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傷物騎士の俺が婚約破棄されたら、学園の才女に溺愛されるようになった。  作者: 左リュウ


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第2話

 ――――昨日のことは、悪い夢だったのかもしれない。


 それが朝、寮のベッドで目が覚めた時、最初に思ったことだった。

 現実味がない。まだ頭がふわふわしている。

 浮ついているとは……少し違う。


 なし崩し的に、妖精じみた悪魔と契約させられてしまったような。


「…………夢か。いや、騙されたか」


 あのリゼリット・フランメルクが。

 宮廷魔術師の娘にして、学園きっての才女が。


 俺に、恋を教わりたい?


 バカバカしい。婚約者にフラれて現実逃避の妄想をしてしまったのだろう。

 恐らくは、婚約破棄されて玩具にしがいのある男子を見つけたから、遊んでみた、というところだろう。


「……そういえば、シャツ、貸したままだったな」


 着替えようとして、シャツが一枚足りないことに気付いた。

 昨日、リゼ……リットさんに貸したままになっていた。

 今頃はあのシャツも捨てられている頃合いだろうか。


 ……ああ。ダメだな。どうやら自分でも思っていた以上に、ヘンリエッタからの婚約破棄が効いているらしい。少し女性不信気味になっているかもしれない。


 顔を二度、三度と洗って身支度を整えた後、食堂へと向かう。


 まだ婚約破棄の騒動から日が浅い。食堂に入ると、周囲の生徒たちからの視線が降り注ぐ。


 これも精神の修行だと思い、食堂の隅で黙々と朝食を口に運ぶ。

 丁度、昨日は己の未熟さを反省したばかりだ。修行と思うぐらいでちょうどいい。


「おやおや。朝から陰気な顔しているやつがいると思ったら、傷物くんじゃないか」


 一人で朝食をとっていると……ニタニタとした顔を浮かべたモーリスがテーブルに近づいてきた。


「……何の用だ、モーリス」 


「傷心中の同級生を気にかけているだけさ。ほら、君とは新入生の頃からの付き合いだろう?」


 一言の断りもなくモーリスは目の前に座り、同席してくる。


「懐かしいねぇ。君との出会いは、高等部に進級して間もない頃に行われた実習だったかな。摸擬戦をして、君が勝った。……正確には反則勝ち、だったかな。禁止されていた魔術を使って、僕を倒した」


「モーリス。何度も言っているが、俺は反則なんてしていない。誓って魔術は使用していなかったし、仮に使っていたなら先生が見逃すはずがないだろう?」


「君は何らかの手を使って魔術を使った。あるいは魔道具を使った。反則をしたんだ。でなければ、僕が負けるものか」


「ただの鍛錬不足だ。お前はもう少し剣の鍛錬をした方がいい。授業中も手を抜いているだろう?」


「黙れ。君のせいで、僕は恥をかいたんだ。あの時の屈辱は忘れていない」


 睨みつけていたモーリスだったが、すぐにその目も細く緩む。


「だけど、まあ……昨日はそれなりに楽しかったよ。婚約者を奪われた君の顔は、随分と愉快だった」


「……っ。俺に仕返しをするためだけに、ヘンリエッタに近づいたのか?」


「おいおい。人聞きの悪いことを言うなよ。僕たちはちゃんと愛し合ってるさ。少なくとも彼女は、君より僕を選んだ。そうだろ? 傷物貧乏子爵くん」


 口の端を歪めるモーリス。

 悔しいが、俺は何も言い返せない。


 モーリスの思惑がどうであれ、ヘンリエッタ自身が俺ではなく彼を選んだ。

 そしてモーリスが与えてやれるだけの幸福と、同じ量の幸福すら、俺は彼女に与えてやれないだろうから。


「そうだ。僕はお前の、その顔が見たかったんだ」


「…………っ。モーリス……!」


「ははっ。無様だなぁ、レリク。そうやってみっともなく拳を握っているのが、君にはお似合い――――……」


「…………?」


 淀みなく動いていたモーリスの舌がピタリと止まる。

 いや、モーリスだけじゃない。気づけば俺に降り注いでいたはずの好奇の入り混じった視線が止んでいた。


「見つけた。探したよ?」


 太陽と月の妖精が手を取り合って拵えた、神秘的な人形のような女の子。

 彼女が迷いなく、流れるような足取りで俺のテーブルへと近づいてくる。


「せーんせ」


 リゼリット・フランメルクは。

 昨日と変わらない、蠱惑的な笑みを携えて、なぜか俺のもとへとやってきた。


「リゼリット、さん? どうして君が……いや。そんなことはどうでもいいね」


 モーリスはちらりと、俺に視線をやる。

 それから勝ち誇ったように、にんまりと笑うと、リゼリットさんに手を差し伸べた。


「リゼリットさん。よければ場所を変えて、一緒に食事でもどうかな?」


 差し伸べられた手を無感情に見つめて。

 リゼリットさんは俺の方に向き直った。


「……ねぇ、せんせ。この人、誰? 友達?」


「……っ。ははっ、やだなぁ。僕だよ。モーリス・ウォレトだよ。知らないかな。以前、王宮のパーティーで挨拶をさせてもらったはずだけど」


「知らない。あなたみたいなの、見分けがつかないもの」


「なっ……」


 愕然とするモーリス。けれど彼女の視界には、そんなモーリスのことは最初から映っていないかのようだった。


「リゼリット、さん……」


「あはっ。余所余所しい言い方……私、言ったよね?」


 くすっ。と、リゼリットさんは笑う。


 彼女の笑顔は、窓から降り注ぐ朝日すらも手玉にとるかのような、神秘的な美しさを孕んでいた。


「――――リゼって呼んで、って」


 ざわっ……。


 いつの間にか耳を澄ませていたらしい、食堂中の生徒たちが一斉にざわついた。


「……リゼリットさん、これは……」


「りーぜ」


「…………リゼ。君は、何をしに来たんだ?」


「これを返しに来たの」


 リゼは白のシャツを渡してきた。これは昨日、俺が貸したものだろう。何らかの魔術を使ったのか、新品同様に綺麗になっている。


「昨日は貸してくれてありがと」


 ざわっ……。


「シャツ……?」

「え? 嘘だろ……」


 周囲の反応に、冷や汗が止まらない。

 が、ここはあくまでも冷静に。冷静にだ。

 騎士たるもの、いかなる状況であっても冷静にならなければ。


「……いや、あれは元はと言えば俺が君の服を汚してしまったのが悪いから。偶然、俺が替えのシャツを持っていただけだから」


 あくまでも服を汚してしまい、偶然持ち合わせてしまったシャツを貸したことを強調する。多少、声のボリュームを上げてだ。


「ん。そうだね。私……せんせに、いーっぱい、汚されちゃったもんね?」


「ちょっ………………!」


 それはそうだが、言い方というものがあるだろう!

 という俺の心の叫びが声に出る前に、周りのざわめきが大きくなった。


 目の前のご令嬢は、自分がご令嬢であることは自覚しているのだろうか。していてこれなら、俺はフランメルク家にどのような教育をしているのか今すぐにでも問いただしたい。


「あはっ。せんせ。可愛いね?」


 俺の焦りを知ってか知らずか……いやきっと知ってるとは思うが、リゼはくすくすと笑う。


「じゃ、次は放課後ね? 授業楽しみにしてるからね、せんせ」


 場をかき乱すだけかき乱し、リゼは勝手気ままに歩き、食堂から姿を消した。


「……チッ!」


 最後まで無視され続けたモーリスは、俺に忌々し気な視線を向けると、舌打ちを置いて去っていく。


 ……どうやら昨日のことは、悪い夢ではなかったらしいけど。


 今、この場に残された俺の状況は……悪い夢であってほしいと願わずにはいられなかった。


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