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01 - 場末の酒場、ファニーなヒコック

 時は西暦2605年。

 人が地球を出て銀河を闊歩する様になって数世紀と時間が流れ、異星人と出会い、交友し、或は闘争しながら繁栄する時代。

 幾多のフネが宇宙を駆け、交易を繰り広げるている。


 宇宙大航海時代。


 物語は天の川銀河北方δ(デルタ)域にある交易ステーション、雑多なコロニーで構成されるデッドウッドより始まる。




 開設されて既に100年を数えるデッドウッドは些かくたびれた風情のある、恒星系に属さぬ独立系の交易ステーションだ。

 だが立地の便は良く、又、古いという事でドックや倉庫が安く借りれるという事で、中小の交易商人(トラベラー)が拠点としていた。

 そんなデッドウッドのコロニーの1つ、ガルチは健全不健全の全てを楽しめる歓楽コロニーだった。

 飯を食う。

 酒を飲む。

 博打を打つ。

 女や男を買う。

 飛び交う欲望と猥雑な人の群れを飲み込む、雑多な店々。

 その様は正に ――




「凄い、所ね」



 他に言い様も無いのだろうが、そんな感嘆するように言葉を洩らしたのは、言うならば怪しい人影だった。

 小柄な、150㎝も無いような身を、濃い灰色のマントで頭からつま先まですっぽりと覆い隠している。

 声と、その裾から覗く小さく白い手が女性である事が判る。

 1人ではない。

 傍らには偉丈夫が控えている。

 軍服かと見紛うばかりに硬くコートを着こなす男は、イヌ科な顔を持った獣人(ファーリー)、ヴォル人だ。

 精悍な顔立ちに黒とこげ茶の毛に覆われ、右目に黒革の眼帯を付けている。

 威風堂々。

 歴戦の武士といった風である。

 否、()ではない。

 腰のベルトに鈍色に光る光子剣(セイバー)の柄を差す、正しく戦人であった。


 その精悍な顔に優しい笑みを浮かべてながら、マントの少女へと口を開く。



「ですな。とはいえ、何時までも惚けている訳には行きませんぞ?」



「そうね、行くわよ!!」



 フード越しにも分る程に頷き、それから威風堂々という心意気で喧噪へ向けてと歩き出す。



「お店の名前、ヒコックだったわね?」



 手元の情報端末を確認する。

 



「はい」




 繁華街の片隅にある小さな酒場。

 年季を感じさせる店構え。

 入り口の横にはネオン管で表示されるHickokの文字があり、その下に玩具な銃とトランプが描かれている。

 店内の喧噪が外まで漏れ出てきている店。

 それが、2人の探していたヒコックはバー・ヒコックだった。


 と、それまで少女の背を追っていた偉丈夫が前に出る。



「ここは私が」



 慇懃に頭を下げた偉丈夫に、少女は胸を張って答える。



「構わないわ。映画の、ギャングの巣窟でもあるまいし」



 幼くも威厳を感じさせる声には小さな笑いが含まれている。

 常では嗅げない非日常(スリル)の匂いに酔ったかの如く、マントから覗く口元は楽しげに歪んでいた。


 己が主の茶目に気付いた偉丈夫は、やれやれと肩をすくめて受け入れた。

 ただ手は、不測の事態 ―― その全てをたたき切れる様に光子剣(セイバー)へと添えながら。



「御免」



 些か古めかしい言葉と共に扉を開いた少女。

 そに目に最初に飛び込んできたのは、派手なランジェリー紛いのきわどい格好で闊歩するウェイトレス達だった。

 ヒコックはこの繁華街でもやや(・・)不健全側にある店だったのだ。


 薄明りの店内に立ち込める紫煙。

 狭くは無い店内はアルコールと安っぽい化粧の匂い、それに猥雑な料理が放つ匂いとが充満している。



「おぉ……」



 思わず凍った少女。

 右を見る。

 左を見る。

 真ん中を見る。


 正に酒場。

 幾多の老若男女が翼を休める宿り木、欲望を滾らせる坩堝。

 その、人の持つ生々しさ(・・・・)は、世馴れなどしていない少女を容易に圧倒した。



「姫?」



「大丈夫、うん。大丈夫よ」



 少しだけ裏返った声で宣言すると、喧噪の中へと堂々と歩みだす。

 その様はギクシャクと硬く、ある意味で進軍染みていた。


 酒を飲むもの、飯を食うもの、博打を打つもの。

 喧噪に満ちた店内、その主たる店長はひげ面で初老のオウク人だった。

 筋骨隆々、闘争民族などとあだ名されるオウク人は地球(テラン)人とは一回り以上も違う体格を備えている。

 少女と比べれば、倍近いと言っても過言ではないだろう。

 そんな体で洒落たシャツとズボンを着こなし、黒いエプロンをしている店長は、名はビルといった。


 ビルは太い指先で器用にタオルを使ってグラスを磨いている。

 と、カウンターに着いた2人を見ると、オウク人独特の潰れた鼻をフンっと鳴らした。



「注文は?」



 客商売の、それも繁盛店の店長とは思えない友好的とはかけ離れた態度であるが、別に2人が一見だからではない。

 常連にだって、同じ態度を取る。

 基本的に誰に対しても愛想の無いのだ。



ミルク(・・・)



 胸を張っての宣言にビルは右眉を跳ねさせ、それから手早く用意する。

 グラスに氷と炭酸水、それにオレンジを入れた炭酸オレンジジュースノンアルコール・カクテルだ。



「これでも飲んでな」



 それから視線を偉丈夫に合わせる。

 剣呑染みた目が、マトモなモノ(・・・・・・)を注文しろと告げている。



「アクアビットはあるか?」



 ジャガイモの蒸留酒の注文に、ビルは鼻を鳴らしてから動く。

 冷凍庫から酒瓶とショットグラスを取り出すと、凍り付いたショットグラスに酒瓶を傾ける。

 凍らぬ酒は、とろみの付いた音と共に小さなグラスを満たす。


 丁寧な仕草でカウンターに置かれたグラスを、偉丈夫は一気に飲む。



「良い酒だ」



「ふん」



 当たり前だと言わんばかりに、だが満足な色を浮かべてビルは鼻を鳴らした。

 それから2人をまじまじと見る。

 尋ねる。



「で、何の用だ(・・・・)?」



 偉丈夫はまだしも、マントで素性を隠した少女は尋常の客ではない事は簡単に判った。

 そもそも酒場で注文がミルクだ。

 いっそ喧嘩を売りに来たのかと考えるものであった。


 ビルの質問に答えたのは偉丈夫ではなかった。

 少女が綺麗な仕草でグラスを置いて、答えた。



「この店に、この宙域で一番足の速い船乗りが居ると聞いて」



「何処までだ?」



τ(タウ)まで」



「ほう」


 感嘆し、目を開くビル。

 北方銀河域でも東よりであるδ(デルタ)から見てτ(タウ)はその遥か西、間に6つの宙域を挟んだ西方銀河域の宙域なのだ。

 簡単に行くような場所では無い。



「遠いな。速いだけなら護り手(ヒーロー)自由人(キング)も居るが、遠くまでとなれば 星人(ロームド)………は帰って来ちゃおらんか」



 幾つかの(トラベラー)、そのあだ名を挙げて考えていくビル。

 そして解を見つける。



突貫(バレット)だな。奴らは南方銀河開拓域まで何度も行った連中だ」



「それは期待できるわね」



 南方銀河開拓域とは、ここ100年程で航路開拓と植民が始まった新しい領域(フロンティア)の俗称なのだ。

 正式には南方銀河域であり、φ(ファイ)など4領域の事である。

 δ(デルタ)からかなり遠く、そして治安も悪いが航路状況も悪い為に並の船乗り(トラベラー)は近寄らない。

 宇宙海賊と山師とが大手を振って闊歩する危険な、冒険の宙域なのだ。



「あのテーブルに居る」



 ビルは店の奥を顎で示すと、そこで話は終いだとばかりに新しいグラスを取って磨きだす。



「有難う」



 少女は感謝の言葉と共に懐より光る1万クレジット硬貨を取り出し、カウンターへと置いた。

 情報料を、こんな場所の仁義を知る少女の行動に、ビルは鼻を鳴らした。



「………今度来たときはミルクを出してやる」



「期待しているわ」




 さて、ビルの指したテーブルには4人の男たちが座っていた。

 テラン人にドワフ人、ガミン人。

 珍しい所で、緑色のカエル染みた顔をしたアヌラ人も居る。

 そんな雑多な男たちが酒を飲み、タバコを吸い、駄弁り、カードをしていた。

 テランの男など膝の上に魅惑的過ぎるバストが特徴的な、亜人(ハイブリッド)のカウモ人のウェイターを載せてカードを扱っている。

 ブラの胸元にKクレジット紙幣を何枚も挟まれ、男に枝垂れかかっている辺り、ウェイターというよりも酌婦という塩梅である。


 何というかこのテーブル、店内でも随一なレベルで非健全である。

 その様に偉丈夫は眉を顰めて主へと声を掛ける。



「姫」



 その心配する様を右手を挙げて制した少女は、凛とした声を出す。



「お主らが突貫(バレット)か?」



「あん?」



 カードをしていなかったドワフ人が眉を顰めて少女を見る。

 油に黒く汚れた不潔さを感じさせる短躯の男、ギメリはビールの注がれたジョッキで眠たげな眼をしてグラスを傾けていたアヌラ人を突く。



「?」



「客だとよ」



「ケロロロロロロロロ」



 だがアヌラ人、ジェンクは舌を鳴らして笑う。

 実に楽しそうに笑う。



「客は要らないのですよ。帰って来たばかりなのですよ。魂の洗濯なのですよ。アルコールもってこーい」



「まだ入ってるぞ」



 酔ってはいても冷静なギメリの突っ込みに、ジェンクは手に持ったグラスを干して笑う。

 緑の肌が、更に桜色に染まる。



「ケロロロロロロロロ。お代わりなのですよ」



 手酌でラム酒を注いで、そして呷る。

 2杯3杯と重ねるや、グラスを掲げて酒精臭い息を吐く。



「これぞ命の消毒。船乗りの燃料なのですよ」



 どうにも会話の出来そうに無いジェンクに、少女は狙いを変える。

 まだ素面に見える(・・・)ギメリに。



「話を聞いてもらえるかしら?」



「悪いが無理だ。嬢ちゃんは突貫(バレット)に用なんだろ? 俺らは連星(セブン・スター)だ」



「?」



「要するに、このカエル(アヌラ人)サル(テラン人)が嬢ちゃんの探している突貫(バカ)乗組員(メンツ)な訳だ」



「バカと言うな」



 それまで話に加わらずにカードに興じていたテラン人、ロベルトが口を挿む。

 金を貰う仕事とあれば何処までも退かず曲がらずの、良く言えば鉄砲玉(バレット)。悪く言えば撤退知らず(バカ)

 それが突貫(バレット)なるあだ名の由来だった。


 そんな突貫(バレット)の一員、ロベルトは洒落た感じで船内服とジャケットとを着崩した伊達男風の、こげ茶色の髪をした男だ。

 顔には年齢不詳の若さと、そして老獪さがある。

 ベテランの宇宙航海士の風情だ。


 尤も、そんなロベルトをギメリはからかう。



「客を商売敵(・・・)に相手させる奴をバカ呼ばわりして何が悪い」



「大勝負なんだよ。お嬢ちゃんもチョッと待っててくれよ」



 化繊素材のカードを撫でるロベルト。

 ゲームはポーカー。

 ロベルトと、その正面のガミン人であるベルガーの間には、1万クレジット硬貨と10万クレジット紙幣とが山を作っていた。



「またやってんのか。ベルガー、休暇資金を摩っても知らんぞ」



「馬鹿野郎。男には引けない勝負があるんだよ!」



 ギメリの相方、連星(セブンスター)のベルガーは傷 ―― 縫合痕だらけの顔を顰めながら、3枚カードを捨てて、引いた。

 ロベルトもベルガーも、共に安くない長期航海手当を積み上げていたのだ。

 真剣にならない方がおかしかった。


 尤も、酒のツマミ代わりに始めたカードで、何故にここまでの真剣勝負(ハード・ゲーム)をする羽目になったのかは2人とも覚えていなかったが。

 酒の魔力、とでもいうべきだろう。



「どうする?」



 笑うロベルト、対してベルガーも笑う。



「勝負と洒落こもうぜ」



「いいぜ、乗った」



 2回だけ手札を変えての勝負。

 相手が良い役を作る前にの短期決戦だ。



「エースのワンペア」



 余裕の笑みを浮かべたベルガー。

 だが、ロベルトはその上をいった。



「ツーペアだ」



「なにぃ!?」



 開かれたロベルトの手元には、1と8とが2枚づつあった。

 ガッツポーズを見せるロベルトに、ベルガーはガックリと肩を落とした。

 長期上陸休暇の軍資金として用意していた金が、全部飛んだのだ。

 嘆くなというのが難しいだろう。



「マジかよ」



「マジさ。30万クレジットは貰うぞ」



 目の前から消えていく金の山に、ベルガーは顔を手で押さえて天を仰いだ。



「畜生め!」



 正に悲鳴。

 それを肴に、ジェンクは喉を震わせた。



「ケロロロロロロロロ」



 実に楽しそうに笑うジェンクに対して、ギメリは沈痛そうな表情で、スピリッツを並々と注いだグラスをベルガーの前に置いた。


 酒場の、何処にでも転がっている喜劇。

 と、ロベルトの膝に座っていたウェイター、ジェシーがあらあらと呟いた。



「ロブ、コレ、かなりゲンの悪い手(デッドマンズ・ハンド)よ?」



 そして説明する、遥か大昔のテラン人が母星だけで暮らしていた頃の逸話を。

 この役で勝ち、そして銃で撃ち殺された男の話を。


 カウモ人のジェシー。

 美人で愛嬌と色気に知性まで持ち合わせた、こんな場所に来る前はどこぞの大学に居たとも言われている博識才媛なヒコックの名物ウェイターだった。


 その魅惑のバストにロベルトはそっと1万クレジット硬貨押し込んで笑った。

 なら厄落としをしなきゃな、と。



「払いは俺が持つ、派手に飲もうぜ!」



 注文を、とばかりに挙がろうとしたロベルトの手を、少女がそっと止めた。



待った(・・・)ぞ。悪いが私の話も聞いては貰えないか」



 そこで初めてロベルトは、少女を認識する。

 傍らに立つ偉丈夫も。

 偉丈夫の腰に差された光子剣(セイバー)にも。

 酔っていたロベルトの目が瞬時に鋭さを取り戻す。

 立ち姿から偉丈夫が尋常の相手では無い事が判ったのだ。


 そんな奴に守られた相手が、普通の人間なんて事は無いだろう。

 マントで顔を隠している辺りも実に怪しい。

 楽しい。



「いいぜ、言ってみな?」



 厄介事(スリル)の予感に薄い笑みを浮かべながら、ロベルトは問いかけた。


 問いに、少女ははらりとフードを取った。

 零れる金糸の如き髪と、髪から可愛らしく突き出た尖った耳。

 エルフ人だ。

 その整った顔に、愛らしさと不敵さとが両立させて少女は宣言する。



「我が名はビルギッタ、仕事を頼みたい」





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