吸血鬼の戯言
闇の中、炎が地図に落ちる。
「日本?」
◇
ホームルーム直前の騒がしい教室。
佐伯 颯真は後ろの席の北川 正雄から声をかけられた。
「俺達の縄張りを荒らす奴がいる」
「はあ。珍しく起きていると思ったら、唐突に何言い出すんだ」
朝っぱらから『吸血鬼』が馬鹿なことを言っている。
「お前も知っているだろう? 最近の変質者事件」
「ああ」
この学区内で発生している事件で、女子高生が夜中に一人歩いているといきなり男に声をかけられるそうだ。
声をかけられるだけで、危害を加えられたという事はないらしいが、今後も危害を加えられないと言う保証はない。
電車で通学している生徒も多いので、教師が自宅まで付き添うのはほぼ不可能。
高校ができることと言ったら最寄の駅や生徒達が立ち寄りそうなショッピングセンターに教員を配置し、当面の間クラブ活動の中止することぐらいだ。
特に女子は『集団下校』と『日没前の帰宅』と『できるだけ人通りの多い道を通ること』を申し付けられている。
だが、三十分近く立ちっぱなしで行われた緊急全校朝礼の成果はなく、『集団下校って、子供じゃないんだから』って、守っている女子はいない。
颯真は教室の端に座っている女子生徒を見る。訂正、一人を除いて。
事件が起きる前から日没前に家に送り届けている霜山が事件に巻き込まれることはないだろうが、用心するに越したことはない。というか、今の今まで目の前の『吸血鬼』がいたずらしていると思っていたんだが。
「吸血鬼様には、現世のことなんて興味なかったんじゃないか?」
『吸血鬼』とは、目の前の友人のあだ名だ。
『正雄』という名前のイメージからは遠い色の薄い髪と彫りの深い西洋的な顔立ち。
それに加え、授業中に爆睡しているのと本人が『自分は吸血鬼だ』って言いふらしているのでこのあだ名が付いた。
もちろんファンタジーの世界ではないのでそんなのが存在しないはずなのだが……残念ながら広い世の中、いるところにはいたりするのだ。
「それはそうだが、荒らされるのは気に入らない。今夜から、張り込みしないか?」
「受験を控えて猛勉強中でふらふらの俺がそんなのに付き合えるわけないだろう!」
颯真は探偵や警察ではない。また将来そういう職業に就く予定もない。
「そういうことは警察に任せて、お前はちゃんと夜に寝て、朝に起きろ。 留年しても知らないぞ」
「百年留年しても俺は困らないし」
「ちょっとは困れよ……」
この吸血鬼、テストの成績はいいものだから、教師も文句を言いづらい。
「こっちの方が留年よりかよっぽど大問題だ。その妖怪だか超能力者だかが人間に捕まってしまったらどうする?」
「こうもりになって逃げるのか?」
吸血鬼は「分かってないな」とため息をついた。
「たとえは悪いが、『大正デモクラシー』から、『第二次世界大戦』まで、何年か知っているか?」
「いや、俺、歴史は苦手で……」
「じゃあ……三十年前は携帯電話なんて、SFだったんだ。
今の世間の認識では『吸血鬼』は想像上のモンスターってことになっているけれど、人の世界は変わるんだ。 もし、『最初の一匹』が捕まって、俺らが『害獣』だと言う考えが広まったら、三十年後には俺ら全滅かもな。昔と違ってお山に逃げたら済む時代じゃないし」
「あのなぁ」
ため息をつきたいのはこっちだ。
「『害獣』や『全滅』って言われても……俺、人間だし。漫画や小説の中ではばれたら追われたり、殺されたりって話があっても、現代日本で、そんな乱暴なことにはならないだろう」
颯真とて、別に人を傷つけるようなたいそうな力を持っているわけではない。
能力があろうがなかろうが誰かを傷つけたというなら、警察に捕まるけれど、普通に暮らしている人間を狩ったりするってそれこそ昔じゃないだろう。
ちょうどその時、担任が来たので、会話は途切れた。
だが、張り込みしなくとも事件はやってくるわけで……その日の昼休み。
「夢占いってここ?」
一人の女子高生が教室に入って来た。
※舞台は今から十年くらい前の時代になります。携帯電話普及率70%くらいの時代です。(きっちり書くとぼろが出るので)
時代考証……あまり深く突っ込まないでいただけるとありがたいです。
(余談)
超古いビデオの中にたまたま残っていたCMに『シ○ルダー○ォン』が……
一番印象に残ったのはCMでした。(人類の進歩ってすごい)