ふぁんたじぃ捕物帖 ~いぶし銀な幼女~
連載予定でしたが、オペミスで短編にしてしまいました。
申し訳ありません。
元々一話完結連載の構成でしたので、第2話以降ができたら、タイトルを修正して投稿し直します。
二つの月に照らされた、レンガ造りの街並み。
人の気配が絶えた石畳の道を、一人の男が息を切らして走る。
蛮族を思わせる鎧を身に着け、逞しい筋肉の、あまり、長距離走には向かない体つきだが、かなりの距離を走っているようだ。
その後を神官の格好をした青年が、こちらも、ぜぇぜぇ喘ぎながら追いかけている。
不意に、青年の足がもつれ、転んだのを後ろに見やって、男は、髭に覆われた、ごつい顔に笑みを浮かべた。これで逃げ切れると思ったようだ。
だが、男が次の路地を曲がった時、目の前に立ちはだかる、小さな人影があった。
プラチナブロンドの髪。フリルがたっぷりついたワンピースに包まれた、ほとんど、つるぺたの体つき。
こちらを睨む、その顔は、しかし、思わず頬をつつきたくなるほどに可愛らしい。
少女と言うより、幼女と言う年代だろう。
その手には大きすぎる戦槌が握られていた。
「お嬢さん、すまないが、そこをどいてくれないか?」
見た目の割には不釣合いなほど丁寧な口調で、男がそう言うと、幼女は戦槌の柄で、自分の肩を叩きながら、愛くるしい唇の端をシニカルな笑みの形に吊り上げて応えた。
「どくわけにいはいかねぇな」
こちらも、やや舌足らずな声には、不釣合いな伝法な口調だった。
「おとなしく、お縄につきやがれ」
そう言うと、これも不釣合いなサイズの戦槌を片手で軽々と繰り出してきた。
男は、腕に装着した円盾で受け止めたが、次の瞬間、顔を歪めた。
盾で受け止めたにもかかわらず、その衝撃だけで、身体の動きが止まってしまったようだった。
クリティカルヒットと同等の打撃を受けた時の、フリーズ現象だった。
「な、何?」
呆気にとられた男の目の前で、幼女が空いたほうの手で、何かを操るような仕草を見せた。
「ぐわっ」
電撃が奔り、男のいかつい身体が石畳の上に沈んだ。
そこに、ようやく追いついてきた神官の青年が、男の傍らに膝をつく。
懐から水晶の玉を取り出し、倒れている男に当てた。
水晶にいくつかの文字が浮ぶ。
「既に拘束中のアバターと同一のアドレスを検出」
青年はそう言うと、今度は、お札のようなものを取り出した。
「規定違反の副アカウントの証拠として、該当アバターを転送します」
札を貼り付けると、男の大きな身体が光に包まれ消えていった。
「アバターを運営に転送しました」
青年が顔を上げて報告する。
その端正な顔がしかめられる。
「おう、ごくろうさんよ、キーちゃん」
と、言う幼女が、欠伸をしながら、戦槌をかついだ格好で、お腹をボリボリと掻いていた。
ワンピースの裾をまくり上げて、直接掻いているものだから、ぽっこんなお腹とか、シルクなパンツとかが見えて、行儀悪いなんてものではない。
こめかみを押さえながら、青年が注意する。
「銀さん……じゃなかった、ジル、それ、規約違反ですよ」
「あ? 綺麗なねぇちゃんのアバターならそうなんだろうが、ガキんちょがやるこったぜ」
「こちらでは、むしろ、そっちがまずいんですよ」
こちら側では、よほどのことが無い限り、成人アバターの露出は規約違反にはならない。
世界を跨った基準なので、18歳以上の制限エリアで、と言う前提つきだが、ヘアまではOKである。
さすがに「くぱぁ」はNGだ。
18歳未満で、制限エリアに侵入するユーザや、その「くぱぁ」を見せたり、見せる事を強要するユーザを捕まえるのも、この二人の仕事になる。
「まぁ、ひと仕事済んだんだ。ログアウトするぞ」
「はい」
二人の身体が光につつまれて消える。
月に照らされた石畳の上でには、何の痕跡も残っていなかった。
◇
「ふぅ」
ヘッドギアを外して、ため息をついた。
寝ていただけの筈だが、長距離を走った感覚に引きずられているのか、妙に疲れが残っている風情で、のろのろとベッドからおりる。
部屋に備え付けられた鏡で髪を結い上げて髪留めでとめると、朝霞紀久子は伊達眼鏡をかけ、ハンガーにかけてあった上着を羽織る。
(う……きつい)
買った時は、丁度良いと思っていたサイズのスーツだったが、最近、また、胸まわりがきつくなったような気がする。
同期が、陰でビッグバンとかレベル無制限とか勝手な事を言っている事は知っているが、全く冗談ではない。
なんとかボタンを嵌めて、二畳の広さしか無い、その部屋を出ると、上司が既に立っていた。
小柄だが、引き締まった体つきの初老の男が、皮肉げにゆがめられた唇の端に禁煙パイプをくわえている。
薄くなる気配の無い、ロマンスグレイな頭髪や、若い頃はハンサムだっただろう事が分かる容貌はダンディと言えるかもしれないが、シャツの襟や袖の汚れこそ無いものの、スーツはよれよれ、ネクタイは曲がっていると言う状態では台無しである。
九之池銀吾郎。
階級は巡査部長で、あと数年で定年退職になる古参の刑事だ。
警察学校を出て、警視庁に配属されて一年の紀久子にとっては、上司であり、大先輩であり、この仕事における相方でもあった。
「おう、キーちゃん、おつかれさん。晩飯はどうするんだ」
「寮の食堂はまだ間に合います。それと『キーちゃん』は止めて下さい」
紀久子が止めてくれ、と言っているのは、リアルの話ではなく、あちら側での話だ。
せっかく『キース』と言う昔のミュージシャンから取った名前で神官としてロールプレイしているのに、雰囲気がぶち壊しである。
銀吾郎はそれには応えず、
「えっと、明日の待ち合わせ場所はどこにする?」
「王宮前公園でお願いします」
「おう、わかった。あそこだな」
と言うと、銀吾郎は衰えを見せない足取りで、颯爽と歩いて行った。
修めていると言う古武道とやらの影響か、ややガニマタ気味の後姿を見ながら、紀久子は銀吾郎のリアルとアバターとの落差にため息をついた。
◇
二〇五〇年に入って、異常と言えるほど発達していくVR技術は、一つの壁にぶち当たった。
膨大なリソースを必要とするVR技術は、データ量も莫大となり、サービスを提供する企業がきめ細かなユーザ情報を自社のストレージでまかなう事が不可能になったのだ。
結局、企業側はステージとそれに付属するオブジェクトのデータまでを自社のストレージに置き、ユーザ情報とログを各端末に分散する事で対応した。
細かい技術的な話を割愛して、結果だけを述べるならば、ネット接続されたVRの中のコンテンツについて、サービスを提供する企業すら管理が及ばない状況となった。
二〇六〇年に入って、各国の防諜、警察機構は、VRネット内で活動する部局を相次いで創設した。
いくつか理由はあるが、一例を挙げれば、複雑怪奇きわまるアルゴリズムで分散化し、ヒューマンな要素で構成されるVRの中で交わされると予想されるテロリスト同士の会話を、盗聴、傍受するには、やはり、VRネットの中で行う必要が出てきた等がある。
日本の警察組織に仮想世界防犯課が設置されたのは、硬直した官僚制度の弊害か、二〇六〇年代末期のことである。
他の国に圧力をかけられたと言う事もあるが、インターネット時代の情報を取り込んだVRネットの人工知能が、当初、下着は脱げないように設計されたアバターを、精緻な局部まで再現できるように改変してしまった為、未成年に与える深刻な影響を懸念する世論に押された部分が大きい。
当該部署の設置へ配属する担当者の適性や教育方針については、未だに白紙状態である為、リアルでのベテランと、警察学校を出たばかりの新人の組み合わせが検討され、実行された。
警視庁刑事部に創設された仮想世界対応係の銀吾郎と紀久子のコンビも、こうした状況の中、VRネットに誕生した捜査官の一例である。
◇
略称AEO、正式名称エイジ・オブ・エクスプロレーション・オンラインは、文字通り大航海時代の世界をベースに構築されたファンタジー系のVRMMOで、現在の銀吾郎と紀久子の職場とも言える。
経験値によるレベルは無しで、HP、MPやスキルを上げるには、ゲーム内貨幣であるGを稼ぎ、ゲーム世界の主要都市に設置された教会で、お布施として、それを納める事で、神より授けられると言う方法と、しかるべきクエストをクリアして取得する方法の二つがある。
ゲーム経験の浅いプレイヤーでも、当りのクエストを引けば、ベテランのプレイヤーと肩を並べる事が可能で、新規参加者の間口を広げる仕組みとして好評の為、屈指の人気を誇るコンテンツの一つだ。
王宮があるネオ・ランダンは、初心者むけの都市で、王宮前公園は、神殿前広場と並んで、待ち合わせによく使われる場所だ。
後楽園の五倍の広さが有り、NPCや商人プレイヤーの屋台が点在する。
休日とか大きな合同クエストのある日は、それこそ人ごみで溢れかえっているのだが、特に何事も無い、平日の昼過ぎとあっては、閑散とした佇まいだ。
その一角にあるベンチに、一人の幼い女の子が腰掛けていた。
プラチナブロンドの髪は陽光に輝くようであり、陶磁器のような白い肌は、しかし、活力に溢れているようだ。
菫色の瞳はアメジストを思わせ、こじんまりとした鼻や愛らしい唇は、ビスクドールのようだ。
白を基調とした衣装は、誂えたように似合っており、天使が地上に舞い降りたのではないかと思われる。
――ふんぞり返って大きく足を組んだ姿勢で、爪楊枝で歯をせせくっていなければの話だ。
もう、何もかも、全てが台無しであった。
ベンチには大きな戦槌が立てかけてあり、使われたように少し汚れていた。
彼女の足元には、ごつい男達が転がっており、ピクリとも動かない。
朝霞紀久子が、神官の青年キースとして、ログインした直後に見た光景は、こんなところだった。
「おう、キーちゃん」
キースに気がついた幼女が片手を上げて声をかけてくる。
こめかみを揉みながら、キースは足元に転がっている男たちを見て言った。
「なんです、この人たちは」
「うるさくつきまとってきたから、面倒になって、のしてやっただけさ」
PK自体はAEOでは認められたルールだ。
しかし、都市フィールドではHPが0になった時点で、所持アイテムを始めとして装備や衣服にロックがかかり、追いはぎ等はできないようになっている。
アバターも再生の神殿に転送される事なく、デスペナルティの間は、不可侵オブジェクトとなる。
ヒースは足元の男達の逞しい体つきを見てため息をついた。
AEOでは筋肉パラメータをアバターに反映させるか否かは、プレイヤーが選択できる。
細身だが、腕力があるアバターは居ても、その逆は無い。
従って、彼らもそうとうに腕に自信があったのだろうが、目の前の少女には適わなかったようだ。
リアルでPK行為を行えば、無論、犯罪である。
しかし、ゲームの中ではルールに従ったプレイであり、この辺りの差異が、官憲がゲームの中で取り締まりを行う事を難しくさせている。
若い紀久子などは、リアルでの法律とゲーム内ルールとのバランスを取る事に、別段の苦労は無い。
これが、現場もろくに知らない新人が仮想世界対応係に配属される理由のひとつだが、銀吾郎のような年代では、それも難しいようだ。
なので、ゲーム内における行為の可否については、銀吾郎は紀久子に丸投げしている。
ルールを記載したヘルプもろくに見ないで、思うままに振る舞い、その都度、紀久子に注意されて、あらためているような場面が幾度も繰り返されている。
相当に悪質でない限り、また、同じ行為をかなりの頻度で繰り返さない限り、システムを司る人工知能が介入する事はないから、現在のところ、大きな問題にはなっていないが、まるで、見た目どおりの子供を躾けているような錯覚を覚えるほどだ。
キースのアバターは、このゲームに参加するに当たって、紀久子が丹念にデザインしたものだ。
紫がかった黒い髪や、眼鏡が似合いそうな、学者を思わせる整った顔立ち。
しなやかで均整の取れた長身。
ある意味、自分の理想の男性像になってしまったと気がついたのは、決定ボタンをクリックした後だ。
寮のルームメイトになっている同期から端末を覗かれ
「へぇ、紀久子って、こういうのがタイプなんだ」
と、からかわれた時は、真っ赤になって、ベッドで毛布にくるまってしまった。
一方で、天使とも神秘的な妖精とも形容したくなる美幼女ジルのアバターは、適当にやったら、こんなになったとは銀吾郎の言いぐさだ。
なんでも、百にもおよぶ質問の選択をサイコロの丁半で決め、設定画面では、ディスプレイをろくすっぽ見ないで、漫画を見ながら、片手間にクリックした結果だと言う。
一度、決定されたアバターを再度デザインし直す費用は、それほど高くは無いが、予算の申請が非常に面倒な為、
「強面がきかねぇが、ま、いっか」
で、済まされてしまった。
どのようにしたら、こんなにレアなアバターを作成できるかの情報は、どのユーザも喉から手が出るほど欲しいに違いないが、銀吾郎が覚えているわけもない。
リアルマネーを提示して、売ってくれと頼まれる事もあるが、一応、警察の資産になるので、そういうわけにもいかない。ジルのアバターの資産価値は、警察の上層部も理解できていないようだ。
キースは、足元に転がる男達に心から同情した。
ジルが、使っていた爪楊枝を放り投げて立ち上がる。
廃棄物オブジェクトと認定され、爪楊枝は瞬時に土の一部になる。
アバターで爪楊枝を使う意味は無いのだが、食後には、これをやらないと落ち着かないと言う事で、持ち込んでいるものだ。
AEOでは、一部APIを公開しており、ゲーム内で独自のアイテムを作る以外に、外部で作ったデータからアイテム化して持ち込んだりできる。
爪楊枝類は、ゲーム内で落ちている木の枝を削って作れば良いようなものだが、妙にこだわりがあるのか、これは、銀次郎が持ち込みで作ったアイテムだ。
コンピュータが一般に普及して半世紀以上経過しており、銀吾郎の年代でも、プログラミングに抵抗は無くなっている。
但し、ゲームに影響のあるアイテムは外から持ち込む事ができない。
ジルが今担いでいる戦槌もその一つで、気軽に扱っているが、じつは伝説級のアイテムだ。
容疑者プレイヤーを追いかけて、迷宮の中をうろちょろしている間に、落ちていたのを拾ったとか言っているが、幾重にも張り巡らされたトラップをどうやって潜り抜けたのかは、いまひとつ要領を得ない。
「えーと、走っている時に、うっかり、あそこの像を蹴飛ばしちまって、それから、角を曲がってずーっといったところで、転んだ拍子に指輪みてぇなやつを、これ、拾ったと思ったら消えていて……」
こんな調子だ。
元々、賭け事等で、引きが強いなどと言っていたが、レアなクエストを立て続けに引き当ててとてつもないスキルを獲得したり、ユニークアイテムをひょいひょい拾うなどは、まじめなプレイヤーから見ると言語道断である。
「で、これからの予定はなんだっけかな」
朝の捜査会議での話を全然聞いていなかったのが、ばればれなジルの質問だった。
「……電子データ窃盗犯の対処です」
何回になるかわからないため息をつきながら、キースは言った。
仮想世界対応係には四つの班があって、VR世界の種別毎に担当している。
SF系、リアル歴史系、ファンタジー系、その他だ。
現実との混乱を防ぐ為に、VRで現実世界に類似したステージを提供する事は禁止されている。
例外として、その他に分類されるホラー系には一部、そうしたステージがあるが、強化された年齢制限と、他に比べてフィールドが狭い等、自由度が大幅に制限されているようだ。
また、SF系とファンタジー系では勝手が違う為、主にベテランに配慮して、班を分けて担当を決めており、AEOで捜査を行うのは、今のところ、銀吾郎と紀久子だけである。
膨大とも言えるユーザ人数がいるゲーム世界に数人の捜査官を入れて、何かできるのかは疑問だが、一つには対応していると言う実績づくりとポーズの為と言う見方が大勢を占めている。
配属されるベテランも、問題があって窓際にまわされるような人材ばかりだ。
銀吾郎に若干なげやりな姿勢があるのも、それが要因かもしれない。
しかし、仮にも警視庁の会議室で、
「昨日のクエストで、ドラゴンが……」
とか、
「先日、拘束されていたエルフの解放についてですが……」
などという会話を、まじめな顔でやらなければならないのは、紀久子の年代にしても、たまったものではない。
それでも、現実に影響を及ぼすケースがあるとあっては、動かないわけにはいかない。
「精密機械で有名なA工業から盗まれた試験データが、持込アイテム化されて、ウスター迷宮に隠されているそうです」
「あー、腐ったのやら、幽霊みたいのが出るあそこか」
苦手らしく、気が進まない感じで、ジルは顎を掻いた。
「逮捕された容疑者は無実を訴えていますが、そのアイテムに組み込まれた生体データと突き合せないと、わからないようですね。どうも別の人物の仕業のような気がしますが……」
懐から取り出した水晶板に表示される文字を見ながら、キースが続ける。
「しょうがねぇや、いっちょうやるか」
その日も、美しい幼女と神官のコンビの捕物が始まった。