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夢魔と三人目の女

 佐伯 颯真が変な力を持ってしまったのは高校一年の時。それまではファンタジーとは無縁の生活を送っていた。

 吸血鬼や狼男ぐらいは知っているが、『夢の中に入れる力』なんて……どうせならファンタジー好きの奴がそういう力を授かればいいのに。

 自分の力の得体が知れないうちは気味悪がったが、自分の能力を図るために『夢占い』をはじめてからは、まあ『こんなもん』とあきらめている。


 三年生になるまでは月に三つほど依頼が来ていた。

 まあ学内で金銭のやり取りするのもなんなので、代金はパン一個とかかわいらしいものだが。


「私、二年の高木 千佳。でね--」 


 今回の依頼人の高木 千佳はぎりぎり校則に引っかからない程度の化粧をしている、颯真からすれば少々ちゃらちゃらした感じの二年生だ。


 勝手に語りだそうとする目の前の二年生に颯真は断りの言葉を、


「悪いけれど休業しているん……」


 女の子に手を握られた。


 恐る恐る教室の端を見る。その席に座っていた霜山しもやま 健美たけみが、外の景色をガン見していた。


 (えー、相当機嫌を損ねているな)


 前に機嫌を損ねた時は、きらきらピンク表紙の少女小説を買いに行かされた。


 その時の霜山は「それはやばい系じゃないから大丈夫よ」と非常ににこやかに言いやがった。

 霜山弟から「アールフォーエバーなやつが付近にあるから、左から四棚目の三段目かその真下に平積みされている本しか見たらダメだ」などと聞いた当初は「Rフォーエバーって何だよ」と思っていた。

 しかしそのとてもありがたいお告げを貰ってなかったら、その『Rアールフォーエバー』を間違って手に取っていたかもしれない。


 ……少女小説をカウンターのお姉さんに渡した時点ですでにいろいろ間違っている気もしないでもないが。


 もう、二度とあんな目には遭いたくない。


「話だけは聞くからっ。手を離してくれないかっ」


 颯真の手を握っていた女の子-いや、この狡猾な女は一瞬にやっと笑って話を続けた。


「最近毎晩同じ夢を見るのよ。変な男が……『チンレン』って言って毎日一歩一歩近づいて来るの」


 (えー、『メリーさんの電話』系?

 ってか後ろの『吸血鬼』が悪さしているんじゃないだろうな?)


「それって、こいつに似てなかった?」


 そう言いながら、後ろの吸血鬼を指差す。


「人を指さすなよ」

「もうちょっといかつい感じだったけれど」


「じゃあ、ドラマとかでそれっぽい人を見たとか、通学途中で見かけたとかそういうことはないんだな」

「ないよ」


 颯真はしばし考え込んで、告げた。


「じゃあ、君の夢に入らせてくれるか」



 基本、許可をもらえたら他人の夢の中へは潜れる。

 普通に「夢に入っても良いか」なんて聞いたら許可が取れないどころか、変な人に見られるが、わざわざ依頼に来る人は、たいてい興味半分で許可をくれる。


 今回も無事許可がもらえた。


 で、大問題なのは、一夜のうちのどの夢が本命なのかだ。

 人間は一夜で五つ前後の夢を見るらしいが、それ全部に張り込んでいたらさすがに疲れる。


 (まあ、大体間違いはないはずなんだが)


 真っ白な空間に彼女--高木 千佳は立っている。

 その側に、男が現れ、一歩だけ進む。


「あんたは誰だ? チンレンってなんなんだ」

「……」


 振り返った男からの返事はない。男の幻は掻き消えた。


「……ヘイイー」


 高木さんはぼんやり男がいたところを眺め、つぶやいた。



「ぜんぜん、睡眠が足りてない~」


 力を使うと翌朝の疲労がものすごい。

 特に夢の中で空を飛んだとか現実にはありえない動きをしたわけじゃないからひどくはなかった。

 

 1限目の授業が終わったところで、高木さんは現れた。

 

「センパイ」

「やぁ」

「昨夜、すごかったんですよ。本当にセンパイが夢の中に現れて。それもなぜか真っ黄色の髪で」


 高木さんはきゃははと高い声で笑い、対して颯真は引きつった笑みを浮かべる。


「そ、そう? ヘイイーってのに心当たりは?」

「ヘイって掛け声とか?」

「それを聞きたいんだけれど」

「私も知らないですよ」


(余計なことばっかり覚えてて、肝心なことを忘れるな!) 


 夢の中の高木さんはその言葉をうれしそうに囁いていた。


 彼女の夢は、あれだけ無限に広がる世界なのに、視覚から得る情報と体感で感じる情報に違いが出てた。


 圧迫感を感じるというか、すぐ近くに他人たにんの気配を感じるというか……

 満員電車ほどではないけれど、触れ合う寸前の詰まり具合と言った感じだろうか。


 あの世界は共有されていた……様な気がする。

 あの夢は彼女の一部であると同時に誰かの一部でもあった……かもしれない。

 本当に紙の橋を架けたような頼りない繋がりで、颯真いぶつが入った途端、かすんで消えた。

 

 手がかりが途絶えた。

 探そうと思えば探せるだろうが、人の家のクローゼットを掘り返すようなものである。


 はっきり言ってやりたくない。


 他人が夢の中に入り込んでいるのは既に異常だが……そう判断するには経験が足りなかった。

 従って、無難な回答をするしかなかった。


「う~ん。しばらく様子を見ようか?」


 センパイと後輩のやり取りの間、吸血鬼は楽しそうに笑い、霜山はやはり外の景色を眺めていた。


 お昼頃には霜山も機嫌を直し、いつも通り一緒に弁当を食べ、一緒に帰ったが、個人的な平和は翌日には崩れた。

変な造語のことは気にしないで下さい。

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