石目姫の山に
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お読みくださりありがとうございます。
一、
山深くに、ひとつの家がある。
私は、そこでずっと一人だった。
あの人に会うまでは、ずっとーー。
私は薬師の家に生まれた。
よくお父さんのお手伝いをしては、褒められていたものだ。怒られもした。
そんな時は、笑ってみたり、泣いてみたり、私も怒ってみたり。
でも、時に楽しく、時に悲しく、時に怒り、時に寂しいーーそんな日々も、長くは続かなかった。
私の目は、私の目を見た人を石化させる。
その事実を知ったその日から、私は山に閉じ込められた。
初めは心が裂けた。泣いて、泣いて、泣いてーー。
星には毎日願った。明日の先に、私の居場所があるようにって。
そんなこと、叶わないと知ってても。
日々を過ごす内に、気がつけば、いつしか私は泣かなくなった。
自分の目の魔法にかかったのかもしれない。
心が、涙が、私の中の全てが、石になる魔法に。
十五になった私は、日課の畑仕事に、今日も家を出る。
暑い。
そういえば、もうそんな季節か。
黒い髪をポニーテールに結い、作業着を着用する。
石化させる目はつり目で、よく見ると、瞳は灰色がかっている。
肌は十五特有のキメの細かい白肌。
私は陽射しから白肌の顔を守るため、手で顔を隠す。
私は決められた道を、歩く。
木陰が私の手の代わりをしてくれる。
歩く度に、草や小枝がサクサクいうのは、本当に好きだ。
昔聞いていた、薬を作る時の音に似ていてーー。
「やあ、君も狩りに来てるのかい?」
私は声のする方を振り返る。
あ、しまった!
気づいた時にはもう遅い。
私は、その人を見てしまっていた。
浅黒い肌をした、男性だ。それも次の瞬間には、灰色になってしまうのかな。
嫌だ。人が石になるのなんて、見たくない。
何度と見てきたその光景を、もう二度とーー
「どうしたの? 顔色悪いよ」
えっ?
今、話しかけられたの? 石になった人に?
私はもう一度その人に、目を向ける。
その肌は今だに黒さを保っていて、私の目には、どこか眩しい。
まだ、石になっていないんだ。
「あ、もしかして山に住んでるっていうーー」
「そう……だけど」
私は最近出すこともなかった声を、振り絞って答えてみる。
不思議でたまらない。
なんで石にならないんだろう?
「ということは、石にする能力を持った子なのか。君の目を見ると石化するんだよね? なら、僕には効かないよ」
「なんで?」
私の心の声が、本当の声になる。
人と話せるなんて。
昔は当たり前のことも、今は幸せに感じてしまう。
「目が悪いから。というよりは、全く見えないから」
「目が……見えないの?」
「そうだよ。そうか、君だったのか。目が見えない分、音に敏感でね。どこにいるとか、誰かいるとか分かるんだよね、僕。会えて良かった」
その人は、笑顔を見せる。
ああ、久々の人の笑顔。
一瞬かもしれないけど、私の心の石が溶けていく気がした。
温かい、本当に、ただただ温かいな。
「あれ?」
なんだか、湿っぽい。こんなに晴れているのにな。
私は目を指で擦ってみる。
これはーー石化していた涙だ。
溶けてるんだ。私の、私自身にかかった魔法が。
「どうしたの? あ、もしかして邪魔だったかな? ごめん。もうかえーー」
「待って!」
私はその人を呼び止める。
その人といれば、私の石は溶けていくかもしれない。
離れたくない。
だから、今は一緒にーー
「ーーちょっと話そうか」
その人は優しい声で、私の我が儘を快諾してくれた。
それから私たちはたくさん話した。
私の畑の話。彼の猟の話。この山の話。花の種類や、虫の種類、彼が出会った人たちの話ーー。
私の心は、次第に人間味を持たせていった。
このまま、時が止まってくれればいいのにな。
それなら、私の心はいつまでも、願いを届けていた星のように輝いて、石から解放されていくのに。
でも、そんな魔法も、もう終わりの時を告げる。
辺りは夕暮れとなっていた。こんなに話していたんだ、私たち。
「ごめんなさい、猟の邪魔して。迷惑だったよね?」
「そんなことないよ。こっちこそ楽しかった。ねえ、名前聞いていいかな」
「うん! 私の名前はーー青菊早菜」
私は久しぶりに自分の名前を言った気がする。
彼は笑って何度も私の名前を繰り返す。
名前を呼ばれているだけなのに、恥ずかしいな。
「早菜か。僕はーー」
「ううん、名前はいいよ。それより、あなたとの約束が欲しい」
「約束?」
「うん、明日、明後日ーーずーっとこれからここに来て。ね、約束」
私は溶けていく心に素直になって、約束を要求してみる。
彼は今日一番の笑顔を見せると、大きく頷いてくれた。
「いいよ。また明日ね」
「うん!」
私も頷き返す。
嬉しい。いつぶりだろう、こんなに嬉しいのは。
私の心は、ずっと先のことに舞踊り、私を取り戻させ始めていった。
二、
彼と会ってから、数ヶ月が経った。
彼は用事があっても、必ず少しの合間を縫って訪ねてきてくれた。
毎日が楽しかった。
明日を生きることが、本当に楽しかった。
笑うことを思い出せた。
怒ることを思い出せた。
悲しむことを、寂しさをーー私の中の全てが、石の呪縛を抜け出し、私を取り戻していった。
でも、会う度に、話す度に、心配になる。
今日が、明日が消えてしまわないかなって。
この人がいなくなったら、全て色褪せちゃうのかなって。
だから、目をそむけることにした。
そうしないと、石になるから。私の目は石にする力があるから。
この世界を、この時間を守るためにそむけよう。
私の奥から。私に潜むものから。
彼が来て、もう半年ぐらい過ぎた時のことだ。
もう、冬だ。
今日は何時間待っても、彼が来なかった。
風邪にでもなったのかな?
「寒いし、帰ろうかな」
私は雪の降る山道を歩き始める。
その時だった。
ーーパンッ!
「ーーえっ?」
銃声が鳴り響きーー私の胸を銃弾が貫いた。
痛い。痛いよ。誰、こんなことするのは。
私は胸を押さえながら、弾が飛んできた方角に目を凝らしてみる。
「ーーう、そ」
私は自分の目を疑った。
夢だ。これは痛い夢だ。
私が幸せになってしまったことへの報復だ。
私は幸せになっちゃダメだったんだ。
信じるしか、ないよ。
だって、だってーー彼が銃を私に向けるはずがないよ。
彼は、彼はーー
「だい……ぶ。きゅう……は、はず……ら。も……うやくそ……れない」
何言ってるの?
聞こえないよ?
でも、言ってることがなんとなく分かった気がする。
もう、会えないってことだよね?
なんでかな?
私の頭が機能を失いかけていた時だった。
急に、鮮明に彼の声が聞こえてきた。
「もう、目が治ったんだ。それで、君と会っていることがばれてさ、君を仕留めてくるよう言われたんだよ。僕は卑怯だからさ、これくらいしかできない。だからーー」
だから、何?
目が治ったから何よ。それなら、手紙とかーー電話だって買うのに。
だから、さよならなんてーー
「だからさ、ありがとうな、早菜」
私の鼓動は早まる。
そっか。私、恋してたんだね。
あなたは、私に隠そうとしたんだね。
あなたは卑怯ね。
目の前の雪が、赤く染まっていく。
でも、そんな卑怯者を愛したのは私。
だから、だからねーー
「私も……ありが……とう」
私は感謝を口にする。
私の心は、もう石にはならない。
人を恋して、その人に溶かしてもらって、裏切られたのに幸せでーー。
こんな心が、石になることはもう、ないだろう。
雪はひとつの家までの足跡を残す。
それは、一人の少女とーーその少女に恋をした、一人の男性の、二つの足跡を。
足跡のそばには、赤が、点々としていた。
三、
私は、目を覚ます。
目が捉えるのは、自分の家の天井。
体が捉えるのは、自分の家のベッド。
胸が、痛む。
胸が、傷む。
やっぱり、夢じゃなかったんだ。
それは、そうか。
私は今日も独りぼっちか。
「よいしょ」
私は体を起こしてみる。
外は、雪。
私は体を見てみる。
体には、丁寧に包帯が巻かれていた。
あの人かな?
ということは、裸、見られたかな?
「なーんて、今さらか」
私は笑う。
一人でもこんな風に笑えるなんて、考えられなかったな。
私はそこで、ひとつの結論にたどり着いた。
私のような人は出さないようにしないといけない。
きっと、たくさんいるはずだ。
私のように、人ならざる者が人に恋をする者が。
おかしくなったな、私も。
ま、いいか。
私は、薬師の知識もある。
大丈夫。私には本がある。
いつか、叶えさせる。自分も、自分のような人も。
その、恋を。
雪は降り積もる。
二人の足跡を隠すように。
二人の思い出を、隠していくようにーー。