神に近づきし人と、そのありよう
「‥‥外の世界には実例があるのよ。自分達よりも遥かに発展していた外来の文化を考え無しに取り入れた結果、自分たちの行く先を見誤り、多くのものを失った連中がね‥‥」
「‥‥それはもしや‥‥いえ‥‥それは言わぬが花という奴ですね」
文には何か心当たりがあるのか、珍しく言葉を濁す。
それからしばしの間、作業場から聞こえる音と文が手帖にメモを書き込む音だけが二人の耳に入るが‥‥やおら嵐が話を再開する。
「‥‥そもそも、なぜ人は神を求めたのか?それは自然を恐れ、災いから自分たちを守ってくれる存在を求めたから。
だから文明が発展し、科学によってそれらの災いから身を守る手段を得た人間にとってもはや神という存在は不要なものになりつつある‥‥いや、それとも人自身が神に近づきつつある、というべきかしら?‥‥まあ、それはさておき‥‥それでも本当に神の存在を必要としない程に『心の強い人間』はまだまだ少ないでしょうけどね」
「‥‥それは無神論者という奴ですかね~」
そう訊ねながらも文は撮影機を手に社の修復風景の写真を撮る。
「さあね。ただ‥‥文明の進歩によって人は変わってきた、これは事実よ。
でも‥‥神はどうかしらね?自分達の存在を維持するために人心を惑わし、不安に付け込むようでは、もはや神とは言えないんじゃない?
‥‥もしかしたらこれから先、変わらなければいけないのは人ではなく神のほうかもしれない。彼女達がこれまで通り、上から人間たちを見下ろし、そこであぐらをかいているようじゃ、いつか彼女達の方が報いを受けるかもしれない。
‥‥まあ、これは『神に近づきつつある』人間にも言えることだけど」
嵐のその言葉を聞いた文はふと、何かを思い出したのか、再建中の社の写真を撮りつつ彼女に問う。
「‥‥では、あなたがその能力を自らの意思で抑えこみ、『神』ではなく、あくまでも『人』として生きている事もそれに関係している訳ですか?」
その言葉に嵐は再び首を振る。
「‥‥強い力を持つものほど、その力に負けない強い心を持つ必要がある。そして、その力を使いこなすだけの技術も‥‥『心・技・体』という奴ね。
‥‥それと、前にも言ったけど、あたしは別に神じゃない。だから『彼女達』と違って信仰なんて必要としてはいない。そして『人』として生きているのは、上から見下すよりも、下から見上げていたほうがより相手の本質が見えるからよ。
‥‥でも、そう言えば‥‥『所詮この世は弱肉強食、強ければ生き、弱ければ死ぬ』、遠い遠い大昔、そんな事を信念にしている奴と会ったわね」
「‥‥それがこの世の真理だと?」
「‥‥半分はね。でも『あたし達』はこう考えている。強者こそ、支配するべき弱者がいなければ存在できない。そして弱者もまた、自分たちを統率する強者がいなければ力無き烏合の衆でしかない」
「‥‥‥なるほど」
「そう言う意味で言えば、強者と弱者、人と神の立場に本当は上下など無いのかも知れない。でも王にしろ神にしろ、上に立って支配する存在というのは往々にしてそうした自分達の足元をおろそかにしてそこに墓穴を掘る。
そんな、自分たちこそがこの世の支配者だとふんぞりかえっている傲慢なる神同士の争いを間に立って受け止め、時に身を挺して制するのが『弱者である人』の役割なんじゃないかってあたしは考えているわ」
「‥‥『あなた』が今回されたように‥ですか?」
撮影を続けながらそう問う文だが、嵐は答えない。だが、文もやはりその問いに対する答えを求めてはいなかったらしく、構わずさらに言葉を続ける。
「‥‥ふむ‥‥それにしても、人の存在無くして神は存在できない、だから信仰が廃れるのは神への信仰を忘れた人のせいだけではなく、神が人を見下し、ないがしろにしてきた罰かも知れない、というのがあなたの意見なわけですね?」
「‥‥かもしれないし、違うかもしれない。まあ、これに関してはいつか何かの答えが出るかもしれないわ。それがこの幻想郷でなのか、それとも外の世界のどこかでなのかはわからないけど」
「それはそれは‥知りたいような、そうでないような話ですねぇ~」
そこで文は嵐への取材活動?を打ち切ると、社の建て直しの取材に専念する。と、それと入れ替わるように早苗が嵐の元にやってくる。
 




