第三話 「繋がらない『何か』」
「え〜、言うまでもないとは思います。それにこの中に実行犯、何人かいるのはわかってますから。」
翌日、学校では二年生だけを体育館に集めて集会が開かれていた。
前に立っている女性は俺たちの担任の光子先生だ。俺は今、先生のいっている言葉の意味が分からない。しかし、周りを見れば何故か苦しそうな顔をしてるやつらがチラホラ。
「翼、最近俺たち何か悪さしたっけ?」
「さあな。お前があれこれ工作して教頭ヅラ疑惑を疑惑じゃなくしたことと、凛がお前の背中に乗ろうと誤って校長の背中に乗っかってしまったことくらいじゃないか?」
いやいや、俺が教頭のヅラ疑惑を証明するのは学園全体のためだ。別に怒られることじゃないだろう?凛のことにしたって、あいつもすごい謝ってたんだから、あの心の広い校長のことだ、許してくれてると思う。したがって、俺の結論としては……
「それは関係ないんじゃないか?」
「真顔で言ってのけるあたり、お前も中々すごい神経をしてるじゃないか。」
そんな雑談をしていると、前に樹先生が出てきた。
本名は伊藤 樹、パッとみでは高校生とあまり変わらない様に見える先生だ。しかしその頭脳は完璧で、全教科の教員免許を持っている特別教師だ。なぜこの蒼月に赴任したかは知らないが。
「みなさんがカンニングをしたことはもう分かっています。が、しかし、この先生がそそのかしたことが最近わかりました。ですから、この樹先生が一週間の謹慎処分でみなさんのカンニングの件はなかったことにします。」
どよどよっ、とざわめきが広がった。なるほど、こいつらカンニングなんかしてたのか。でも教師がそれをそそのかしたってどういうことだよ……
「いや、でもさ〜、もともとテストってさ、いかにばれないように工作をしてカンニングできるかを見るものじゃなかったっけ?」
樹先生が苦笑交じりで話し始めた。
「樹先生!テストは学力を測るのが目的です!」
「いや、でもね、光子先生、俺たち大人は子供たちを紙の上の点数で測るのはどうかと思いますよ。もっとこう、人間としてどうかって事を見ていかないとね?」
なんか立派なこと言ってるけど、そのこととカンニングをそそのかしたことって関係ないだろ。
「まったく、最近の世の中はどうかしてるな。一年生のやつらに言ったら馬鹿にされるし、三年生のやつらに言ったら荒神 浩介ってやつに殴られるし……」
荒神先輩、誰だか知らないけどご苦労様。
「樹先生はもう黙ってください!とにかく!今回の件は樹先生の謹慎処分で水に流します。その代わり、皆さんにはもう一度テストを受けてもらいます!」
えぇ〜!!、というブーイングがあがる。元々原因はお前らだろうが。
「なお、今度のテストでまたカンニングが発覚した場合、カンニングしたものはペナルティとして一年生からやり直してもらいます!反対意見は聞きません、以上!」
そういって光子先生は怒りながら体育館から出て行った。樹先生はトレードマークのタバコを吸いながら面倒くさそうに職員室へと向かっていった。
残された生徒の大半は、生きる望みを絶たれたような感じになっていた。
「もともとカンニングなんて馬鹿な真似をするのが悪いんだよ。まあ、確かに凛が80点代オンパレードだったのは気になってたけどな。」
「どうせわかんないよ、全教科100点の人には……」
凛は体育館での集会の後、子供みたいに泣きじゃくっていた。
このクラスでは男子で俺と翼、あと御柳ってやつの3人、女子では伏見って子と春日って子の2人、合計この5人以外は全員カンニングしてやがった。気にはなってたよ、なんだか今回やけに平均点が高かったから。
「まあ、お情けでテストは冬休み中って言ってんだし、勉強時間が増えたと思って頑張れよ。」
翼が凛を勇気付ける。その様子を見ていると、泣いてる妹を兄が慰めてる、見たいな感じだな。
「ねえねえ、キョーヤ。」
「なんだ?」
「今日ね、勉強教えてくれない?キョーヤの家に行くからさ。」
「おお、それいいかもな、鏡也。ここ最近俺も鏡也の家にいってないからな。俺も行くぜ。」
おいおい、勝手に決めるなよ。そう言おうとしたが、もはや2人とも聞くつもりはないだろう。
キーン、コーン、カーン、コーン♪
「あ、昼休み終わりだ。それじゃあ、また放課後ね!」
そう言って凛は自分のクラスに帰っていった。翼と俺は同じクラスだが、凛だけはクラスが別だしかし、昼休み明けの授業は樹先生の授業だったんだが、それがないとなると退屈だな……
「サボるか……」
この学園のすごいところは、それなりの結果を出していれば、別に堂々と授業をサボってもお咎め無しなのだ。最近では結果を出せてないやつがサボってお咎め無しだけどな。自由を第一に考えた校風らしいが、自由も行き過ぎたら明らかにアウトだろ。
「なんだ鏡也、サボるのか?じゃあ、俺も行くぜ。」
ちなみに翼は今回のテストでカンニングをせずに五位だった。ちなみにひとつの学年に400人いる学年で、だ。普段は三位を取れるほどの頭なので、こいつもあんまり授業を受ける必要はない。ある意味サボりの常連組である俺たちは、いつも通り屋上へと足を進めていった。
「鏡也、ほれ。」
屋上へあがると、どこから取り出したのか、翼が焼きそばパンを投げてきた。
「俺の昼飯。分けてやるよ。」
投げ渡された焼きそばパンの袋を開いた。ここの購買部のパンは、どれも期待していいおいしさだ。蒼月の自慢の一つ。
「……鏡也。俺が今から言うことは友達同士のくだらない冷やかしじゃあない。くだらない詮索でもない、真面目な話だ。」
「どうした?薮から棒に。」
翼は一緒に買ってあったカフェオレを飲んで軽く間を置いた。しばらくの沈黙の後、真剣な面持ちで口を開いた。
「……ずっと前から気になってたんだけど……な。お前、なんで凛とくっつかないんだ?」
……は?
「真面目な話って言うから何かと思ったら……別に理由なんてないさ。俺たちはただの幼馴染。それ以上でも以下でもないさ。」
「俺の目は節穴じゃないぞ。お前も凛のことが好きだし、凛もお前のことが好きだ。そして、お前もそのことに気付いてる。」
……IQという数字の上では俺は翼より上だ。でも、俺は常に俺より翼のほうが天才ではないか、と思う。こいつの観察力、洞察力はハンパない。隠し事なんて全然通じはしないんだ。
「……まあ、なんていうかさ。ロリコンと思われるのは俺、嫌だからな。どう見たって同じ年齢には見えないだろ?」
と、俺はとりあえず嘘をついてみる。でも、最初から通じないことはわかってた。
「鏡也、俺は真剣なんだ。そんなくだらない話を聞きたいわけじゃない。」
まあ、予想通りの反応だ。昔からそうだ、こいつは観察力とかが並じゃない。
「……お前は俺の幼馴染だし、親友だと思ってる。だけど、その異常なまでの観察威力と洞察力だけは嫌いだな。」
「悪いな、観察力も洞察力もキャッチャーには必要な要素でな。」
口元に軽い笑みを浮かべると、翼は屋上の床へと腰を下ろす。俺もそれにあわせて顔で笑みを作った。でも、やるべきじゃなかったな。心のそこを見抜かれた俺はうまく笑えなかったみたいだ。
「んじゃ、本当のことをいうよ。……昔の火事のことは知ってるだろ?その時、俺は凛の家族は奪ったんだよ……そんな俺が、凛を求めるわけにはいかない……」
と、俺の理由を言った……つもりだった。いや、本当はわかってた、これも完璧な理由じゃないってことは。
「鏡也、それは本当の理由じゃないな。正確に言や、それは本当の理由の一部……違うか?」
誰にも明かしたことのない胸の内を、翼は完璧に言ってのける。
ははっ、お前すごすぎるよ。それだけできれば昔の時代なら一軍の長、いや、一国の長になれたかもな。
「怖いんだろう?本当は。」
「おい、翼。お前、一体なに言って……」
俺がそう言おうとしたが、翼は強引に俺の言葉をさえぎった。
「素直になれよ。わかってんだよ、お前が怖がってるのを。お前、天才だけどやっぱり馬鹿だ……本当は、傷つきたくないんだろ?もしいつか凛に拒否されたら、また凛を傷つけたら……そんなことを考えてたんだろ?そうなったらお前は自殺に走るかもしれないからな。でも、おそらく起きないであろう未来に怯えて、もう一歩を踏み込むことができないなんて、情けないじゃないか。」
翼は苦笑交じりで語って見せた。そうだ。その通りだった。本当は、ずっと前から気付いてた。俺は、ただ逃げてただけだって。あいつや、俺自身を傷つけないように。
「……本当に、俺はお前にだけは隠し事ができないな。でも、翼。このことに関してだけは、何も言わないでくれるか?」
言われて意識した。でも、実際はずっとわかってたんだと思う。だから無意識に妥協をしていたんだ。愛情なんか求めない、これ以上深い関係にはならない。そういう妥協の上で、俺たちは幼馴染のままでいるんだと思う。
愛情とは諸刃の刃だ。非常に強く大きな感情である反面、とても脆く崩れやすくもある感情。
でも友情なら、そう簡単には崩れない。深い関係にはなれない、けどその関係は長く続く。好きな相手との友情なんてものは、結局は愛情の妥協作品でしかありやしないんだから。
「鏡也……お前が俺の観察力とかを嫌うように、俺もお前の天才のくせして馬鹿なところは大嫌いだぜ。」
それだけ言い残すと、翼は屋上から出て行った。天才だけど馬鹿……か。お前の言うとおりだ、翼。でも、俺は間違ってるとは思わない。
別に俺はそれでいい。凛と一緒にいられるなら、それがどんな形だろうと構わない。どうせ俺と凛はどうあっても結ばれやしない。予感でもなんでもない、俺にはそれがわかるんだよ。
本当はわかりたくなかった……知らずに生きていたかった……
「……………あれ?」
ふと気付けば、俺の目からはたくさんの雫が頬をつたって床へと落ちていっていた。ぬぐってもぬぐっても、その雫は止まることはなかった。
目をよくこらしてみた。涙で滲んでよく見えなかったけど、俺の小指からはしっかりと赤い糸がどこかへと伸びているのが見えた。
続く