終焉の騎士
とある世、とある国、とある村に、一人の男の子が生まれた。
健康で元気も良く、普通の赤ん坊。
両親も喜び、貧乏な生活ながらも大切に育てた。
赤ん坊が1歳の頃、その両親が死んだ。
家が火災に遭い、2人は焼け落ちた屋根の下敷きになって命を落としたのだ。
その赤ん坊は、母の腕の中で奇跡的に一命を取りとめた。
火事の原因は、火の不始末だった。
赤ん坊は、同じ村民のとある一家に引き取られた。
その家族は、物心つく前に両親を失った赤ん坊をひどく哀れんだ。
その翌年、赤ん坊を引き取った家族の長男が死んだ。
彼は初めて近くの森へ遊びに入った日、偶然にも熊に出くわしたのだ。
ズタズタに引き裂かれた長男の姿は、猟師である父によって発見された。
少年が4歳の頃は、少年を除いたその家族全員が死んだ。
たまたま村を通り掛かった盗賊が、その一家を襲ったのだ。
少年は、納屋の奥に身を隠して難を逃れた。
この頃になると、村の者達は皆その少年を呪われた子とし、忌むようになった。
彼に暴力を振るう者も増えていった。
少年は、生活の場を森に移すしかなかった。
食糧は自分で調達するしかない生活は過酷だった。
村の者達が襲撃してくることもあった。
しかし、少年が命の危機に陥ることは、一度たりともなかった。
数年が過ぎると、村の者達も思考が過激になってきた。
ある時、少年を殺す計画を立てた。
日々の生活のストレスを発散させようと、村人全員が結託したのだ。
決行の日の前夜、大規模な火災が起こった。
一ヵ所から広がった炎は村の全てを焼き、村人も全員死んだ。
火は不思議と、森を燃やす直前で消えていた。
火事の原因は、火の不始末だった。
少年もその頃になると、自分がどんな人間なのか、どういう運命にあるのかを悟るようになった。
自分は「終わり」をもたらす存在だ、と。
だがそうと分かっていても、彼にできることは生きることしかなかった。
少年の歳が二桁になった頃、偶然森を行軍していた騎士団が、彼を発見した。
身寄りのない子供を保護した騎士団だったが、少年の持つ騎士としての素質に驚いた。
年齢に不相応なほどの体力があり、武術もすぐに習得した。
特に剣の才能においては、天賦のそれを持っていた。
行軍していた隊の長は、すぐに彼を王国騎士団に入団させた。
王都で暮らし始めた少年はめきめきとその才覚を発揮し、瞬く間に成長していった。
15歳にもなると、彼はその若さで騎士団の副団長という地位にまで登りつめていた。
人々は、少年を尊敬と畏怖の目で見るようになった。
少年は、様々な任務に就いた。
街の巡回。国の事務。犯罪者の逮捕。猛獣の討伐。他国との戦争。
そのいずれでも、彼は活躍した。
と同時に、落胆した。
何をしても、どんな仕事をこなしても、物事が悪い意味で「終わる」のだ。
街の巡回をしていれば、突如発生した病にかかった民の命が、次々に「終わる」。
国の事務をしていれば、報告される文書の中でいくつもの村の営みが「終わる」。
いくら犯罪者を捕らえても、各地で新たな犯罪が起こり人々の人生が「終わる」。
猛獣の討伐に行けば、逆に猛獣を刺激してさらに暴れさせ、他の動物達の繁栄が「終わる」。
戦に出れば、自らの持つ全ての力で、技で、刃で、敵の命が「終わる」。
いつしか、少年は周囲から「終焉の騎士」と呼ばれるようになっていた。
そんな忌み嫌われる名を持ち、恐れられていても、少年は優秀だった。
無数の「終わり」を呼んでしまう体質を差し引いても、国は彼を手放せなかった。
役職も落とされず、金銭には困らない生活を送っていた。
だが、人々には避けられていた。
大切な人を奪った仇として。
終焉を呼び込む未知の恐怖として。
社会的な地位が疎ましい邪魔者として。
少年は、あらゆる人々から恨まれるようになった。
民に石を投げつけられることも少なくなかった。
街中であからさまに逃げられることも少なくなかった。
同じ団員に陰口を叩かれることも少なくなかった。
少年に味方は、いなかった。
けれど彼は、悲しみに暮れて涙を流すことはなかった。
けれど彼は、そんな現状に憤って自棄になることはなかった。
ただただ、絶望に浸った。
自分の運命を呪い、現状を呪った。
泣かずとも怒らずとも、彼の負った傷は深かったのだ。
淡々と生きる日々。
心が沈んでいても、少年は終焉を呼び続けた。
そしてその度に、また心が沈む。
少年が青年の歳になった頃には、彼の精神はもう沈みさえしなくなっていた。
ある時、大きな戦争が始まった。
複数の国が入り乱れ、殺し合う。
後に全世界を巻き込むほどの、大規模な戦争だった。
だが青年にとって、戦の規模などどうでもいいことだった。
騎士として、戦地に赴く。
その事実に変化がなければ、いくら戦争が大きくなろうと関係無い。
青年が、命の「終わり」を呼ぶからだ。
幸運な点があるとすれば、世間は戦争中の人の死を彼のせいにしにくいということであった。
青年は騎士団長に昇格していた。
戦場でも第一線で戦っていた。
だが、彼を尊敬して付き従うような団員は、一人としていなかった。
青年もそれには気付いていたが、慣れたこと。
彼は作戦通りに行動し、敵兵を斬る。
ただそれだけの人形と化していた。
とある日、全騎士団に侵攻命令が下された。
敵国の領地へ一気に攻め込み、都市を一つ占領するものだった。
無論青年も参加し、特攻部隊として出撃した。
作戦は滞りなく進んだ。
自国が優勢だったこともあり、青年達が大怪我を負うことはなかった。
その代わりというように、敵国の兵士、民の命が、数えきれないほど「終わった」。
青年も、多くの人を殺した。
ほどなくして、作戦が「終わった」。
久々に良い意味の終焉だ、と思う青年。
そして、占領された血の匂い漂う都市の中。
彼に、一人の少女が駆け寄ってきた。
快活な性格の彼女は、この国に捕らえられて奴隷にされていた、青年の国の民だと言う。
助けてくれた騎士団、特に奴隷市場を破壊した青年に、感謝していた。
だが青年は、彼女を突き放す。
人に関わるとろくなことがない、と知っているからだ。
どうせ、自分が「終わらせる」のだから、と。
それでも、終焉の騎士を知らない少女は、彼に付きまとった。
侵攻作戦が終わっても、彼女は付きまとった。
騎士団と共に帰還した後は、青年の家に住み着く。
少女は、メイドとして青年に奉仕すると言った。
青年は、それを拒んだ。
終焉の騎士の話はしなかったが、人がいてはいけない、と言った。
少女は、それを笑って流した。
何がなんでも居座り続けようとする彼女に、青年は諦めた。
受け入れても受け入れなくても、最後は同じだからだ。
絶望のまま、誰もいなくなる。
そうなると確信していた。
少女は勤勉に働いた。
掃除、洗濯、炊事など一通りの家事をこなした。
青年のスケジュールを管理する仕事も担った。
何より、青年への心遣いを忘れなかった。
常に気を配り、優しく声をかける。
戦争で疲れた彼に、元気を分け与えようとする。
笑顔を、絶やさない。
少女の青年を想う気持ちは、彼の人生の中で一度も触れられなかったものだった。
最初は、青年も煩わしく感じた。
関わるだけ無駄だ。
いずれ彼女も「終わる」。
余計な感情は、いらない。
心の扉は、堅く閉ざされていた。
しかしどれだけ無愛想な態度を取り続けても、少女は微笑みかけてきた。
今日も大変だったでしょ、と。
戦争なんかで死なないでね、と。
ほら笑って笑って、と。
青年は疑問に思う。
彼女は奴隷として生きてきたのに。
自分は何の反応も示さないのに。
何故ここまで、人を慕っていられるのだろうか。
ある時、尋ねてみた。
初めてそっちから話しかけてくれたね、とはしゃぐ少女に。
何故自分に尽くすのか、と。
少女の答えは単純なものだった。
「あなたは私を助けてくれたから」
それだけなのかと青年は問う。
充分すぎるよと少女は答える。
青年は、黙り込んだ。
そして、顔を背けた。
熱くなった目頭を、彼女に悟られぬように。
青年は、彼女に終焉の騎士の話をすることを決めた。
今までは話す必要もなかった。
自分の近くで人が一人死んだところで、何も感じなかったから。
だけど、この少女は違う。
この少女は、自分のせいで死なせてはならない。
少なくとも、自分の目の前では。
自分がどういう人間か話せば、たちまちに怖くなって逃げるだろう。
そうすれば、この子は生きられる。
久しく感じていなかった寂しさはあるが、仕方のないことだ。
この少女が、幸せになるためには。
青年は、心に誓った。
戦火が段々と激しさを増してきた。
今日の青年は、左腕を失った。
戦争に加えて飢饉まで起こし、またも多くの命を「終わらせた」罰か、と青年は自嘲する。
帰宅すると、出迎えた少女が左肩を凝視し、慌てた。
心配する彼女を落ち着かせ、青年は終焉の騎士について語り出した。
少女に恐れてもらうために。
少女に離れてもらうために。
少女に、幸せになってもらうために。
「…………」
真実を、伝えた。
自分の過去を。
終焉の騎士という名を。
傍にいれば、死ぬということを。
彼女は驚いた。
そして、言った。
「じゃあ、この戦争も終わらせてくれるね」
嬉しそうに、笑っていた。
青年は、言葉の意味を理解するのに数瞬かかった。
青年は、彼女の真意を汲み取るのに数秒かかった。
青年は、何と言えば良いのか分からなかった。
青年は。
青年は。
青年は。
青年は、泣いた。
大粒の涙を、流し続けた。
泣いて。
泣いて。
泣いて。
喉から、絞り出す。
今まで言ったことも聞いたこともなかった、その言葉を。
「ありがとう」
少女は、それからも青年の家に住んでいる。
訪れる日々は変わらない。
騎士の青年は戦地に赴き。
メイドの少女は家で主の帰りを待つ。
戦争は激しくなるばかりだ。
今日も人々は終焉に怯えている。
けれど。
「いってらっしゃーい!」
ようやく青年は。
「……いってきます!」
今までの自分を、「終わらせた」。