ハジメマシテ ダイキライ です
だれか、俺の話を聞いてくれないだろうか。
いやいや、無理しなくてもイヤってんなら別にいい。
俺はアンタを惹きつけるような話し上手でもなんでもないからね。
立ち止まってくれてもそれは無駄な時間かもしれないんだ。
笑っちゃうよな。くだらない話なんだ。
たった、そう。
たった三分間だけの、話だ。
「 」
そして、彼女は笑って手を差し出した。
それはどこからどうみても可愛い女の子。俺の好みというわけでもないけど。そう、普通の少女だ。
きっと誰からでも好かれるのであろう、可愛い女の子。
その笑顔からは拒絶など知らないのだろうか、俺を信じて疑わないような、そんな笑顔。
あぁ、君と俺は初対面だろうね。
だって俺は君みたいな可愛い子は初めて見たんだ。うん、そうに決まってるよ。
その間、僅か三秒。
「あぁ、そう。うん。ハジメマシテ。」
手を握ることもせずに、俺は言葉だけを発した。両手は後ろに回した。
君の手なんて握ってあげないよって。
君は少しだけ不思議そうな顔をして手を引っ込める。そりゃぁそうだ。握ってもらえないのに手なんて出しても意味ないさ。
俺は愛想笑いを浮かべる。
現在、十秒。
「君って、変わった子だね。」
次に口から飛び出したのはそれだ。
あぁ、俺のほうが結構変わってる。
君はその顔を少しだけ歪めた。人差し指を唇にあてて、なにかを考えているようだった。
考えるのは俺の方かもしれないけど。
まだまだ、たった十五秒。
「そうかな?普通だと思うけどな。」
君は指を離すと、また笑顔でそう言った。
いやいや、結構かなり変わってる、かもしれない。
不思議な子。そう、不思議な子。
いきなり初対面の人に『変わってる』なんて言われたら、少しは気を悪くしそうなもんだけどな。
そんな様子、まるでない。
これで、やっと三十秒。
「俺は、君みたいな子は初めてだよ。うん、すごく変わってる。君、将来すごい変人になるかもね。」
君はそれでも笑った。
さもおかしそうに笑って、俺の事を見た。
なんだ?なにか、おかしいことでも言ったかな。俺は。
俺はいつでも真面目なのに。
まだ終わらない、四十秒。
「それはそれで、おもしろそうだね。私が変人になったら、どんな風になるんだろうね。」
そうだなぁ、君が変人になったら、いま以上にずっと笑っているかもしれないね。それはそれで変人だ。
あぁ、君は俺が君のことを馬鹿にしてるって気づかないのか?
本当にすごく変わってるかもしれない。
君は俺のことを見て、まだまだずっとにこにこ笑ってる。
俺が次の言葉を発するのを待っているみたいだった。
一分。
「そうだね。きっと、誰も見れないくらい、とても無様だろうな。」
我ながらなかなかにヒドイことを言っている。しょうがない、俺はそういう奴だ。
君はそれでも笑う。
こんなこと言っても、笑ってくれるのって、きっと君くらいだよね。
そんな君が、俺は『 』だよ。
「ひどい。初対面でそんなこと、普通言わないよ?」
『ひどい』なんて言っても、笑顔のままだ。
やっと半分、一分三十秒。
「ひどいのは君の存在だよ。君はその無垢な瞳で、どれだけの人を傷つけてきたんだい?」
俺、最低。
わかってる。だってしょうがないよね。俺は俺だ。
どれだけ捻くれてるのかってはなしかな?
君の顔が少しだけ、少しだけ醜く歪むのがわかる。
「無垢だよね。君って。」
続けた俺の言葉。
まるで、全てがわかっているような台詞だ。
わかるわけがないけど。
この話、あと一分を切った。
「正直に言うよ。俺、君みたいな人がダイキライだよ。にこにこ笑ってさ、それだけで何とかなるとでも思ってんの?」
君の顔がもっと歪む。
可愛い顔が、その形を崩し、不安そうな顔で俺を見つめる。
不思議な感じだ、俺がこれを歪めてると思うと。
とても、不思議な感じだ。
あと、五十秒。
「どうして、そんなこと言うの?」
決まってるだろ。
変わらない声色で、君は言った。
それは、もしかしたらやっとのことでしぼりだした言葉だったのかもしれない。
俺は君みたいな人が『 』なんだ。
『 』なのに、何の理由がある?
とても、長い三十秒。
「俺が君の事、ダイキライだからだよ。」
君は、おかしいよ。
どうして、俺のこと、そんな目で見るの?
君の顔は、すっかり元の調子に戻る。
さっきまで醜く歪んでたというのに、今の一言で、すっかり戻ってしまった。
「ダイキライ。そっか。私は君のこと、嫌いじゃないよ。」
にこにこと笑う。底無しの笑顔。
気持ち悪い。
そう、真面目に、思った。
「ふーん。本当に、変人だね。」
俺は、笑うことができなくなってた。
おかしい。
俺は、君なんて『 』だと、言ったのに。
どうして、君は、『 』と言わない?
そして、その五秒。
「だってね、私、思うよ。『ダイキライ』と『ダイスキ』は紙一重。君が、私のことを気にかけてくれるだけでも、嬉しいな。
じゃあ私、用事あるから。また一緒に話せたら、嬉しいな。」
そう言って、どこかへ行ってしまった君。
あとの、一秒。
俺は、君の言葉を考えるだけで終わってしまった。
じゃあ、『ハジメマシテ』で、『ダイキライ』だったら。
また君と出会うとき。
俺は君の事。
『ダイスキ』なのかもしれない。
このたった三分間の話は、これで終わりだけれど。
俺はこの三分を、本当にたくさん考えた。
君を『ダイスキ』と思える日なんて来るとは思えない。
でも、また君と会えたら、俺はきっと、
『あぁ、ダイキライな奴がいる』
って、言って。
きっと、すっげぇいい顔で、
笑っちゃうんだろうな。
笑ってしまうんだろうな。
俺は、君に負けてしまったんだ。