知っている者が見れば簡単に判るのだが、基本的にエクスモアの船内は軍用船規格で建造されている事が。
そしてもう1つ、気づいた事があった。
気密ハッチが気密性もだが防弾構造も兼ねた厚でである事や、可燃物と思しきものが一切存在しない様な船内艤装の数々。
何より、アクセスハッチに描かれた融合英語。
「この船、もしや星間連盟製の戦闘艦か?」
それは人の中でも戦争向け種族として知られているテラン人、その中でも屈指の武闘派集団による国家であった。
「正解。正確には高速戦闘輸送艦って奴だ。新ジャンルで建造してトライアルして没って、色々あってウチに来た。まっ、船長にコネがあってね」
「凄いな。普通では手に入るまい」
ヴィが驚くのも当然だった。
星間連盟軍の実験艦、その払下げ。
軍機などの問題から通常であれば保管艦扱いか、或は廃艦が通常なのだから。
「そんな船に私達を載せて大丈夫なの?」
ビルギッタが、払下げ後の運用に関する守秘義務などは無いのかと確認してくるが、ロベルトはカラカラと笑う。
「このフネに使われた新技術はそう多くないらしい。どちらかというと枯れた技術を集めて作られてるのさ」
エクスモアの特徴と言えるのは、荷物を高速で届けられるという事。
その実現の為に高速巡航艦に準じた高剛性設計の構造を採用し、戦艦並のタフネスさを持った主機を搭載している。
逆に言えば、特徴的なのはソコだけなのだ。
特徴的、特殊な実験の為では無かった事が、エクスモアに第2の人生を与えたと言っても過言ではないだろう。
「とはいえ、軍の試験艦を引っ張ってこれたのは社長のコネが太いんだろな」
「君のではないのか?」
「俺の? 俺がテラン人だからか? そんな甘い集団じゃないよ連中は」
手をヒラヒラとさせて笑うロベルト。
金さえ払えば(そして利害関係で問題が無ければ)誰にでも武器を売る連中だが、そこに同じ種族の誼で ―― などという生ぬるいモノが入る余地は無い。
それが星間連盟である、と。
「良いフネ作るし、他にも色々あるけど………」
言葉を濁すのは、テラン人としては中々に評し辛い所があるからだ。
テラン人による地球を起点とする星間国家は地球連邦があったが、そこが面倒くさいと物量万歳民族と腹黒二枚舌民族と首狩り民族が好き勝手やろうとして独立した国家だった。
別に排他的な国家な訳ではないのだが、ごく一般的なテラン人であるロベルトとしては、連中の趣味や性癖、発想、政治的なアレコレには付いて行けない。
連中は未来に生きている。
そう思えるのだ。
尤も、そのロベルトの民族も他のテラン人からは、集団としての人数が減れば減る程に凶暴さを増すアレな民族扱いをされる事が多かったが。
誰しも物事を第3者の目で見るのは難しいものである。
閑話休題。
「しかしあー アンタ、良く分ったな」
名前を呼ぼうとして、知らなかった事を思い出したロベルト。
苦笑する様に口元を歪める。
「ヴィ・ルパークだ。ヴィで構わん」
「どうも。俺はロベルト・バルディニーニだ」
握手。
握った手が、お互いに気づかせた。
使える事を。
「ふむん。中々だ」
ヴィが相好を緩めれば、ロベルトも関心するように頷く。
「ヴォル人は勇名で知られるが、アンタはそれに恥じない様だな」
「我らが祖、偉大なるロッボの名を汚さぬ様、日々精進しているから」
「だと思った」
にこやかな会話。
だが2人の手は握り合ったまま。
情熱的? 否。
ギリギリと音を立てて肉と皮と骨とが軋む。
力試しだ。
「中々、ノリが良いね」
「嫌いではないのだ。判りやすいのは、良い」
「そいっぁ同感、だ」
余裕である事をアピールしてか、笑ったまま2人は握手を続ける。
力が拮抗しているのか、勝敗のつく気配が無い。
無かったからこそ、外野は動いた。
「コホン」
ビルギッタの咳は効果絶大であった。
或は笑顔。
実に良い笑顔を見せている。
男たちときたら ―― そう目で言っている。
「信用できそうな相手の船に乗れるというのは安心に繋がるな」
「大船に乗った積りでいてくれ」
手をプラプラとさせているヴィ。
手を開いて握ってとしているロベルト。
そんな男同士のコミュニケーション。
と、そこでロベルトが腰に下げていた携帯端末がコール音を上げる。
ジェンクだ。
『お客さんの荷物が到着したのです。搬入を宜しくなのです』
「了解。コッチでやっとく」
ビルギッタ達の荷物、灰色の70ft級自走貨物はその額面の大きさよりも大きく感じるサイズであった。
「中々にご立派で」
エクスモアの格納庫管制室からそれを眺めたロベルトは呟いた。
「面倒を掛けるな」
「仕事仕事。金貰ってする仕事に面倒は付き物ってな」
割とフランクに会話する様になった2人、先ほどのコミュニケーションからなのだから人格の根っこの部分が似ているのかもしれない。
脳筋という意味で。
会話を続けながら操作パネルを操り、船体下部のハッチを開ける。
外殻ハッチが開き、格納庫の床を兼ねたリフトが降りる。
100ftはある巨大リフトへ、船体側から延びる作業腕が自走貨物を掴んで移動させる。
着底。
その作業を見守っていたドック4・コロニーの作業艇から通信が入る。
『エクスモア。着底をコッチでも確認したんで受け渡し用の認証を頼む』
携帯端末に物資受渡確認用の画面が表示される。
その画面に手を当てて認証、OKの文字が表示される。
『あい。確認よし。確認者はエクスモア主操縦士ロベルト・バルディニーニっと。しかし昨日入港で今日出港とは商売繁盛だな?』
「だろ? お蔭で飲む暇がトンと無しだ。ヒコックしか行ってねぇぞ」
『ご愁傷様。そういえばスイカに美人のバーテンダーが入ってたぞ。見事な主砲を持ってた』
「いいんだよそっちは。ジェシーに癒して貰ったから」
ロベルトは手を寄せてワシワシっと揉んで見せる。
そんな、チョイとばかり卑猥な仕草にビルギッタは白い眼をするが、ロベルトは気づかない。
馬鹿話を転がしていく。
『何だ、チップ弾んで乗ってもらったのか』
「おうよ、酌までしてもらったぞ。羨ましいか?」
『羨ましいよクソッタレ!』
「コホン」
ビルギッタの咳に、そっとロベルトは顔を窺った。
普通の顔をしていた。
しれっとした顔をしていた。
だが、そこにロベルトは底知れぬ何かを感じた。
『ん?』
「いや、まぁ、何だ」
『どうした、急に?』
「仕事は真面目にしないとなと思ってな」
『そうか、駄弁って悪かった。気をつけてな』
「ありがとよ、帰ってきたら奢るから、スイカにでも行こうぜ」
『マジか!? ならしっかりと稼いで来い。良い船旅を!』
「有難よ!」
かくしてエクスモアの出航準備は終った。
「出航用意!」
ガッセルの号令が艦橋に響いた。
球形の、全天周囲モニターとなっている空間の真ん中に浮かぶ各種要員の座席、その中央部の船長席でガッセルはふんぞり返っている。
「主機、補機、共に異常なし。出力、定格の7%で暖機運転中なのです」
航海時には機関士を担うジェンクが、ここだけは喉を震わさずに答える。
『管制塔より出航許可、出ました。進路クリア。周囲5㎞に異常反応無し』
ミラが立体映像で姿を見せ、言葉を発する。
「行けるな?」
問いかけではなく確認。
ロベルトは軽く笑って答える。
「何時でもどうぞ」
「宜しい。ならばエクスモア、出航!」