生きる事、その意味と罪
「‥‥でも‥‥さっきのやり取りを聞いていたら‥‥昔を思い出しちゃいましたよ」
空を飛びながらいつの間にか目じりに溜まっていた涙をぬぐいつつ、早苗が言う。
「?‥‥ああ、そういえば早苗にもそう言ったわね」
「はい!先輩は言いました!『その力がきっとどこかで誰かの役に立つ時が来る、だから人とは違う能力を持つ自分を卑下しなくてもいい』って。わたしはその言葉を聞いて救われたんです!わたしはわたしのままでいいんだって!」
「‥‥こういうのが、本当の意味での『常識に囚われない』って事。差別や偏見といったうわべに惑わされず、物事の本質を見て判断する」
「はい!」
自分の言葉に微塵の疑いも持たず、素直にそう即答する早苗の姿に嵐は一抹の不安を覚え‥‥
「‥‥でもまあ、あんたの場合はもう少しくらい変わったほうがいいかもね‥‥」
「大丈夫です!先輩の教えを胸に、この東風谷早苗、これからもがんばります!」
びしっと、大見得を切ってポーズをとる早苗の姿に嵐は安心するどころかさらに不安を募らせ、内心で風にぼやく。
‥‥あの子、本当に分かっているのかしらね?‥‥
‥‥‥さあ?‥‥
風もまた、内心でため息をつきつつ、そう答えるだけだった。
そんな一人と一羽の様子など意に介さず、早苗はなにやら頷いている。
「‥‥‥それにしても、人の悲しみを食べないと生きられなかったなんて、あの妖精さん、大変だったんですね~」
「‥何、他人事のように言っているのよ」
「え?だって‥‥」
「‥‥人間だって同じでしょ?牛や豚、鶏といった家畜、あるいは魚の肉を食べているんだから」
その嵐の指摘に早苗は、はっとする。
「‥‥人を悲しませ、その感情を糧として生きてきたあの妖精と、他の命を奪い、肉を食らって生きている人間や妖怪。はてさて、一体どっちのほうが罪深いのやら‥‥今度あのサボり癖のある死神船頭か、四季映姫に会ったら聞いてみたいわね」
「先輩‥‥」
そう呟きながら自分の顔色を伺っている早苗に対し、嵐は表情を緩めてこう付け加える。
「‥‥勘違いしないで。あたしは別にそういう事を嫌っているわけでも憤っているわけでもない。ただ‥‥その罪を自覚していない事を問題視しているのよ」
「罪?」
「‥‥そう、生きるという事は同時に他の命を奪う事。だから生きる事それ自体本来は罪。でも‥いえ、『だからこそ』人は他人を赦す事ができる。自分も本当は罪人だという自覚があれば、自分に他人の罪を一方的に裁く資格なんて本来は無いんだって事は分かるでしょ?」
「‥はい」
「‥‥人の過ち、罪を赦さないというのは自分には罪が無い、自分は正しい、だから間違ったことなんてしていない。そう心のどこかで思いたいからだとあたしは思う。でも、だからといって過ちを犯した相手のすべてを無条件で赦すというわけにもいかない」
その言葉を聞いた早苗は唐突に気づく。嵐がこんな話をし始めたのか、その理由は‥
「‥‥‥では、そういう時どうすればいいのですか?」
「‥‥ま、とりあえずは相手を諌める事ね。すべてはそれからよ」
その言葉に早苗は黙って頷く。
ここで三章は終わりとなり、四章へと続きます。




