忘却の摂理
「‥‥大丈夫よ。どうせあたしがこの世界にいない間、あんた達はあたしの事をきれいさっぱり忘れるから」
その言葉を聞いた瞬間、早苗は反射的に文のほうを向き、彼女が持っている写真機に手を伸ばそうとする‥が。
「‥‥記録しても無駄よ。これはあたしの力じゃ無くて『世界の法則』だから。あたし達がその世界からいなくなれば自動的に因果律が調整され、その存在はあらゆる記述や画像からも消え、そのことに誰も何も疑問を抱かない‥‥あのお酒だって多分、紫あたりが置いていったと思うはずよ。あんただって外界であたしと別れてから幻想郷で再会するまであたしの存在を忘れていたでしょ?」
そう言われて動きを止めた早苗は気づく。確かに彼女の言う通り、幻想郷で嵐と再会するまで一瞬たりとも彼女の事を考えなかった事に。
「!‥‥‥そ、そういえば‥‥で、でもどうして‥‥」
「それも同じ。あたしの存在やあたしの事を覚えている事自体がこの世界に影響を与えるから。だからあたし達は普段、歴史に名すら残らない平凡な人間として存在するようにしている。それなら、あたし達はこの世界の記録に残る事はできる‥‥‥名も無き一般人としてだけど。
‥‥でも、この幻想郷じゃだめね。どうしても力を振るわざるを得ない。でも、うかつにそれをするとこの世界の因果律そのものが狂い、最悪この世界そのものが消滅しかねない‥‥‥」
「わかる~?エラミーちゃ~ん?おねぇさんの言っている事~」
「ううん。全然わかんないよ~」
「わたしも~」
嵐の言葉に対し、そう言いあって首をかしげるエラミーとアスメル。
だが、その嵐の言葉で早苗は思い出す。今回の一件で知った、彼女が持つ底知れない力を。そして早苗は彼女の言葉を聞きながら、その強大すぎる力が持つ危うさと、嵐がそんな危険な力を振るい、いかに自分を助けてくれていたかに気づき始める。
「‥‥だからあたし‥『あたし達』はあんた達が『自分達の意志や持てる力』で立ちはだかる苦難をどうにか出来るように『促している』。
それならあたしの力じゃなくてあんたたち自身の力という事になるし、そうすればあたし達が直接手を下すよりも遥かに干渉の度合いが少ないからね」
それを聞いた瞬間、早苗は嵐の不可解な行動のいくつかについてようやく理解した。なぜ、あれだけの力を持ちながら一人で異変を解決しようとしなかったのか?なぜ、未熟な自分の従者という立場に甘んじているのか?なぜ、直接時雨子を倒そうとしなかったのか?
すべては‥‥‥‥すべては!




