夢と現実と
翌日。
力を使い切った北川 正雄は病院に寄ってから登校した。
もっとも北川の不調は放課後まで、尾を引いていたが。
「……鉄分。ごはん。颯真、ちょー頑張った俺に清き血の一滴を……」
「誰がやるか!」
「ひどい!」
北川が机につっぷす。
北川が頑張ったのは認めるが、さすがにこんなところで血を渡すわけにはいかない。
とりあえず、北川のことはほうっておいて、颯真は霜山の席に行って彼女に話しかける。
昼は北川妹に「しっしっ」と追い払われた上、その北川妹は「昨夜ね、正雄にこう肩を貸して、家に連れて来たのよ」と余計なことを身振り手振りを交えて霜山に伝えた。
ふらふらの兄貴を家まで運んだ恩人になんて仕打ちだ。
「……あの、今日から一緒に帰らないか?」
「……」
まだ機嫌の直っていない霜山は鞄に教科書とノートを無言で突っ込んでいる。
そういえば、黒義は『霜山が颯真に相当の関心を払っている』と言っていたが、これのどこが関心を示しているのだろう。完全無視ではないか。
「犯人もまだ捕まっていないんだし、いつまでも弟を呼びつけるわけにはいかないだろ?」
颯真がそう言うと、彼女は少し動きを止めた。
その時、二年の高木さんが颯真の教室を訪れた。
いつもよりか薄化粧(と言っても数日の付き合いだが)の彼女は、雰囲気がわずかに青蓮に似ていた。
「事件は一応解決した」
「一応って何なんですか?」
犯人が捕まったというニュースも何も流れてないのだ。
いきなり「大丈夫だ」と言われても信じられないだろう。
しかし彼女は頷いて、
「センパイの言葉ですもの。信じますよ。相談乗ってくれて、……二人を助けてくれてありがとね」
「そうか」
颯真もそれ以上は確認しない。
夢は形を残さないあいまいな世界。
高木 千佳が本当に青蓮の生まれ変わりなのか。黒義は本当に何百年も自分の妻を捜し続けていたのか。
年に二回の奇跡は果たして起こるのか。
本当を確かめる術など何一つないのだ。
もし今まで経験してきたことがすべて本当なら自分は人ではないといずれ認めなければならなくなる。
だから……
油断した。何かが頬に当たる。
「謝謝」
高木 千佳はそれだけ囁くと身を翻して、教室を出て行った。
帰り支度で騒がしいはずの教室が一瞬静まり返る。
霜山の方を見れば、霜山は校則を破りまくって、メールを打っていた。
「あの……。霜山?」
霜山は携帯電話の電源を切って、蓋をぱちんと閉じると、さっさと一人で教室を出て行ってしまった。