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傷物騎士の俺が婚約破棄されたら、学園の才女に溺愛されるようになった。  作者: 左リュウ


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第6話 リゼリット・フランメルク①

 王立メリアンジュ魔術学園の学生寮は、生徒一人一人に個室が割り当てられている。これは王国が魔術師や騎士の育成に力を入れていることによって、設備が充実している証だ。


「――――……」


 王国が育成に力を入れてくれてよかった、と。『授業』を終えて部屋に戻ってきたリゼリット・フランメルクは思う。


 もしもルームメイトがいたのなら、《《これ》》を部屋の中で自由に取り出すことは出来なかっただろうから。


「せんせ…………」


 引き出しから取り出したのは、男物の白いシャツ。

 王立メリアンジュ魔術学園の男子生徒が着用するもので、先日、翼竜ワイバーンの血を浴びてしまった際、レリクから借り受けたシャツだ。


 レリクに返却したのは、リゼリットが用意した新品である。

 当のレリクはシャツが新品になっていることは気づいていたが、魔術を用いたと思っている様子だった。


「あはっ。せんせ、鋭いのか鈍いのか、よくわかんないな……でも。そこが、かわいい……♪」


 既に状態保存の魔術を用いて、シャツの状態は固定している。

 思い切り抱きしめて顔を埋めたとしても、皺がついてしまう心配もない。


 状態保存の魔術のランクは幾つかあるが、リゼリットが用いているのはその中でも使い手が限られる最高位の《《封印術》》だ。


 主に教会において、聖具や重罪人を厳重管理・封印する際に用いられるものであり、使用には最高位司祭の許可と儀式による綿密な手順を擁する。


 彼女はそれを、様々な手順を省略し、単独で、かつ完璧に行使してみせたのだ。


「予備じゃなくて、着てるものがよかったな…………そうすれば、もっともっと、せんせを感じられたのに」


 高位の封印術によって保存された、シャツに付着している彼の熱や匂いの残り香を堪能する。けれど、それでも彼女を満たすことはできなかった。


「ううん。でも……これからはシャツだけじゃなくて、せんせと直接触れ合えるもんね……?」


 指先で、唇に触れる。

 先ほど、彼の額に口づけた時の感触は、脳に刻み込んでいる。

 それを反芻するように、指の腹で唇をなぞった。


 学園でのリゼリット・フランメルクは、才女の名にふさわしい高嶺の花だ。


 人形のように整った顔立ち。

 その神秘的で儚げな佇まいは、見る者全てを魅了する。


 社交界に出れば妖精と称され、ただそこにいるだけで、男女問わず全ての視線を奪ってしまう。


 そんなリゼリット・フランメルクは今、一人の男子生徒のシャツを夢中になって抱きしめている。


 学園や社交界での彼女を知る者がこれを見れば、まずは魔術で作り上げた偽者フェイクを疑うだろう。


 けれどこれが。これこそが、本来のリゼリット・フランメルクであった。


「……せんせ」


 唇をなぞっていた白く、細い、ガラス細工のような指が制服をつまむ。


 ぱさっ。と、軽い音を立てて、上着が床に落ちた。


 次に迷うことなくスカートに手をかけると、それもするりと床に零れ落ちる。


「私は……忘れてないよ」


 古い日記を捲るように……シャツも、夜のように優美な色をした下着も、ただの布と化しながら床に崩れ落ちていく。


「今も、覚えてるよ。せんせのこと……」


 一糸まとわぬ姿になった後、リゼリットは先ほどまで匂いや熱の残り香を堪能していた真っ白なシャツを身に着けた。


 窓から差し込む月明かりが、女性的な体つきを描く彼女のシルエットを淡く照らす。


 月の寵愛を一身に受けているかのような幻想的な光景。


 けれど彼女の瞳に、月が映る余地などなかった。


「ずっと……ずっとずっとずっと……せんせのこと、忘れたことなかったよ」


 幼い頃の記憶。かつて過ごした彼との時間。


 だけどそれは彼の中からは失われてしまったものだ。


 額に刻まれた、傷と共に。


「……せんせ」


 彼のシャツを身に着けたままベッドに横たわる。

 まるで彼の腕の中に包まれているかのようだった。


「せんせ…………好き。せんせ……」


 月明かりに照らされた海のようになった瞳の青から、一筋の雫が伝う。

 彼が昔の思い出を忘れてしまったことは悲しいけれど、それを嘆く資格は自分にはない。


 彼が『傷物騎士』と揶揄されるようになった、あの傷は。


 《《かつて、リゼリットを救うために刻まれてしまったものなのだから》》。


     ☆


 魔光花、と呼ばれる花がある。

 これはその名の通り、魔力を浴びると光を放つ花だ。


 光の輝きは、花弁が吸収した魔力量に比例する。

 この花の仕組みを利用した、光を灯す魔道具は幾つか存在するが、この花そのものが屋内の光源として使用されることはない。


 理由は単純で、発光するために要求する魔力量が多いからだ。


 たとえば部屋を一つ照らすためには、Aランク魔術師が魔力を注ぎ込む必要がある。これではあまりにも非効率的だ。


 非実用的である一方、この魔光花は魔術師にとっては実力を示すシンボルのようなものとして扱われ、フランメルク家の庭に植えられている。


 リゼリット・フランメルクが生まれたのは、ある真夜中のこと。


 彼女が産声を上げるだけで、フランメルク家周辺だけが真昼間になったかのような光に包まれたという。


 それは、リゼリットが桁外れの魔力を生まれ持っていた証だった。


 リゼリットは生まれてすぐに、フランメルク領から連れ出され、ある森の中にある『塔』の中に入れられた。


 それはフランメルク家に代々伝わる、『万禁塔』。


 一万冊にも及ぶ魔導書が収められた書庫であり、同時に強すぎる魔力を持って生まれた子供が、魔力の制御を学ぶための場所。


 リゼリットが物心ついた時、傍にいたのは両親ではなく、一万冊の魔導書だった。


 その中でリゼリットは、一人で過ごしてきた。


 最初は乳母がいたけれど、リゼリットがある程度大きくなると、彼女は塔から出ていったきり戻ってこなかった。


 たまに会う人といえば食事や衣服などの『必要なもの』を運んでくるフランメルク家の遣いであり、彼女らが塔の中に留まるだけだった。


 そのことを特別、寂しく思ったことはない。


 魔導書を読めば退屈は紛らわせることが出来たからだし、リゼリットも家族にさしたる興味もなかった。


 そうして、塔の中に閉じこもり、魔導書を読むだけの人生を過ごしていた時だった。


「…………?」


 あれは七歳の頃だった。

 朝、目が覚めると、外から規則正しい音が聞こえてくる。


 ブンッ。ブンッ。


 何度も鋭く風を切る音だった。

 代り映えの無い生活に、不意に生じた変化。好奇心が勝り、窓の外を眺めてみると。


「はっ……はっ…………」


 一人の男の子が、剣を振っていた。

 どうやら剣の鍛錬をしているらしい。確かこの森の近くには街があったはずだ。恐らくはそこに住んでいる子供だろう。


 彼はよそ見をすることなく、一心不乱に剣を振っていた。

 それから彼は何時間も剣を振り続けていた。

 同じ動作を繰り返すばかりの日常に現れた些細な変化は、程よい刺激としてリゼリットには映った。


 その日から、素振りの少年は毎日、塔の傍で剣を振るようになった。

 毎日毎日飽きもせず、一生懸命に、愚直に剣を振り続けていた。


(何がそんなに面白いんだろう)


 リゼリットには理解が出来なかった。

 毎日あんなにも剣を振ることに何の意味があるのか。

 そろそろ彼の素振りを眺めているのも退屈に思えてきた、その時だった。


「――――――――……」


(…………あ)


 素振りをしていた彼と、目が合った。

 彼は目を丸くしながら、塔の窓から眺めるリゼリットのことを見ていた。

 それから迷いなく、大きく口を開けた。


「君はっ、その塔に住んでいる人なのかっ?」


 実際に耳にした彼の声は、イメージとは違っていた。

 想像していたよりもずっと、真面目で不器用そうな声をしていた。


 それからリゼリットは少しばかり考えると、魔術で小さな鳥を創り出して素振り少年のもとに飛ばした。


「ええ、そうよ」


『うわっ。鳥が喋った』


「驚くようなこと? ただの使い魔なのに」


『使い魔……ああ、やはり魔術か。凄いな。離れていても、この鳥を通じて会話が出来るのか』


「これぐらい、誰でも使えるでしょう?」


『いや、俺には無理だ……』


 変な人だ。

 こんな魔術も使えないだなんて。


 それがリゼリットの抱いた率直な感想だったが、使い魔を創り出し、なおかつ遠隔で会話を成立させる魔術は高度な魔術である。


 少なくとも、たった七歳で使えることは、通常ではありえない。


『……っ。しまった』


「どうしたの?」


『自己紹介を忘れていた。すまない』


「………………………………」


 この人は、絶対に変だ。

 対人経験の乏しいリゼリットだったが、なぜかこれだけは確信した。


『俺はレリク。レリク・レリックだ。……君の名前は?』


「……………………リゼリット」


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