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傷物騎士の俺が婚約破棄されたら、学園の才女に溺愛されるようになった。  作者: 左リュウ


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第7話

 早朝四時、起床。

 顔を洗って身支度を済ませ、訓練用の剣を持って学園寮を発つ。

 そのまま脚力トレーニングを兼ねて、走って王都付近にある森へ。


 早朝五時、鍛錬開始。

 筋力トレーニングや素振りを繰り返す。

 体の調子を確認しつつ、一振り一振りを漫然とこなさない。


 握りが甘くなっていないか。体の芯がブレていないか。

 疲労に屈して集中力が乱れていないか。


「……………………」


 ブンッ。ブンッ。


 剣が朝の空気を裂く音は心地良い。

 この音を耳にしていると、どこか懐かしい気持ちになってくる。


 ……いや。学園の敷地内で素振りをしても、こんな気持ちにはならない。


 頭の中に、小さな女の子の形の穴が開いているような。

 素振りの音が、空洞をすり抜けていくかのような。


 わざわざ街の外に出てまで森の中で素振りをしているのは、この穴を埋めるためなのかもしれない。


「……………………」


 ブンッ。ブンッ。


 けれど今、その穴の中に別の少女が入り込んでいた。

 リゼリット・フランメルクという名の、少女が――――。


『好き。好き。好き。せんせ、だーい好き……♪』


「――――っ……!」


 ブンブンブンブンブンブンブンッ!!!


 彼女の言葉を思い返す度、素振りの速度が上がっていく。

 型が乱れ、握りも必要以上に力がこもり、ただ力任せに剣を振ってしまう。


『この傷も――――好き』


「――――っはぁっ……!」


 とうとう堪えきれなくなり、大きな息の塊を吐き出した。

 無駄に息が上がってしまっている。いつもはこうして素振りをしていると、集中して、無心になっているというのに。


 今はどうしても、額に当たった柔らかな唇の感触ばかりを思い出してしまう。


「…………未熟だ」


 ここ数日は己の未熟さや不甲斐なさに、肩を落としてばかりな気がする。


     ☆


 いつもより少し早めに鍛錬を切り上げた後、学園寮に戻ってから浴室で汗を流し、食堂で朝食を……とろうとしたが、街で購入したパンを手に、中庭へと移動した。


 ここ数日、食堂に行くとろくな目にあっていないので、何となく避けてしまった。

 噴水のふちに腰掛け、ぼーっと空を眺める。


「はぁ…………」


 いつもなら食費を抑えるために朝食を外で買ってくるなんて贅沢はしないし、そんな贅沢をしたパンを大して口もつけずに空を眺めていたりもしない。


 俺の頭の中は、額に触れた感触や、彼女の与えてくる蜜のように蕩ける言葉でいっぱいになっていた。


「珍しくで飯を食ってると思ったら、どうしたよ。レリク」


 ふやけた頭で空を眺めていた俺に、獅子を彷彿とさせる荒々しい赤毛の男子生徒が近づいてきた。


「…………あぁ、ノイル。帰ってたのか」


「おう。ちょうど、ついさっきな」


 赤毛の生徒――――ノイル・エイクは、この学園における、俺の唯一の友人である。


 彼はエイク男爵家という無名の地方貴族出身なのだそうで、たまに家業を手伝う必要があるらしく、用事で学園を休むことがある。


 ここ数日も、そうして休んでいたようだ。


「つーか、本当にどうしたお前? 覇気のねぇ顔してさ」


「あぁ……まあ、色々あってな」


「色々ぉ? ははーん、さてはお前、ついにあのクソ婚約者と別れたのか?」


「よくわかったな」


「…………は? マジかよ」


「だが……俺が腑抜けているとしたら、それとは関係ない。いや、関係はあるが、別の問題があって……」


「……んんん? ちょっと待て。オレが休んでる間に何があった。とりあえず、話してみろ」


 性格は異なるものの、ノイルとは不思議と気が合った。

 人付き合いの上手い彼からはよくデートの相談にも乗ってもらっていた。残念ながら、それを活かすことは出来なかったが……俺にとって、とても心強いアドバイザーだった。


 もしかするとノイルなら、この未熟さを打破するためのアドバイスをくれるかもしれない。


 そう思い、俺は友人にここ数日の出来事を話した。


 ヘンリエッタから婚約破棄されたこと。

 ヘンリエッタとモーリスが裏で付き合っていたこと。


「あんのクソ女! ふざけたことしやがって! あとモーリスのやつ、まだ恨んでたのかよ! ねちねち陰湿みみっち野郎が!」


 ここまで話したところで、ノイルは怒りに体を震わせていた。


「おい、最低でもモーリスに一発ぐらいはくれてやったんだろうな?」


「……俺の力は、騎士として人々を守るためのものだ。気に入らない相手に暴力を振るうためのものじゃない」


「っかぁ~~~~! 真面目過ぎるぞお前! そんなんだから都合よく利用されるんだぞ!?」


「……かもしれないな。だが、これも性分だ」


「それがお前のいいところでもあるけどなちくしょう! ……くそっ! つーか、オレもあいつらのこと、気づくべきだった!」


 自分のことのように怒りを発露させてくれる。

 俺は確かに魔力はないかもしれないが、良い友人には恵まれた。


「チッ……まあ、お前があのクソ女と縁を切れたのは収穫だな。家の問題はあるから、手放しには喜べねぇが……ああ、そうか。お前が空を眺めて悩んでたのは、それが理由か」


「いや、違う。というか……正直、ついさっきまで婚約破棄のことは忘れていた」


「あぁ? じゃあ……あれか。『学内戦』のことだろ」


 学内戦――――王立メリアンジュ魔術学園で定期的に行われている、大規模な摸擬試合のことだ。


 そうか。そういえばもうそんな時期だったな……。


「そこでモーリスの野郎を正々堂々ぶっ飛ばそうと考えてたってわけだ。……ちょいと耳に入ってきたんだが、今年は騎士団のSランク騎士も見学に来るらしいぜ。モーリスもはりきってるだろうから、そこで思いっきり恥かかせてやれよ」


「いや、それも違う……そもそも俺は万年予選落ちだからな」


 学内戦では魔術も解禁されている。

 魔力量が学園最弱である俺は、相手の魔術や、魔術で強化された相手に対抗しきれずそのまま敗退してしまうばかりだった。


「はぁ? じゃあ……何なんだよ。お前みたいな騎士バカが、他に悩むようなことなんて……」


 ……ノイルには言ってもいいだろう。

 軽薄そうに見えて口は堅い。そう言いふらすようなこともしないはずだ。


「実は――――……」


 俺は思い切って話してみることにした。

 リゼ――――リゼリット・フランメルクと出会ったこと。

 彼女に恋を教えることになってしまったこと。

 昨日、その授業をしたこと。


「…………リゼリット・フランメルク? 入学以来『彼氏の周りにいてほしくない女子生徒ランキング第一位』を独占している、あの魔女か?」


「そのランキングは初耳だな……」


 さしものノイルも、突然詰め込まれた情報量に目を白黒とさせていた。

 少しばかり考え込んだ後、やけに確信をこもった目で、俺の肩に手を置く。


「うん。あの女はやめとけ。なんかやばそうだし」


「彼女と知り合いなのか?」


「いや知り合いっつーか…………ちょっと、見かけたことがあるぐらいだよ」


 同じ学園に通っているわけだしな。見かけたことぐらいはあるか。


「それよか、あの女からは手を引いとけ。多分、騙されてるんだよ、お前」


「……騙されているか。そうかもしれないな」


「だろ?」


「だが、書類にサインしてしまったしな……」


「このバカ! あんな怪しい女が出した書類に迂闊にサインするんじゃねぇ!」


 迂闊にサインをするものじゃないと言われてしまえば、それはごもっともな意見である。


「一応、内容は確認したぞ」


「そりゃ当たり前だ…………はぁ。そんな書類破っちまえと言いたいとこだが、そんなことしたら後が怖いしなぁ……」


「元々、約束を破るつもりはないからな」


「このクソ真面目」


 がりがりと頭をかくノイル。彼は諦めたように肩を落とすと、あらためて問いかけてきた。


「それで? 結局、お前は何に悩んでるんだよ」


「いや…………実は昨日の授業で、彼女に、その……額に、口づけをされてしまって。なぜそんなことをしたのかと……」


「正直さっきから情報の洪水で追いつかねぇが、弄ばれてるようにしか聞こえねぇぞ。いや、でもそこまでするか……? けどあの女だしなぁ……」


 弄ばれてる、か…………否定できない。

 特に今の惨状を考えると、なおさらだ。


「……ありがとう。お前に話しているうちに、気持ちの整理がついたよ。今日も『授業』があるから……行ってみるつもりだ。『先生』を引き受けてしまったからな。やれるだけのことはやってみようと思っている」


「お前がそれでいいなら、いいけどな…………宝石を強請られたり、怪しい契約を結ばされそうになったら、とにかく逃げろよ」


「善処する」


「あと、ヤバそうだと思ったらオレに相談しろ。何とかするから」


「そうしよう」


「ったく…………オレがちょっと目ぇ離してる隙に……」


「ノイル」


「ん?」


「感謝する。ノイルという友人を得たことは、俺の人生の誇りだ」


「…………はぁ~~~~……お前さぁ。そーいうとこだぞ」


 やはり俺は、この照れくさそうに笑う友人が大好きだ。


     ☆


 放課後――――俺は大図書館の『黄金大樹の棚』で、リゼが来るのを待っていた。


 呼吸を整え、精神を落ち着かせる。

 昨日の『授業』では教える側のはずが、一方的に翻弄されてばかりだった。

 とりあえず今日の授業では、主導権を握らないと。


 そうでもしなければ、彼女に翻弄されっぱなしな気がするし、俺も契約を結んだ以上はきちんと役目を全うしたい。


 ……本音を言えば、学内戦までに精神を落ち着かせたい、というのもあるが。


「…………よし」


 今の俺は落ち着いている。いつでも来い、リゼ。


「こんにちは、せんせ」


 瞑想をしながら待っていると……鈴の音のような透明感のある声と共に、リゼが部屋に入ってきた。


「会いたかった、よ」


 彼女のしなやかな指は、流れるようにドアノブに触れて……。


 ――――カチャッ。


 当たり前のように、鍵をかけた。


「今日は、どんな授業をしてくれるの?」


 蠱惑的なその笑みに……今度こそ、勝たねば。


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