天狗の心、そこよりこぼれ落ちるもの‥‥
「‥‥はいはい‥全く、神様というのはわがままよね」
時雨子の表情から彼女なりに別れを惜しんでくれているのを悟った嵐はそう苦笑する。すると時雨子は‥‥
「‥‥そうよ!神はね、わがままなの‥‥自分勝手なのよ!だから‥だから‥誰か一人くらい‥それを諌めてくれる奴が必要なの!あんた以外の誰に‥‥それが出来るって言うのよ!」
そう叫んで感情を爆発させる時雨子。と、そこに‥‥
「‥‥いや~何かまるで死に逝く者と、遺される者との会話ですね~」
まるで場の雰囲気を茶化すように今度は文が口を挟んでくる。
「‥‥はあ‥だから死ぬわけじゃないんだって。ちょっと遠い所に旅行に行くようなものなのに‥皆、大げさなんだから」
「‥‥あーそうでしたね~でも‥今のあなたの姿を見れば、皆さんがそう思うのも無理は無いですよ。それに、こう言うのは雰囲気が大事なんです。
‥‥まあ、あれです。辞世の句とか遺言とか言う奴ですよ」
にこにこと、その場の雰囲気に不釣合いなまでに笑顔な文。そんな彼女に嵐は白眼を向け‥‥
「‥‥あんたの場合、ただ面白半分にこの場を盛り上げたいだけでしょ?どうせあたしの事は記事に出来ない。例え書いてもあたしがいなくなればその記事自体が存在しなくなる‥‥欠番になるんじゃなくて『存在それ自体』が消え、時にそれによるつじつま合わせも行われる‥‥もう『何度もやって』分かっているはずよ」
その言葉に文は苦笑しながら顔を伏せ、表情を隠すと‥‥
「あはは‥‥だからこそです。だからこそ‥こんな時くらい‥‥いじらせて下さいよ。妖怪にだって‥‥見知った者との別れを哀しむ感情くらいあります。
‥普段は‥‥誰にも見せませんがね」
ぱたんと手帖を閉じ、そう呟く文の頬には‥‥雨が止んだにもかかわらず‥‥一滴の水滴が伝い‥‥そして、落ちる。
「文‥‥」
それを見て思わず呟いた嵐の声で、文自身も我に返ったのか‥‥
「‥‥あはは‥これはまた‥‥みっともないですね~‥‥いや、こんなの‥‥全然わたしらしくないです‥‥こんな様を天狗仲間に知られたら‥‥きっとわたしの方が記事にされてしまいます‥‥自分がネタにされてしまうようでは‥‥新聞記者‥‥失格ですね」
そう言いながらも決して顔を上げることなく、自嘲気味に文は口元に笑みを浮かべると‥‥そこで口を閉ざす。その代わり‥‥
「‥‥おい」
萃香が口を挟んでくる。彼女は何かを抑えているかのようなしかめっ面で嵐をにらむと‥‥
「‥‥雨神も同じような事を言ったがな、わたしからも言うぞ‥‥‥鬼は嘘が嫌いなんだ、『すぐに戻ってこいよ』」
「‥‥‥‥ま、善処するわ」
その長く、短い沈黙の後に発した嵐の言葉に、抑えていた萃香の感情が爆発する。




