成長せし人、成長無き神
「‥‥先輩、一体どうしたんです?」
「‥‥‥少しだけ手を貸すわ。それでこの『流れ』を変える」
「え?‥‥い、一体何をするつもりですか?」
早苗のその問いに嵐は答えず、ただ彼女の前へと進みでる。
「‥‥いい加減にしなさい、そんな事では誰もあんたを神として崇めたりはしない。その力にただ畏れ、おののくだけよ」
自分を見上げながらそう言う嵐に対し、時雨子は見下したまま傲然たる態度でこう答える。
「‥‥それで?それがどうしたって言うの?あたしはあたしという神への信仰心を忘れた愚かな人間たちに罰を与え、あたしの存在と力を知らしめてやっているのよ!」
「‥‥信仰を忘れた‥‥か、果たしてそれはどうかしらね」
「‥‥何?」
何かを悟りきったかのような態度の嵐に時雨子は何かを感じたか、攻撃の手を止める。
「‥‥幻想郷にしろ、外界にしろ、なぜ人は神への信仰を忘れはじめたのか?神奈子を始めとした神々、そして宗教に携わる人々の多くが焦り、憤っている事でしょうけど、それは必然だとあたしは思っている」
その言葉には時雨子だけではなく、早苗までもが驚く。
「え?‥‥せ、先輩‥‥い、一体何を言っているんですか?‥‥」
しかし嵐は早苗の言葉には耳を傾けずに言葉を続ける。
「‥‥なぜか?それは人が自然や神といった外的な要因ではなく、自分たちが生み出した科学に救いを見いだし、しかしそれと同時に恐れを抱き始めたからよ。
‥‥外の世界では科学の進歩によって人は豊かな生活を得た。しかしそれと同時に自分たちの住む世界を自分達自身が生み出した力によって滅ぼしかねないほどの力も手にした。
‥‥だから人はその強大な力を制御、自制しようと言う『自律』の意識に目覚め始めた。
‥‥かつて人は自らと他人の幸せを求め、また、自らの傲慢さを戒めるために神を求めた。しかし、もはや外界の人は神の助けなど借りなくても、自らの力と意思で自らを幸せにすることも、過ちを戒める事もできるようになりつつある‥‥そしてそれはいつか幻想郷の人々も知る。ただ神に祈り、奇跡を待つ事よりも、自ら努力して今をより良くする事の方が、より多くの実りをもたらすと言うことを‥‥‥」
そこで嵐は一旦、言葉を切って時雨子を見据えると、一回息を吐き‥‥そして告げる。
「‥‥そう、人は文明の進歩と共に神への信仰を『忘れた』のではなく、神への信仰を『もはや必要としない』存在へとなり始めているのよ!」
その一言は雷のように時雨子と早苗の心を撃ち抜く。
「‥‥子が成長すれば、いずれ親元から巣立つように、人もまた神と言う存在を必要としなくなり始めた。それは人という生き物が成長しているという証。
‥‥それに比べてあんたたち『神』はどう?そうして人の世が変わっているのにあんた達は相変わらず傲慢で自分勝手。自分たちの意に沿わない人間を神罰だといって懲らしめるだけで自分自身の行いの是非を省みようともしない。
‥‥そんな自分たちを支配し、従わぬものには災いをもたらすだけの神など‥‥もはや人にとって不要な存在なのよ!」
そう一喝すると嵐は弾幕勝負に早苗を巻き込まないよう、彼女から距離を取り、時雨子の社の近くにある少し開けた場所に陣取る。
「‥‥だ、黙れ!たかが人間風情が偉そうに!身の程知らずにも神に説教する気か!」
嵐の言葉に激怒する時雨子だが、彼女はいささかも動じない。いや‥‥それどころか、
「‥‥人間風情?ふっ‥一体あたしが『本当は』何者かもわからないとは‥あんた、神としての格はまだまだみたいね」
まるで自分の方が『神たる自分よりも上の存在』であるかのような振る舞いをする嵐。その態度に時雨子は唖然とする。
「‥‥ちなみに神奈子は一目であたしの正体を見破ったわ。その辺からしてあんたと彼女の格には差があるのよ」
その嵐の言葉に時雨子の怒りが更に燃え上がる。一方、二人のやり取りを聞いていた早苗は嵐の言葉が理解できず、おろおろしている。




