すれ違う思い
「‥‥‥か、構いません!悲しみ、不幸にあえぐ人に背を向け、何も知らず一人で幸福になることなんて‥‥わたしには出来ません!
‥‥先輩は言ったじゃないですか!悲しみを乗り越えた先にこそ、幸福や喜びがあるって!先輩はわたしやエラミーさんにそれを教えてくれました!だから‥何も知らない幸福よりも、皆で協力し合ってその不幸を乗り越える方にこそ価値がある!そうじゃないんですか!」
目に溜まった涙を拭い‥‥いや、拭き払ってそう早苗が言う。だが、それに対し嵐は穏やかな微笑みを浮かべると‥‥
「‥‥‥言うようになったじゃない。でも、それくらい言えるようなら‥‥‥安心ね」
嵐のその言葉を聞いた早苗は、自分の言葉が逆に彼女の不安を振り払う事になった事に気付き、慌てて言い繕おうとする。
「‥‥そ、それでもだめです!わたしはまだ風祝として未熟です!今のだって先輩の受け売りにすぎないんです!今回のことだって先輩がいたからここまで来られたんです!‥‥だから、わたしにはまだ先輩が必要なんです!わたしに出来ることがあるのなら何でも手伝います!どこへでも行きます!だから‥‥‥‥だから!例えほんのひとときであっても!こんな形でいなくならないでください!」
そう言うと早苗は嵐の元へ駆け寄り、無理矢理にでも彼女を引きとめるべく、抱きつこうとする。
だが‥‥
「え‥‥」
その手が‥体が‥嵐をすり抜け‥バランスを崩した早苗はその場に倒れ込んでしまう。
「‥う‥嘘‥どうして‥」
自分の身に起きた事に愕然としながらも身を起こし、振り返って嵐を見上げる早苗。と、同じく振り向き、早苗を見下ろす嵐と目が合う。
「‥‥あたしの体はもともとあたし自身の『力』で生み出したかりそめのもの。けど、もうこれ以上世界に対する干渉を抑えるため、それを行使するのも止めた。今、あんた達が見ているあたしは言ってしまえば、見えるけど触れられない‥まあ、幽霊か残留思念みたいなものね」
「そ、そんな‥」
早苗は‥よろよろと‥まるで赤ん坊が初めて立ったかのように立ち上がると‥再び嵐を抱きしめようとする。だが‥何度繰り返しても早苗は嵐に触れることが‥‥‥出来ない。
彼女が嵐に向かって伸ばす手はむなしく‥何度も‥何度も空をさまよう。
それに対し嵐は手を出さない。いや‥‥出せない。彼女は何かを言いたげに早苗のほうを見ているが、何も言わず、ぎゅっと手を握りしめたまま立ち尽くしている。
「さなえ‥」「おねぇさん~」
その‥痛々しい様子をもう見ていられなくなったか、エラミーとアスメルは頷きあって早苗の元に近寄ると、早苗を強引に嵐から引き離す。
「だめだよ、さなえ。これは‥‥きっとあたし達じゃどうする事も出来ないんだ」
「‥‥おねぇさんだって本当は辛いはずです~分かってあげてください~」
「すまないわね‥‥二人とも。それと‥‥ありがとう」
そんなエラミーたちに対し、その思いをかみ締めるように嵐はそう呟く。




