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バイノーラルASMR

作者: いくずく
掲載日:2026/07/18

夏のホラー2026 第3作です。

ASMRという言葉を、聞いたことがあるだろうか。

聴覚や視覚への刺激により感じるゾクゾク感で、

最近Youtubeでは、たくさんのASMR動画が投稿されている。


ASMR動画というやつには、色々なジャンルがある。

炭酸水が弾ける音とか、雨や嵐の音とか。咀嚼音なんてのまである。ただ、どれにも共通しているのは、ライブ感だろう。




本当にその場所にいるような感覚




特にバイノーラル録音されているものは没入感が高い。これは、人間の耳の形を再現した特殊なマイクセットで録音するもので、リアルな距離感と方向感が味わえる。


だからスマホのスピーカーで聴くだけじゃあ意味がない。イヤホンで聴いて、初めて完成する体験だ。

実を言うと、僕は「部屋の中を誰かが歩き回る足音」のASMR動画ばかりを好んで見ている。


大学進学を機に都会にでた僕は、古い木造アパートでの一人暮らしを始めた。田舎から出てきた僕は、いわゆるコミュ障で、大学の仲間には溶け込めずにいる。

みんなは、サークルだの飲み会だのの世界を、楽しんでいるが、僕はひとりぼっちだ。


静まり返った部屋にぽつんと一人でいると、どうしようもない寂しさに襲われることがある。


そんな時、ネットで出会ったのがASMR動画だ。イヤホン越しに聞こえる「誰かがすぐ近くにいる気配」は、ひとりぼっちの僕にとって救済だった。

だけど、人間というのは満たされることのない生き物なのか、毎晩聴いていると、ただの足音では物足りなくなってくる。


ある夜、僕はちょっとした好奇心から、いつもは見ないタイプの動画を検索してみた。



「ASMR お化け 怪異の足音」



結構前に投稿されてるのに、再生回数は、わずかに数回だ。概要欄は、そっけなく、ただ一行、『目を閉じて、没入してください』とだけ書かれていた。

僕はなんとなくイヤな予感がしたものの、好奇心から動画を、再生してしまった。



イヤホンから、奇怪な音が断続して響き始める。


――ズズ……ズズ……。


すごい迫力だ。

それは人間の滑らかな歩行音じゃない。重い肉の塊を引きずるような、そして時折、腐敗した何かを、連想させるようなベタベタとした異様な音が混ざる。


うわ、これ、臨場感がありすぎる。本気で背筋が、寒くなるな。


今は人気のない深夜2時。部屋の明かりを消して、ベッドの中で目を閉じて音の流れに意識を集中させる。

遠くから引きずるような音が右から左へ移動する。そしてゆっくりとベッドの足元へと近づいてくる。冷房なんかつけていないはずなのに、首筋にゾクゾクと冷たい寒気が走り始めた。部屋の空気が凍りついていくみたいだ。


その時、寝返りを打とうとした僕の足首に、冷やりとした「何か」が、かすかに触れた気がした。

気のせいか?いくらASMRと言ったって、触覚まで感じるはずがない。迫力がありすぎて、感覚までおかしくなってきたのかな。

さすがに少し怖くなって、僕は音から逃れようと、右耳のイヤホンを大慌てで外した。

その、瞬間だった。


開いた右耳――つまり動画の音でなく部屋から、古びたアパートの床が「ズズ……ズズ……」と重くきしむ音が、生々しく聞こえてきた。

左耳のイヤホンから流れる怪異の足音と、現実の部屋に響く足音が、完全に同じ位置、同じテンポで重なり合っている。


嘘だろ……? 録音の音じゃ、ない……!?


全身の血の気が引き、体が完全に硬直する。

パニックになり、残った左耳のイヤホンもむしり取ろうとした、その刹那。


左耳のイヤホンから聞こえる「動画の音」と、現実の右耳のすぐ後ろの闇から聞こえる「かすれた低い声」が、完璧にシンクロして、僕の頭蓋骨で響いた。






『――片方外したって無駄だよ。もう半分は、中に入っちゃったんだから』


この作品はカクヨムさんにも投稿しています。

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