表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

ニルファ―青雨蓮花

佐伯 颯真視点による一人称。

 本日は母校に来ている。


 家が近いこともあって毎年文化祭には来ているのだが、今年の文化祭は俺らの一期後輩がハープ演奏を引き受けたらしい。


「私ハープ聞くの初めて」


 同じ高校を卒業した奥さんがチラシを見ながら言う。


「俺もだ」


 細かく言うとライアーハープと言う種類のハープだそうだ。

 テレビで見たことはあるかもしれないが、生演奏は初めてだ。


「わたしも」


 娘が元気よく手を挙げる。


「そうだな。ミク。今日は『しー』だぞ」


 娘はこくりと頷く。

 

 卒業生に送られてきた招待状には、『騒がない限り子供の演奏会入場も可』と書かれていた。


 体育館も二階席まで、ぎっしり席が埋まっている。

 娘を膝に乗せて、開演を待っていると、横合いから声をかけられた。


「こんにちは」


 振り向くと、北川妹――北川柚月とその後ろにこの高校の制服を着た少年がいた。


「久しぶり。北川さん」

「だから柚月だって」


 女二人は笑い合い、そこに娘が元気に挨拶をする。


「ユズおばちゃ! こんにちは!」

「私は『おば茶』じゃないぞ。『ユズちゃん』よ」


 相変わらずかわいいわねぇと言って北川妹は娘の頭をなでる。


「そちらは?」

「正雄の親戚。そっくりでしょ」

「はじめまして。滝川 大和です」

 

 思わず顔が引きつってしまった。まさか堂々と奥さんの前に姿を現すとは思っていなかった。


「えー? そんなに似ているかしら? この学校の生徒さん?」

「はい」

 

 滝川 大和なる人物は、妻の問いににこやかに返す。

 北川妹のさりげない偽装工作は奥さん相手には不要だったようだ。

 

 この学校の制服を着ているから、奥さんはそちらに気をとられて気づかない。

 柔らかな栗毛を黒髪に染めて、眼鏡をかけているだけでずいぶん印象が違う。

 たぶん体重や筋肉の付き具合も意図的に変えているのだろうが。

  

「北川さんはたまには帰ってきているの?」

 

 奥さんは北川 正雄が自分達と同じように成長していると思い込んでいる。

 だが、彼は間違いなく目の前にいる。


「たまには帰ってくるけれど、忙しいようでさ。二三日したらまたアメリカにとんぼ返り。それと何度も言うけれど、あっちは『正雄』だから。ほら、練習」

「……ま……正雄さん」


 男女とも姓に「さん」付けがほとんどで、下の名を呼ぶのが苦手な奥さんは恥ずかしそうに頬を染めて言った。

 男の下の名前をろくに呼んだ事が無いからだと分かっていても面白くない。


「『北川兄』と『北川妹』で十分だ」


 俺なんか、結婚後しばらく「佐伯さん」が抜けなかった上、娘が生まれてからは「あんた」か「パパ」だぞ。

 滝川 大和少年は俺と奥さんの反応を面白そうに見ているのも、さらにむかつく。  


「おじさんとおばさんもここの卒業生ですか」

「え、ええ」


 奥さんの顔がわずかに引きつる。


「じゃあ、私たち席探さないといけないから」

「柚月さん。あそこ空いているようですよ」


 柚月と大和少年=北川正雄は俺らからは少し離れた席に着いた。

 

「十年後には自分もおじさんなのにね」


 奥さんが俺の耳にこそりとささやく。

 残念ながら、あの男は十年経っても中身はじーさんで、外見は少年のままだ。


「娘が北川妹をおばさんって言うのは許して、自分はおばさんって言われるのが嫌なのか」

「幼児がおばさんって言うのはもう納得するしかないけれど、たった十歳しか変わらない高校生におばさんって言われるのはまだ納得できないのよ」 


 


『これより我が校の卒業生――』


 アナウンスが流れ始める。

 

 俺はチラシに載っているプログラムに目を落とした。曲目は子供でも楽しめるものになっている。


 伝統的なハープの曲と有名なアニメ映画の主題歌、オリジナルを挟んで、もう一曲アニメ映画の主題歌、最後に「故郷」を演奏するようだ。


 奏者が現れ、拍手があがる。

 


 

 演奏が始まった。


 俺でも知っているとても有名なアニメソングを奏でられると、娘はうとうとしていたのも忘れ(俺も一曲目の途中からうとうとしていた……)、感嘆の声を上げる。

 「ミク」と小声で言うと娘は慌てて口に両手を当てた。

 他の子供たちも喜んだのは一緒だったようで、音楽に合わせて口ずさんでいた。


 ◆



 二曲目が終わって拍手が鳴り止んだ頃、奏者が、次の曲名を告げる。


「『ニルファ――青雨蓮花』」


 白い指先が弦をなでる。


 音が世界を創る。


 どこまでも広がる草原、大きな川、広大な砂漠の先に小さなオアシス。


 優しい音色と雨の中いとおしい人を待つ恋歌れんかが重なる。


 体育館を透明で伸びやかな声が満たす。


 やがて空は晴れ――



 ◆



 これも娘はすやすやと寝ていたが、アニメソングになった途端、伴奏の数音でぴくんと動いて目を覚ました。


 最後は『故郷』を皆で合唱した。


 最後の一音が体育館に響き渡る。



 一拍の静寂の後、観客から割れんばかりの拍手が湧き上がった。


 兎を追った覚えも、フナが泳いでいるのを見かけた覚えも無く、子供の頃にはあまり実感がわかなかったが、この年齢になると、

「兎を追ってなくても、良い曲だな」

「そうね」


 娘も妻も、もちろん俺も奏者に最大の拍手を贈る。


 満場の拍手の中、高木 千佳は観客に頭を下げた。



最後までお読みいただきありがとうございました。


ニルファ……ペルシャ語で『蓮』。

青蓮さんが、竪琴の最初の手ほどきを受けたのが、タクマラカン砂漠を移動する隊商の人たち(ソグド人)でした。ソグド語はなくなってしまったようですが、一部はペルシア語に派生したようです。


『故郷』作詞: 高野辰之/作曲: 岡野貞一

 著作権消滅確認済みです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ