夫婦の再会
――必ず探し出す――
彼がそう約束してくれたのは、いつのことだっただろう。
◆
◆
「結界は俺が引き継ぐ」
北川の言葉に颯真が頷く。
「ついでに、ここら片付けとけ。砂も砂場にちゃんと戻しとくんだ」
「えぇ? 砂ぶちまけたのこいつも一緒じゃん」
待ち針とカッターの刃がどこに落ちているか分からない上、砂場の砂が近くの道路にぶちまけられている。
「待ち針五本に、はさみ一本、カッターの刃三節のを一本。カッターの刃はバラバラになっているかもしれないから一節残らず回収しといてくれ」
北川は不満たらたらの顔をしているが、ここは小さな子供が訪れる遊び場だ。
砂場に針やらカッターが落ちていて、子供がカッターの刃先を掴んでしまったりしまったら、とても危険だ。
「分かったよ。……良き夢の旅を」
北川の目がかすかに赤く光った。
☆
「黒義様……」
青蓮は東屋で老女ローティアとお茶を飲んでいたが、黒義の姿を認めると、黒義めがけて走ってきた。
彼の身体を確かめるように、彼の胸に触れゆっくり撫でる。
「ずっと……ずっと。こんなにぼろぼろになるまで……
ごめんなさい。勝手に……いなくなってしまって」
小雨が二人の身体を打つ。
「本当に……青蓮か」
黒義は恐る恐る彼女に触れる。
「お疑いになるのでしたら、私が火球を放った数を答えましょうか? それとも、あなたが夜中にこっそり宿を抜け出して、女の人に会いに行った回数を答えれば良いのでしょうか?」
「お、おい。あれは女の人に会いに行ったのじゃなくてな。急に酒を飲みたくなっただけだ」
「ふーん」
「へぇー」
老婆の生暖かいどこか面白がっているような声に、颯真もしっかり便乗する。
「一緒になってからは誠実だったろう!?」
「ほぉ」
「はぁ」
爆弾を投げまくった本人は堪えきれずにくすくす笑った。
「せっかく夫婦喧嘩用に取っておいたネタなのに、使う間もなく逝っちゃたんでちょっともったいないなと思っていたんですけれど。うん、すっきりしました」
晴れやかな笑顔の妻といろいろ打ちのめされた旦那。
(心残りがそれって……。さっきまでの俺達のバトルは? いや、俺はほとんど戦っていないけれど)
「他に、旦那さんに言い残すことは?」
「そうそう。肝心なことを言い忘れていました」
青蓮は夫をきっと睨みあげた。目がくりくりしているから、睨み上げている姿も可愛らしい。
「私を殺そうとするなんてどういう了見ですか!」
彼女は憤然と言い放った。
「お前を殺そうとした訳ではない。お前を取り戻したいんだ。大体、彼女を傷つける積もりもない。ただ彼女と君の場所を入れ替えるだけだ」
「最初に、人間に迷惑かけてはいけないって教えてくださったのは黒義様ですよね?」
「あ、ああ」
もう、黒義が不利なのはほぼ決定的だ。
「それを夜中にぬぼっと現れて女の子の手を掴むなんて……痴漢ですか? 変態ですか? ××ですか?」
(さっきまでの涙はどこへ行った!)
「本当に、青蓮--」
黒義は颯真のほうに視線を向け「か?」と続けようとしたのだろうが、彼女の声が続きをさえぎる。
「黒義様が仕事以外で夜中にお出かけした回数は――」
「わ、分かったから」
青蓮は腰に手を当ててて、
「次にやったら離縁ですからね」と、キッパリと宣言する。
“痴漢”と“夜中のお出かけ”どちらをやったら離縁なのだろうと颯真がぼんやり考えていたら……
「黒義様。もう一つ、お願いが……」
さっきまでの怒りはどこへやら、彼女は心細そうに言う。
成り行きを見守っていた颯真は老婆にぐいっと首をねじられた。
雨の音の合間に夫の慈しむような声と妻のどこか甘えるような声が颯真の耳をなでる。
「こんな寂しいところで、待たせてすまなかった」
「ローティアさんが、時々おしゃべりに来てくれるから。だから……」
それ以上は聞こえなかった。
◆
彼が消えた世界。
雨は止み、世界は夜になる。
「あんなあっさり納得するなら、最初っからごねずに人の話を聞けっての。あんな無駄な戦闘をせずに済んだのに。なんで痴話げんかに――」
「お黙り」
颯真が愚痴っていると、ローティアにぽこりと頭を殴られた。
それまで気丈な姿を見せていた青蓮は
一人取り残された世界
濡れた地面に両膝をつき泣いた。
夜の闇が彼女の姿を曖昧にし、彼女の声をより鮮明にする。
「本当は……穏やかで幸せな日々の続きを見たかったに決まっているじゃないか」
老婆が囁く。
夜空には天の川が広がっている。どれが織姫で、どれが彦星だろうか。
--次はない--
北川はそう言った。
「紙の橋を丸太の橋に……草むらを獣道に変えるくらいはできる」
「えっ?」
青蓮が颯真の言葉に顔を上げる。
(俺は夢魔だ)
(夢を見せるくらいはできる)
「始終つなげるのは、高木さんの心に影響があるかもしれないから、年一回……じゃあんまりだな。年二回、黒義の夢を東屋に繋げることができる」
「……本当に?」
まだ信じられないといった感じの青蓮に颯真は頷いた。
「ああ。だから彼と会いたい日を教えて」
彼女はしばらく考えていたようだが、やがて遠慮がちに口を開いた。
「じゃあ……」
××は好きな言葉をどうぞ。