アッテアキキ、イミク、ウオテデモ!(蘇生)
気がついた時、祐一は灰色の空間を漂っていた。
上も下も無い。入り口も出口もない。光も影もない。動いているのか止まっているのかも解らない。
ただ、灰色なだけの空間。
(何が、どうなってるんだ?)
わけが解らない。
覚えている限りでは、バスに乗っていて、何か大きな衝撃があって……それで……
(あれは、交通事故? その後、どうなったんだっけ?)
記憶が途切れている。無事だとしてもそうでないとしても、続きがあっていいはずだ。
それがないという事は……
(……まさか、俺は、死んだのか?)
祐一は慌てて辺りを見回すが、何の手がかりもない。
変わりに別の物を見つけた。
自分の近くに誰かがいた。空中に浮いている。
少女だ。一糸まとわぬ姿で|(というか、祐一自身の服も消えていた)赤子のように体を丸め、目を閉じている。
顔に見覚えがあった。
佐原だ。
「おい、佐原! 佐原だよな?」
声を掛けると少女|(やっぱり佐原だった)は目を開ける。
「ここ、どこ……? なんで時田君、服を……! きゃ?」
佐原は自分も服を着ていない事に気づいたのか、自分の体を抱きしめ、祐一から視線を逸らす。
祐一も急に恥ずかしくなってきて、股間を隠した。
二人はしばらく黙り込んでいたが、埒が明かないと思ったか、佐原が口を開く。
「えっと、ここ、なんなの?」
「……」
解っていないのは祐一も同じだった。
だが、佐原の前でパニックに陥るような愚は避けたかった。
認めたくない事実を一つ、受け入れる。
「俺にも解らん。ただ……」
「ただ?」
「……交通事故にあったのは、覚えているよな?」
祐一の言葉に、佐原はこくりと頷き、それから顔を青ざめさせる。
「時田君……あの後、どうなったのか知ってる?」
「いや、」
「私は、ちょっとだけ覚えてる」
佐原は恐る恐るといった様子で言葉をつむぐ。
「何かがぶつかって投げ出された時、時田君に庇われて、床に倒れて、それで……天井が落ちてきたの」
「天井? バスの天井がか?」
「うん……何かに押しつぶされるみたいに。それで……」
「俺達も押しつぶされた?」
「……たぶん」
二人は黙ったままお互いを見つめあう。
「まさか、私達、死んじゃったの?」
「……そうかも知れない」
そしてここは、死後の世界なのではないか。
そんな恐怖が二人を支配したのは、つかの間の事だった。
何の前触れもなく、佐原が離れていく。
「え? 何? ……あれ?」
後ろからなにかに引っ張られていくように。
「佐原? どうした? どこに行くんだ?」
「解らない、何かに引っ張られて、……嘘、助けて!」
体を隠していた手を広げ、ばたばたさせているが、何にもならない。ここは謎空間であって、水の中ではないのだ。
「どうしよう、これどこに行くの?」
「なんでもいい、俺に掴まれ!」
祐一は手を伸ばす。佐原もそれにあわせて手を伸ばしてくるが……
しかし、今度は祐一が後ろから何かに引っ張られた。
わけが解らないまま、二人は引き離されていく。
「時田君、時田君!」
「佐原ぁーっ!」
**
「うう……佐原……」
祐一はうめきながら目を開けた。
最初に視界に入ったのは、石造りの黒ずんだ壁と、極彩色のステンドグラスだった。
(また変な所に……?)
湿った土のにおいが鼻につく。
背中が冷たい。
どうやら、石の台のような所に寝かされているらしい(そして祐一は、相変わらず服を着せられていないようだ)
その台を取り囲むように立つ、六人の人影。皆、紫色のローブを着ている。
「なんだここ……」
十メートル四方あるかないかの室内。ランプの炎が揺れている。
全身に酷い違和感があったが、なんとか起き上がった。
周囲にいる紫ローブの男達がどよめきを上げる。
「おい、ここはどこだ?」
ごく当たり前の質問をしたつもりが、返ってきた答えはめちゃくちゃだった。
「Aduokieseiad-Ozattay!」
「Aduokies-Nakuoys!」
「Usamisaysnak-Oyimak!」
「……え?」
何語なのか見当もつかない。
大声で何か言っている紫ローブの男達。
言葉の意味は解らないが、何かを喜び合っているように見えた。
「おい、おまえら!」
祐一は床に降り立ち、近くにいた男の前に立つ。年かさの老人だった。
「Atteakiki-Imik-Uotedemo」
男はぱんぱんと肩を叩いてくる。喜びを分かち合って欲しいのだろうか? 祐一には何が嬉しいのか解らない。その手を撥ね退ける。
「ふざけてんのか! ここはどこだ? 俺はどうなってる? 佐原はどうした?」
「Anureraba-Eamatikutito!」
「おまえらそれ何語だよ、日本語で喋れ!」
「Aduoyurietis-Narukas」
「Uagit、Aduoy-Ianietizuut-Adotok」
「Eruketisukaynoh-Airif!」
パンパンと、横合いから手を叩く音が聞こえて祐一はそっちを見た。
そこにいたのは祐一と同年齢ぐらいの少女だった。
今まで全く気づかなかった。老人達ばかりが集まるのに、うまく溶け込んでいる。
他の男達と同じく、紫色のローブを着ているせいもあるが、やけに落ち着いた雰囲気をまとっていた。
それでいて、少女らしさが完全にないというわけではない。
金色の髪に、青いバラの花飾りをつけている。
少し染まった頬に笑みを浮かべているが、どこか緊張しているようにも見えた。
「なんだよ、おまえ……」
毒気を抜かれた祐一が問うと、少女は答える。
「Ettam……Can you speak this?」
「え? 何? それ英語?」
相変わらず言葉が通じない。
少し、どこかで聴いた感じになったような気もするけれど、まだダメだ。祐一は、英語の成績がすこぶる悪いのだ。
少女は何か考え込んでいたが、こほんと咳払い一つ。
「Aniisako……これならどうでしょう?」
「あ、日本語だ」
「良かった、会話できるみたいですね」
少女はほっとしたようにため息をつく。
祐一はむしろヒートアップする。
「ここはどこだ? おまえは誰だ? 俺は何でこんな所にいる?」
「ちょっ、ちょっと待ってください」
「待てるか!」
「質問には全部答えるから、まず落ち着いてください。とにかくこれを着てください」
少女は紫色のローブを差し出してくる。
「なんだそれ? おまえらの仲間になれって言うのか?」
「そういう事ではなく……」
「じゃあなんだよ」
「好きな色があるなら後で用意させますから。今はこれを着てください。その……」
視線を中途半端に上に向けて、少女は頬を染めた。
「私も一応女なので、すごくやりにくいんです」
「……」
祐一は自分の体を見下ろした。
当然、一糸まとわぬ姿だった。
「……」
すごく恥ずかしい。
暇な人は、彼らの謎言語を解読してみましょう。
(頭の体操レベル2、ぐらいの難易度)