第二話 「源」
俺の意識は、ハッキリしていなかった。ただわかったことは、紅く染まった視界と、全身が水を欲するような感覚だった。
「火事だ!あそこの住宅から火が出てる!」
この大声が聞こえた時、俺の頭はようやく完全に覚醒した。
俺たちが小学生になってから数年たった冬のある日、凛の祖父の家に家族で泊まりに行ったときのことだった。木造建築の、ちょっと古めの家だった。
泊まりに行った当日、俺は非常に疲れていた。こんな真冬だというのに、凛の無茶に付き合って汗だくになるまで走らされたのだ。
「うぅ〜、しんど〜。」
と、呟きながら、家に入ると汗を拭いたタオルを近くに置いた。冬に汗が出るほど走ると、すぐに体が冷えてしまう。そんな体を温めてくれるほど、室内のストーブは暖かかった。
しんどかったせいで冷静な思考がストップしていたんだろう。俺はタオルを置く位置をしっかりと確認していなかった。
ストーブの上に置かれたタオルは、少しずつ紅い光を放っていった。
「火事だ!消防署には連絡行ったのか!?」
外から必死の大声が聞こえる。しっかりと目覚めた俺の思考は、今の状況の絶望をしっかりと理解していた。
まず、第一に出口が無い。扉をあけようとしてみた、窓も開けようとしてみた。しかし、どちらも全然あいてくれない。
そして第二に、日の出はこの部屋だということ。もう真っ赤な炎が俺を飲み込もうと徐々に近づいてくる。
「うわぁぁ!誰か、誰か!!」
俺はこのとき、初めて心から泣き叫んだ。死が迫ってくるという絶望、何もできないという無力感、その二つが俺の心をさらに絶望へと落とし込む。無理だ、もうどうしようもない、と諦めたときだった。
「浩二!奈那子!晴海!鏡也!」
家の中から大声が聞こえてきた。おじさんの声だ。凛のお父さんが助けに来てくれたのだ。
「おじさん!助けて!僕ここにいるよ!」
俺がそう叫ぶと、扉の向こうで何かをどけているような音が聞こえた。どうやら家のどこかの部分の木材が折れて扉を塞いでいたのだと思う。
「大丈夫か、鏡也君!」
おじさんは消防士なので、こういった中でもすばやく行動ができる。そのおじさんが助けに来てくれたことで、俺は大いに安堵した。
「出口まで一緒についていこう!離れないようにしてくれ!」
「うん。」
疲れ果てたように力なく俺は頷く。そして、この家の広さを改めて体感しながらも、俺は外の空気を再び吸うことができた。
「鏡也君、君のお父さんとお母さんはどこにいるかしらないかい?」
「違う部屋にいたから……ごめんなさい。」
「いや、謝らなくてもいいよ。」
それだけ言い残して、おじさんは再び火の舞う家の中へと入っていった。俺の記憶に残る、おじさんの最後の後姿は、今後いつまでも俺の心に刻み込まれた――――――――――――――
『昨夜、○○県の××市にて、火事が起こりました。報告によりますと、4つの焼死体が発見されたことから、死亡者は4名。原因は現在警察が模索中です。』
冷静沈着なアナウンサーの声が、また一つ俺の心に傷を刻む。
あの後消防署が駆けつけて、火はどうにか消えた。しかしその炎は、一緒に4つの命も道連れにしていった。信じられなかった。いつも見てるテレビだったら、こういう場面でヒーローが現れて奇跡的にみんなを助けてくれるはずじゃないか。そんなくだらないことを思ってたよ。
『新しい情報が入りました。この火事の原因は、どうやら不注意で置かれたストーブの上のタオルから引火した模様です。』
言葉のナイフが、現実という名のナイフが俺の心を切り刻んでいく。頭が良いせいで、事態の重要性は理解できた。その代わり、幼いせいで俺の心は崩れかけていた。
……奪ったんだ、俺が。4つの尊い命を。
……奪ったんだ、俺が。凛の大事な両親を。
「う、う、うう……」
「うわああああぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
「キョーヤ君なんか……キョーヤ君なんか……死んじゃえばいいんだ!」
事件の後、凛に今回の事件の原因を告げた後の第一声がそれだった。この言葉が俺の心には一番響いたさ。この頃から、俺は凛のことが好きだった。
ああ、悪いがドラマみたいな素晴らしい何かがあったわけじゃないぜ。ただずっと一緒にいて、それが当たり前になってきた。気付けば、ずっとそのままでいられたら……って思うようになってただけだ。
そんな相手に、死ねって言われたんだぜ?流石に辛かったよ。翌日は凛にすごい謝られたよ。「酷いこと言ってごめん。」てな。謝るのは俺の方なのによ……
「この写真を取った頃は、本当によかったな……」
手にとった写真たての中の写真を見れば、俺と凛だけじゃなく、お互いの両親も映っていた。
俺は、凛の両親を奪ったから―――――
―――――俺は凛を求めちゃいけないんだ
これが、凛との関係をもう一歩踏み込むことができない理由。ずうずうしいだろ?人の大事なもんを奪っておいて、俺が何か大事なものを求めるなんて。
俺は凛が好きだ。好きだからこそ、あいつを求めちゃいけないんだ。
「ちょっと昔のことを思い出しすぎたな。」
あの事件を思い出すたびに、俺は胸を痛める。何が天才だ、その天才の馬鹿な行動のせいで、俺は人を傷つけた。人を殺したんだ。だから俺は、人の心を傷つけるようなことは絶対しないと心に誓った。
「どうせやることもないんだ。飯食って風呂はいってさっさと寝るか。」
それから1時間の間に、俺は飯、風呂等を済ませて布団へともぐった。まだ8時だった。今時、こんな時間に寝てんのは幼稚園児くらいだっつーの。まったく。
続く