異世界
祐一はどこかの部屋に通された。
石造りの建物の三階で、南側に大きな窓がある部屋だった。
窓の外には地平線の端まで続くような広大な森が広がっている。
ちなみに、窓ガラスの類は見当たらない。雨が降ったり風が吹いたりしたら鎧戸を閉めるのだろう。
既に服は、白い布で作られた物に着替えていた。
裸の上に紫ローブ一枚であちこち歩き回るのも問題がだろうからと、他の物事を差し置いて優先されたのだ。
服は麻布か何かで作られているのか、清潔だったが、なんとなくゴワゴワしていた。
「どう考えても、ここ日本じゃないよな……いったいどうなってるんだ?」
というか、今は何時なのだろう?
バスが事故に有った時は夕刻だったのに、いつの間にか午前中になっている。
長時間、意識を失っていたのか。日本とは時差がある場所なのか。
祐一は考えながら、先ほどの少女(フィリアとか名乗っていた)が来るのを待った。
他の誰かにこられても、言葉が通じないので困るのだ。
ぼんやりと窓の外の景色を眺めていると、巨大な銀色の塊が窓の前を通り過ぎた。
「んん?」
ここは三階だ。地面からは七、八メートルあるはずだが。
慌てて窓から顔を出す。
いた。
見失いようがないほどはっきりとした大きさ。
身長十メートルほどの巨人だ。
「バカな……何かの間違いじゃ……」
目を疑いたくなるがしかし、現実問題として、それはそこにいる。
風船かハリボテかとも思ったが、ズシズシと響く鈍い足音は、十トン近い重さがある事を物語っている。
巨人? それともロボット?
「いやいや、ガ×ダムじゃあるまいし」
ちなみに、デザインは西洋の甲冑っぽく見えたので、しいて言うならザ×の方が近いが。
どちらにしても、ありえない。
現代日本ですら、最先端技術を駆使して人間と同じ大きさの物をノロノロ歩かせるのがやっとなのに、あんな大きな物を野外で歩かせるなんて。
だが、この国は、日本より技術が進んでいると言う風には、とても見えない。
例えば、室内を見渡せば、火の灯っていないオイルランプが壁に吊るされている。電化されてない証拠だ。
「じゃあ、あれなんだ? 本当に巨人か?」
わけが解らなかった。
「Ad-Nakikutokuuyr-Ahera」
後ろから突然、異世界語で話しかけられた。
祐一が振り返ると、紫ローブを着た老人が立っていた。
「え? 何? フィリアはいないの?」
祐一が困惑するにも関わらず、老人は首飾りのような物を差し出してくる。
「これ、首から提げればいいのか?」
質問が伝わっているか微妙だったが、老人が頷いたので、とりあえず首に提げてみた。
「……?」
老人が言う。
「私の言葉がわかるかね?」
「え? ああ……あれ? 日本語?」
「いや。私は自分の言葉で喋っているだけだ。その首飾りが、翻訳しているのだよ」
「へぇ……」
もしかすると、フィリアも言葉を知っていたわけではなく、同じような技術で翻訳していたのだろうか。
改めてみると、この首飾りは、犬の言葉を翻訳する機械に似ているように見えた。
ただの偶然だと思いたい。
「とりあえず、あんた名前は?」
「アロド・エルディヌ。ちなみにフィリアは私の孫だ」
「へぇ……俺は時田祐一だ」
「トキタ・ユウイチ……。ユウイチ殿、これからよろしく頼むぞ」
あんまりよろしくされたくなかった。
祐一としては、一刻も早く日本に帰りたいのだ。
「それはそれとして、ここはどこだ?」
「神聖ファラファスラー王国。この建物はラーギー神殿だ」
「聞いた事ないな。日本から見て、どの辺りだ?」
祐一が聞くと、アロドは難しい顔で答える。
「ニホンという地名は聞いた事がないな。君の故郷の事なら……次元の壁の向こうだから、方角とかはない」
「次元の壁てなんだ!」
「名前で解らんかね? つまり、我々がいる世界と君の故郷は、別の時空間にあって……」
アロドは急にややこしい事を言い始める。聞きたくもなかったので祐一はそれをやめさせた。
「それはなんとなく解るよ。アニメとかで似たような設定聞いた事あるし!」
「ふむ?」
「理屈とかはなんでもいい。ここに来れたなら帰れるんだろ? 早く帰らせてくれ!」
祐一がそう言うと、アロドは悲しそうな顔でため息をついた。
「……すまんが、それは無理だ。君はもう死んでいる」
「死んで……え? どゆ事?」
祐一は自分の体を見下ろす。
足はある。透き通ってもいない。立って動けているし、心臓もちゃんと動いている。
アロドは祐一の体を上から下まで眺めた後に言う。
「今のその体はどうかね? ドラゴンの肝臓から練成したのだ」
「は? ドラゴン?」
「記憶にある体と違う所はないかね? あったとしても、今から修正するのは難しいのでガマンして欲しいのだが」
まるで、別の肉体に記憶だけ植えつけたみたいな事を言う。
「え? これ俺の体、だろ?」
「いいや。君の本来の体は、破壊されてしまったのだ。残った魂を我々がこの神殿に呼び寄せ、君の魂に刻まれていた情報を元に再構成した。人としての生理機能はもちろん、外見に関してもほぼ完璧に再現出来ているはずだ」
「それはなんかの例え話?」
「いや、事実だ。体が破壊され、心臓が止まり、魂が脳から離れた」
「それ死んだって事だよな?」
「そうとも言う」
「俺、魂とか生まれ変わりとか信じてないんだけど」
「……何を疑おうが、どんな言葉で表そうが自由だが、状況は変わらんよ?」
確かにその通りかもしれない。
バスの事故の時点で、祐一は死んでいたのだから。
そしてふと気づく。
「なあ、俺の魂が体から離れた時に、微妙に記憶があるんだけど」
「ふむ?」
「その時に、知り合いも一緒にいたんだ」
「魂の状態でかね?」
「事故にあう直前まで、バスの中では隣に座ってた。あいつは、どうなったんだ?」
なんとなく答えは予想できていた。嬉しくもなんともない答えが。
アロドは、言いづらそうに口を開く。
「それは。死んでしまったと考えるしかあるまい」
「そんな……」
「悲しい事ではあるが、我々の力ではどうしようにもならん」
「あいつも、俺みたいに生き返らせるってわけには行かないのか?」
祐一の希望。
アロドは首を振る。
「……いくつかの意味で難しい。我々は、最初から君の魂を狙っていたわけではない。ただ、条件を満たしていて、掴みやすい所にあった魂を引き寄せたら、それが君だったと言うだけなのだ」
「つまり、佐原を探す方法がないって言うのか?」
「残念だが」
「そんな……」
愕然とする祐一に向かって、アロドは言う。
「もっとポジティブに考えようじゃないか。運悪く事故で死んでしまったが、異世界で第二の人生を歩めると」
「……」
佐原の件がなければ、そういう開き直り方も出来たかもしれなかった。
だが、無理だ。
「混乱するのも当然であろう」
アロドは優しい声で言う。
「今日一日は、体をならす意味も込めて、ゆっくりしてくれ。何か欲しい物がある時は、そこの紐を引いてくれ」
そう言って、アロドは部屋から出て行った。
祐一は、ベッド、というよりは、木の板の上に厚めの布をかぶせた台、の上に身を投げ出すように寝転がって、目を閉じた。
目が覚めると、部屋の中は真っ暗だった。窓の向こうに、チラチラと星が輝いているのが見える。
「……夜か」
祐一が呟いた時、部屋の中に気配を感じた。誰かがいる。
「誰だ?」
言葉での返事はなかった。
何かをカチカチと叩くような音。たぶん火打石か何か。
ランプの火が灯される。
「おはようございます。……夜ですけど」
「……?」
金髪の髪に青い花飾りをつけた少女がベッドの横に立っていた。
フィリアだ。
祐一は眠い目を擦りながら起き上がる。
「……何しに来た?」
「寝込みを襲いに?」
「何で疑問系なんだよ……」
フィリアは曖昧な笑みを浮かべる。
「落ち込んでいるのでしたら、気分転換をしてみませんか?」
「……気分転換?」
「あなたの竜骨機関を見に行くのです」
「りゅうこつきかん?」
聞いた事のない単語だった。
戸惑う祐一を導くように、フィリアは手を差し出してくる。
「格納庫にご案内しましょう」
次回、ようやくメインヒロインが登場(※巨大甲冑の事です)