天風の願いと、背負いし運命
「だ‥だめです!先輩!まだ行かないでください!まだ先輩に教わりたい事がたくさんあります!あるんです!たった今、たくさん出来ました!だから!‥‥‥だから!」
感情を抑えきれなくなった早苗は、ぼろぼろと涙を流しながらそう訴える。だが、嵐は動じない。
「‥‥大丈夫。あたしが教えなくても霊夢や魔理沙、他にも大勢の人妖達が教えてくれる。
‥‥まあ、あいつらの事だから変な事や、ろくでもない事もたくさん教えそうだけど‥‥まあ‥‥その辺はいいか。
‥‥何にしても今回あたしがしたのは、そこへとつながる『道』を作る事」
ついさっきも聞いたその言葉に早苗は、はっとする。
「‥‥‥言ったでしょ?目に見えないものを動かすには道を作り、そこへと導く事だって。今回のあたしの役割は守矢神社‥‥そして『東風谷早苗という現人神』が決して自分達‥‥幻想郷の敵ではない事を多くの人妖に知らしめる事。あんたが一人でも多くの幻想郷の住人たちに受け入れられるようにする事。それが他ならぬあたしが決めた、自分自身の役割‥‥」
淡々と、だが満足げにそう語る嵐。だが、そんな‥‥儚く揺らめきながらも穏やかな姿が‥‥今の早苗には痛々しい。
「でも!でも!先輩はわたしのせいでこうなったんですよね!わたしが未熟なばかりに‥‥」
締め付けられる心の痛みに耐えながら早苗がそう問うと、嵐は‥
「‥‥‥気にしなくていいわ。大人っていうのはね、子供が間違えた時、それを叱って諌めるだけじゃなく、その後始末をすることも役割‥‥って、こいつはあたしの『仲間』の一人がよく使う言葉なんだけどね」
そう言って自嘲気味に呟く嵐。だが、その言葉で早苗は思い知った。自分と嵐の差を。そして‥‥ここまでの道中、嵐がどれだけ自分を思っていてくれたのかを‥‥
だが、そんな嵐との差に肩を落とし、うつむく早苗に対し、嵐は優しく言う。
「‥‥‥早苗。さっき言ったはずよ、子はいずれ親から巣立つものだって。だから早苗もこれからはあたしに頼らず‥‥いえ、いつかはあなた自身が誰かを助け、導く『風』になっくれると嬉しいわね‥‥」
その言葉に早苗は更なる衝撃を受ける。
「わたしが‥導く‥それは‥先輩みたいに‥ですか?」
「そうよ」
その言葉に早苗は‥さっきとはまた違う衝撃を受けた。嵐はただ自分を守っていたのではない。自分が嵐と同じよう誰かを守り、導く事が出来るように促していた。その事を知った早苗は‥‥
「‥‥はい」
涙目のまま、だが‥‥心に生まれた小さな灯火の暖かさを感じつつ、そう小さく頷く。だが‥
「あんた!あんたはそれでいいの!あたしは知っている!忘れられることの寂しさを!悲しさを!」
今度は時雨子がそう懸命に訴える。しかし、嵐は動じない。それどころか‥‥
「‥‥あたしたちにとってこれが『当たり前』なのよ。時雨子」
その‥‥達観しきった嵐の様子に時雨子の方が絶句する。
「‥‥それにね。皆があたしのことを忘れても、あたしが教えた事は形を変えてあんた達の中に残り、あんたたちが生きている限り、その中で生き続ける。あたし『達』としてはそれで充分よ。
それに‥‥これこそ力を持つ者が背負わなければいけない業‥‥‥早苗、だからあたしは言ったの。力を捨て、平凡な一生を送った方が幸せかもしれないって。なまじ力を持つが故に、時に常人以上の悲しみや不幸を知ることにもなる。もし、あなたが力を捨てていれば、あなたにとってあたしはただの一学友としての関係だけで終わっていて、こんな事を知る事は無かったはずよ」
そんな嵐の言葉に早苗は顔を上げると、必死に首を振る。




