吾輩たちの本心 その一
世の中には、ずいぶん勝手なことを言う者がいる。
たとえば人間である。
あれらは古来、こちらの事情もろくに聞かぬまま、見た目と印象と一度きりの光景だけで、ことわざなるものを量産してきた。短く言えば知恵、長く言えば偏見である。しかも始末の悪いことに、うまいこと言った顔までしておる。まことに油断ならぬ種族だ。
今宵、吾輩たちは、そうした長年の不当な扱いについて語るべく集まった。
猫、豚、馬。
いずれも比喩の世界において、いわれなき役を押しつけられてきた者たちである。
会合の名は、仮に「本心を述べる夕べ」としておこう。
やや気取っているが、まあよい。猫がいる会合は、少し気取っているくらいでちょうどよいのだ。
最初に口を開いたのは猫であった。
「まず言っておくが、吾輩は小判の価値を知らぬわけではない」
ずいぶん前からその件を考えていたらしく、言い出しからして少し早い。
「知っておる。金属として珍重され、人間社会において交換の媒介となり、ときに権威まで宿す。そこまでは理解しておるのだ。だがな」
ここで猫は、やや芝居がかった間を置いた。
「食えぬ」
静まり返る場。
「小判は食えぬ。転がしてもよし、光らせてもよし、積んで悦に入るのも勝手だが、腹の足しにはならぬ。吾輩が魚を前にして小判を顧みなかったとして、それのどこが愚かだというのだ。合理的判断ではないか」
もっともである。
豚がうなずいた。
「その気持ちはよくわかる。吾輩も真珠を押しつけられて、だいぶ迷惑しておる」
「押しつけられてはおらぬだろう」と馬が言った。
「比喩として、だ」
豚は鼻を鳴らした。
「真珠が尊いとか美しいとか、そういう理屈は知らぬでもない。だが、あれもまた食えぬ。硬い。光っておる。以上だ。なぜ人間は、腹を空かせた者に光り物を差し出して、価値がわからぬだの何だのと騒ぐのだ。そちらこそ、状況が見えておらぬぶひ。……いや、今のは聞かなかったことにしてほしい」
少し感情が漏れたらしい。
豚は気まずそうに咳払いをした。
「ともかくだ。吾輩は真珠を軽んじているのではない。ただ、優先順位の問題を言っておる。芋と真珠なら芋である。三食分の芋なら、なおさら芋である。何の不思議もあるまい」
「ないな」と馬が言った。
馬は最初からやけに姿勢がよかった。こういう集まりでも背筋を崩さぬ。真面目さが服を着て歩いているような男である。
「吾輩の件はもっと直接的に失礼だ」
そう言って、馬は静かに鼻息を鳴らした。
「馬の耳に念仏、という。あれはつまり、ありがたい話をしても無駄、という意味であろう」
「乱暴な話だな」と猫が言う。
「まったくだ。吾輩は別に、何も聞いておらぬわけではない。必要な情報を選別しておるだけだ。走るべきときに足場の音を聞き、危険があれば気配を拾い、手綱の張りを読み、風向きを知る。そういう者に向かって、念仏が響かぬから愚鈍だと言わんばかりの扱いである。専門外の話題に反応せぬだけで、能力不足と見なされるのは心外だ。ひひ……いや、失敬」
どうやら馬も漏れた。
馬は少しだけ咳払いをしたが、なかったことにはしきれていなかった。
猫がしっぽを揺らした。
「つまり吾輩たちは、そろって『価値がわからぬ者』扱いされているわけだな」
「しかし実際は違う」と豚が言う。
「わからぬのではない。合わぬのだ」
「あるいは、今それではない」と馬が言う。
三者はしばし黙った。
どれも簡単な話である。
簡単なのだが、人間はこういう簡単なことを、妙に遠回しな例えに変えるのが好きだ。
やがて猫が、少しだけ得意そうに口を開いた。
「考えてみれば、人間のほうもなかなか妙だぞ。腹が減っておるときに立派な説教をされて、心からありがたがる者がどれほどいる。眠いときに将来のためだと長話をされて、うれし泣きする者がどれほどいる。締切前に美しい置物を渡されて、まず作業がはかどると喜ぶ者がどれほどいる」
「いないな」と豚が即答した。
「少ないだろう」と馬も言った。
「つまり、吾輩たちだけの話ではないのだ」
猫はそこで満足げに目を細めた。
理屈がきれいに収まると、だいたい猫はこういう顔をする。
「人は誰しも、自分に必要なものを先に取る。魚が先の猫を笑うなら、まず己の昼飯を小判に替えてからにしてほしいものだ」
「真珠でもよいぞ」と豚が言う。
「念仏でもよい」と馬が言った。
そのとき、少し離れた木陰から、かすかな物音がした。
三者がそちらを見ると、そこには一匹の猿がいた。
いつから聞いていたのかは知らぬが、明らかに途中からいた顔である。猿は気まずそうに頭をかき、それから遠慮がちに言った。
「あのう……」
「何だ」と猫。
「いや、皆さんの言い分はもっともだと思うんですが」
「うむ」
「自分も、その……ことわざで少し思うところが」
「ほう」
猿はためらいがちに言った。
「猿も木から落ちるって、あれもだいぶ言い方きつくないですかね」
場が静まった。
猫と豚と馬は、顔を見合わせた。
そして猫が、小さくうなずいた。
「入れ」
豚も言った。
「座れ」
馬も深くうなずいた。
「おぬしにも事情があるのだろう」
こうして会合は、思いがけず次回へ続くこととなった。
世には、例えられた側にしかわからぬ本心というものがある。
そしてその本心は、おおむね少し怒っており、少しもっともで、少しだけ面倒くさい。
まこと、人の世の知恵とは、誰かの迷惑の上に成り立っているものらしい。




