救援要請
第一部完!(前回書くべきだった)
ここから第二部です
うっそうと茂る森の中、メキメキと音を立てて大木が踏み倒される。
踏み倒された後には石の柱が立っていた。
厳密に言えば、それは足だ。太さも長さも数メートルほど。灰色で石のように硬くてザラザラした足。
そんな足が、地面に五本突き立っていた。
上空には円盤状の胴体があって、足はそこから生えている。
既に動物が逃げ出した森を、悠々と踏み進む。
木を蹴倒し、小川を踏み越え……その行進を止めるものはいない。
しかも怪物は一匹ではない。
少し後ろから一匹、もう一匹……何匹も何匹も、ゾロゾロと続く。
五十匹を超える長い行列の最後尾に、一匹、別の生き物がいた。
長い首を持ち、背に翼を湛えた巨大な生き物。ドラゴンの名に相応しい威圧感を持つそれは、前を歩く魔物を追い立てるように炎の咆哮を上げる。
怪物達が歩く先には町がある。
アルドシティー、人口10万。
アルドブル家が治める都市だ。
**
祐一がこの世界にやってきてから二週間が経った。
祐一は、例の特別製の巨大甲冑とともに、ブレアの下に配属され、王都の端にある基地に異動になった。
第二部隊に所属する巨大甲冑の殆どは、この基地に置いてあると言う。
格納庫が五十、整備隊の数百人を住まわせるための宿舎が五棟。
他にも、やら、オーバーホールの為のクレーンやら。果てには巨大甲冑の燃料を精製するための化学工場めいた施設まである。
そして演習場だ。
祐一は、その演習場でブレアからみっちり訓練を受けることになる……と思っていたのだが。
ブレアは、部下の何人かを連れてどこぞの調査に向かってしまったため、基地にはいない。
鍛えがいがありそうだ、とか言っていたくせに。
代わりに、祐一の訓練は副隊長のオーベルが担当する事になった。
優しい顔をしていると思って油断していたら、ブレアに負けず劣らずスパルタな教え方で、祐一は朝から晩まで体力を搾り取られるような日々が続いている。
ちなみにここ数日は槍の訓練ばかりしている。
ドラゴンを相手に戦う時は長い槍の方が実践的なのだと言う。その主張には一理ある。
じゃあ最初の剣はなんだったんだ、という話だが。オーベルいわく、たしなみ、だそうだ。ふざけているのか。
祐一の巨大甲冑は槍を構えて演習場の端に立つ。
そこには土で作られた壁があり、その表面には八個の的が置かれている。一つ一つの的には、ファラファスラー語の文字が書かれている。
その文字は、一から八までの数字だ。
文字は翻訳装置の対象外だが、訓練に必要という事で、数字だけは覚えさせられた。
祐一は腰ダメに槍を構えると、指示を待つ。
『4!』
離れた所からオーベルが拡声器で叫び、祐一は槍を突き出す。
穂先が風を切り、的の真ん中を貫いた。
『6!』
指示にあわせて、ぐにゃぐにゃした文字を突く。
『3! 8!』
オーベルもペースアップしてくる。
『7! 5! 1!』
祐一は遅れを取らぬよう、正確に的の真ん中を突く。
『2!』
最後の的を、オーベルが言うよりも早く突き、祐一は頭上で槍をブオンブオン回転させてから構えなおして見せた。
とたんに注意が飛んでくる。
『その槍を振り回す動きは辞めるように! 訓練中の死亡事故の三割は、意味のない行動が原因だ』
「……」
最後で締まらなかった。
「……七秒か」
オーベルが呟いているのが聞こえる。となりにいるヒゲ面の男がひょうと口笛を吹いた。
「先週は二十秒は掛かってたのに……」
「標的を変えるタイミングで戸惑わなくなってきた。こうなると機体性能の分、速さが出るな」
「副隊長の記録も七秒、隊長は六秒でしたっけ?」
「あれを隊長が動かせたら、四秒代を見れるかもしれない」
「こいつも、そこまで育てる気ですか?」
「機体性能を最大限引き出さなければ、意味がない。やるしかあるまい」
とかなんとか。
(この訓練、まだやんのかよ……)
祐一はそろそろうんざりし始めていた。
こういうのは、訓練と言うより測定に近い。何度もだろうか? 最高記録が出るまで、やり続けさせる気だろうか。
『よし、的を用意する。もう一度だ』
「……ああ」
それから三度ほど「もう一度」をやらされた後で、ようやく祐一は機体から降りるように言われた。
機体から降りてマントを羽織り、演習場の隅に張られたテントに入る
オーベルが、優雅に紅茶をすすっていた。
「君も飲むかい?」
「ああ」
ノドは渇いていた。
体は殆ど動かしていないのに、汗は出るし、体力は消耗する。巨大甲冑とは不思議な乗り物だ。
祐一は木箱に座った。オーベルはカップを差し出しながら言う。
「君の最高記録は、六秒だ」
「それ、ブレアと同じ速さって事か?」
オーベルは、何で知ってるんだ? と言いたげに祐一をジロジロと見ながらも頷く。
「機体性能込みでの数字だから、単純な比較はできない。が、実戦に立てば隊長と同レベルになる可能性はある」
「控えめだな」
「いや、乗り始めてから二週間で、四年はやっている隊長に追いついた。これは凄い事だよ。これを量産できるなら、エリートパイロットの育成が意味を成さなくなる」
祐一は剣道で比較してみようとしたが、無理だった。
生身の場合、体格差は成長で埋めることができるけれど、巨大甲冑の場合、性能差を埋める方法は乗換えしかない。
祐一に与えられた巨大甲冑は、もはやチートだ。
もしそれを量産できるとするなら……
「量産、できるのか?」
「材料さえあれば、あとパイロットがいれば」
「ああ、無理なんだ」
確かに。できるなら、最初からやっているだろう。
「材料は邪竜を倒して、パイロットは君のように異世界から呼び出して……」
「なんかやだな、そういうの……」
関係ない人間を強制徴収するのはいかがな物か。
祐一も無理やり呼び出されたが、いい気分ではない。
「君が納得しているわけでない事は解っている」
「いや、いいよ。どうせ元の世界に、帰る体はないんだ」
「そうか」
二人は無言で紅茶をすする。
「で? 俺が勝ちまくれば、問題ないんだろ?」
「そこはなんとも言えないね」
オーベルは難しい顔で言う。
「君はそれ以上の成果を期待されているんだ。元老院の中には、邪竜に単機で突撃しても勝てる、なんて思っている人だっているかもしれない」
「むちゃな……」
強いといっても、せいぜい普通の二倍か三倍だ。
「この第二部隊は邪竜《ヘルミータ》相手に五十機で突っ込んで、中破ですんだのが十七機。この二ヶ月でどうにか修理は終わらせたが……まだ足りない。パイロットもだ」
「そこを補充しないと、次に進めないって事か」
「その通りだ。しかも、補充してもしばらくは訓練が続く。君が実戦に出ることになるのは、まだまだ先だろうね」
なかなかシビアな世界だった。
ふと思い出して、祐一は聞いてみる。
「そういえば、この前《ヘルミータ》のスケッチを見たんだけどさ、この世界のドラゴンってドラゴンの形をしていないんだな」
オーベルは当然のように頷く。
「そりゃそうだ。ドラゴンがこういう形をしていなければならないと言う決まりはないよ」
「それは、そうだけど。ドラゴンって呼び名を使う必要はないだろ」
祐一が指摘すると、急にオーベルは少し後ろめたそうな顔をする。
「なんていうか、事情があるんだよ。いろいろと複雑な」
「事情?」
「これは、王立機甲師団そのものに関わる話なんだけどね」
「ああ」
祐一は少しドキドキしながら続きを促す。
「元々、王立機甲師団は羽トカゲの群れを撃退するために結成されたんだ。けれど……すぐに他の魔物とも戦うようになった」
「……」
「暴れている魔物がドラゴンの形をしていないからって、放置しておいていいわけないだろう?」
「そりゃそうだ」
理念としては立派だと思う。何一つ間違っていない。
しかし、それと呼び名とが、どう関係があるのか。
「そういうわけで、今では機甲師団が相手をしている物は全部ドラゴンと呼ぶ事になっているよ。そうじゃないと問題が発生する」
「問題?」
オーベルは深刻な顔で頷く。
「実は、機甲師団の憲章に矛盾してしまうんだよ!」
「うわっ、すげぇどうでもいい!」
「でも困るんだ。大人の事情で」
「いや。憲章の方を書き換えればいいと思うんだけど、ダメなのか?」
「僕もそう思うよ。だけど、それを言い出すとなぜかいろいろな人が邪魔をするんだ」
「うわぁ……」
もはやファンタジーの欠片もなかった。
自衛隊じゃあるまいし!
「だから仕方ないのさ」
「こっちの世界もいろいろ苦労しているんだなぁ」
「ちなみに、最強の邪竜と言われる《アブストラード》は羽トカゲの姿をしているらしいし、それがドラゴンの真の姿として広まっているけれどね。そいつだって変身能力を備えているらしいから。どっちにしても、あまり外見はアテにならないんだよ」
「うーん……」
どうにも納得がいかなかったが、そういう物だと言うなら仕方ない。
誰かが走ってきて、テントの幕を乱暴に開ける。
さっきのヒゲ面の男だった。やたら慌てた表情をしている。
「副隊長! 緊急事態だ!」
「何があった?」
「アルドシティーが、ドラゴンの襲撃を受けて壊滅した!」
オーベルは眉根を寄せた。
「ドラゴンの種類は?」
「デペンドルクルス種らしいが、向こうも混乱していてよく解らん」
「一番固い奴だな。数は?」
「それは聞いてない。だが、報告で全滅と言っている以上……」
「そうか」
オーベルは何事か考えていたが、首をかしげる。
「確かアルドシティーには三十の巨大甲冑がいたはずだ……。余程下手を打たない限り、三倍の数に襲われても対応できるはずだったな?」
それが全滅したという事は、相手は百、あるいはそれ以上という事になる。
「ありえねぇだろ? ……デペンドルクルスなんて十体が集まる事ですら滅多にないのに」
「だが、連絡が嘘と言うわけではないだろう。何かがあったのは間違いない。無視するわけにはいかない」
「どうする?」
「隊長に連絡して指示を請え。連絡がつかなかった場合は、自分が独断で出動する」
「了解だ」
ひげ面の男はどこかに走っていく。
オーベルは祐一の方を見る。
「さてと、それを飲み終わったら、君の甲冑は格納庫に戻しておいてくれ。これから忙しくなりそうだ」
「この部隊の担当なのか?」
「遊撃隊だからね。ある意味では王国全土が担当地区だ。手が足りない所を手伝いに行くのはいつもの事さ」
そしてため息。
「実戦はまだ先だと言ったばかりだが、あの言葉は取り消しかもしれない」
「って事は、俺も行くのか?」
「ここにいない隊長を除けば、君が一番強いかも知れない、使わないわけには行かないだろう」
確かにその通りだ。
自分の活躍次第で、人の命が助かったり助からなかったりするなら、全力を投じるしかないと、祐一は決意した。
さらにオーベルは言う。
「ある意味、実戦訓練のいい機会でもある。死ぬなよ」
やっぱりスパルタだった。