見劣り姫は実践にて情報を得る
念には念を入れて、あれから三日ほど講習と実技を受けた。
毎日暗部の人たちが協力をしてくれたのだけれど、仕事が暇なのかしら……?
まあ、彼らについてはおいておくとして。
講習を終えて迎えた翌日。いよいよ実践の日がやってきた。
情報を引きだす方法と、他者の会話を拾う方法とどちらにしようか迷ったが、今日は会話を拾う方にする。
だって情報を引きだすにしても、夜会は十五歳からだし、今はお茶会をする用事もない。私にメリットがないからすり寄ってくる友達もいないし。……まあ、打算で仲良くするくらいなら別にいなくてもいいわ!
目立たない服に着替えて部屋を出ると、訓練場に向かう。
今日はレイリー卿の情報を得るのが目的だ。可能なら卿の姿も拝見したい。
淡い期待を抱きながら歩いていると、王城と訓練場を繋ぐ渡り廊下に差しかかった。
「どこでなら話を聞けるかしら。あ、でもその前にレイリー卿のお姿を……」
もたもたしていたら前から兵士がやってきた。
あの制服は衛士だ。『気配隠し』を使用しているため、私とヘラに気づくことなく、まっすぐこちらに向かってくる。
勘が鋭い者は気づくらしいけれど、そうそう見破られないとフィスは言っていた。
でももしそれが事実だとしても、ぶつかられたら意味がない。
ヘラと脇に逸れ、渡り廊下を出る。
渡り廊下の脇は庭園だ。色とりどりの花や、低木が植わっている。その中の一番近くにある低木に、ヘラと一緒に身を隠す。
護衛のメイナードは『気配隠し』が使えず、いまだ特訓中だ。
だが、お部屋でお留守番……というわけにはいかず、距離を置いて護衛してくれている。今は外の訓練場で鍛錬をしながらこちらを見守っているようだ。よく見れば、こちらを向いて素早く剣を振っている。
とはいえ、今の場所からはそれなりに離れている。何かあった時に即対応するのは難しいだろう。
もっとも、元暗部のヘラがいるから護衛面での差支えはないが。
「それでさ~、下町の飯屋のサリーちゃんが暴れているヤツをぶん投げてさあ。それが強いのなんのって……」
ぶつかりそうになった衛士たちは私たちに気づかないまま去っていく。
会話の内容は、『サリーちゃん』の逞しさを力説するものだけだった。
ちょっとだけ『サリーちゃん』が気になったけれど、レイリー卿の話以外は必要ない。すぐに頭の中から追いだした。
その後も数多くの衛士や騎士たちが渡り廊下を通っていった。
だが、なかなかレイリー卿の話題は出てこない。場所が悪かったかしら。
レイリー卿と関りがある人達に張り付いていた方が、効率がいいかもしれない。そう考えてヘラに提案しようとした時、複数名の足跡が訓練場の方から聞こえてきた。
足音とともに、会話も聞こえてくる。
「あー、今日もまたかよ! ほんとムカつく。なんとか一太刀浴びせらんねぇかな」
「お前、敵わないくせに、なんでイライアスに手合いを持ちかけたんだ? 馬鹿だろ?」
「うっせーよ。あの気取った態度がムカつくんだからしょうがねーだろ」
「別に気取ってなくないか? お前が勝手にそう感じてるだけでさ」
「何、俺にケンカ売ってんの? 買うぞ?」
来た! 待ちに待ったレイリー卿の話題だ。
あまりいい話題ではないけれど、この際妬みや嫉みでもいい。彼の魅力がなせる業だと思えば怒りさえ湧いてこない。……わけでもないが、レイリー卿の素晴らしさがどれほどのものかはわかるというもの。
一つの言葉も聞き逃すまい、といっそう耳を傾ける。
「ケンカと言えば、もうすぐ御前試合だな。イライアスは今年も勝ち進むだろうな」
……御前試合ですって!? 彼も出るなら観覧一択よ!!
よい情報を得たと、内心で盛り上がる。
「何、悠長なこと言ってんだ? 御前試合で好成績を収めないと騎士になれないんだぞ? もっとやる気を出せよ」
「だってなぁ……どうせ今年はイライアスとビリーの一騎打ちになるだろ」
……レイリー卿はかなり強いのね。ますます楽しみだわ! 相手のビリーという方は強いのかしら? そこも調べておきましょう。
手をぐっと握り、一人意気込む。
直後、とんでもない言葉が耳に飛び込んできた。
「なら一騎打ちにしなければいい」
「は? どういうことだ?」
「ちょっとこっちに……」
その声のあと、兵士たちが私たちの隠れている低木のすぐ側にやってきた。
一瞬、見つかったかとヒヤッとしたが、どうやら違うようだ。カサカサと葉がこすれる音が続いている。
やがて音が止み、衛士の制服を着た人たちが私たちの近くでうずくまった。低木を挟んでだいたい五歩ほど離れた場所だ。着かず離れず、聞き耳に適した距離とも言える。
「で、どういうことだ?」
「そう急かすなよ。つまりさ、あいつを試合に出さなければいいんだ」
「は? 無理だろ。近衛以外全員参加だぞ?」
「だが例外もある」
「え?」
「あ!」
誰かが何かに気づいたらしい。いったい何をするつもりなのだろう。嫌な予感がする。
「あー、そうか。ケガか病気になれば出場を辞退できる」
「そういうこと」
「え、聞かれたらヤバくね?」
「だからこんなところで話し合ってんだろうが」
残念だけれど、私とヘラの耳にはしっかりと聞こえているのよね……。
それにしても、なんて卑劣なことを考えるのか。だから騎士になれないのではないだろうか。と、私には無縁そうな正義感が湧き上がる。
「で、具体的に何をするんだ?」
「よく聞いてくれた。あのな……」
衛士たちはさらに身を寄せ合って小声で話をする。
彼らの話を聞きながら、これからどうしようか考える。
このまま声をかけて彼らの会話を邪魔することはたやすい。でも、今ここで彼らの邪魔をしても、私がいなくなったらまた画策するに違いない。それでは意味がない。だったら計画の一部始終を聞き、彼らが実行に移したところで止めた方が確実だ。彼らが諦めないのなら、計画を調べたうえで何度でも阻止する。
「――というわけだ。治るといけないから決行日は試合三日前くらいにするか」
ある程度話をまとめた衛士たちが渡り廊下に戻っていく。
衛士たちの後ろ姿を見ながら、すっと立ち上がった。
「ヘラ、聞いた?」
「はい。しかとこの耳で」
「なんて卑劣な人たちかしらね。でも、まだ告げ口はしないわ。後悔させるのは、彼らの策を阻止してからよ。協力してくれる?」
衛士たちの後ろ姿を見続けたままヘラに協力を求める。
きっと私はすごい顔をしている。だからこのままでいい。
「喜んで。ですが、どうやって阻止するおつもりですか?」
「それは部屋に戻ってから。ああ、ほら、メイナードが戻ってきたわ」
がっしりとした体格の男性がこちらに向かって歩いてくる。
時折吹く心地よい風が、癖の強い金茶色の髪をさらって遊ぶ。髪が短いからよけいに舞うのよね。
メイナードと目が合うなり、向きを変える。声はかけない。今も気配は消しているから。
そのまま一歩踏み出した時、三人のメイドがやってきた。
彼女たちは話に花が咲いており、気配を薄くしている私たちに気づいていない。これはチャンスだ。
すれ違いざまに、「レイリー卿について何か教えて?」とささやくようにメイドたちに尋ねる。
気づかれないよう再び庭園に出ると、メイドの一人が「え?」と声を漏らした。
「どうかした?」
「え? ええ、今、『レイリー卿について教えて』って聞こえた気がして」
「やだ! 誰も言っていないわよ。恐ろしいこと言わないで」
一人のメイドの言葉に、ほかの二人が怯えたような態度をとる。
先ほどは違い、私たちは茂みに身を隠してはいない。だが、彼女たちは庭園にいる私たちの存在には気づいていないようだ。
私の言葉を聞き取ったメイドは、辺りを見回すと首を傾げた。
「……気のせい、なのかしら?」
「そうでしょ。いくらレイリー卿がかっこいいからって、幻聴はだめよ」
「幻聴はともかく、かっこいいわよね。将来有望だから、城の侍女たちが猛アタックしているみたいよ。でも、付き合ったって話は聞かないのよねぇ」
声の主を探すことを諦めたのか、メイドたちはレイリー卿について話し始めた。今度こそ念願の情報だ。
「もしかして、あっちの気が……?」
「それがね、ウソかホントかわからないけど、誰かの護衛になりたいから付き合っている暇はない、って断っているみたいなのよ」
護衛の話はヘラからも聞いている。ただし、ヘラでも相手が特定できなかった。だから護衛の話は、レイリー卿なりのお断りの文句なのかもしれない。
でも、そんな不誠実な断り方をレイリー卿がする?
まだ彼のことは全然知らないけれど、あんなに素敵に笑う人が不誠実な対応をとるとは思えない。案外護衛に就きたいという話は本当なのかも。
「えー!? 誰だろ。やっぱり王太子殿下かな? 昔から誘われているって聞くし」
「もしくは、ヘンリエッタ王女殿下じゃない? 昔から、いい雰囲気だったらしいわよ」
「でも、第一王女殿下はご婚約者のニーダム公爵令息と熱々じゃない。昨日だってほら、手を繋いで仲睦まじく庭園を歩いていらしたわよ」
「なら、レイリー卿の片想い?」
「違うと思うわ。第一王女殿下が降嫁したら護衛に就けないもの。ほかの殿下方でしょう」
意外と見られているものね。興味深い話ばかりだわ。初めて聞く話もあったし。
それにしても、レイリー卿が護衛に就きたい相手は誰なのか謎だ。
話に出ていたエッタ姉様は、「彼との結婚が待ち遠しい」とよく口にしている。だからレイリー卿との仲は心配していない。
仮にレイリー卿が姉様に恋情を抱いたとしても、メイドが言うように姉様はもうすぐ降嫁される。
現在姉様の護衛に就いている騎士たちですら、降嫁の際に任を解かれるのだ。レイリー卿が降嫁先についていくことはまずないだろう。レイリー卿だってわかっているはずだ。
ならやはり『王太子の護衛騎士』が有力かしら。
ウィル兄様は何かとお忙しいから、もしそうならなかなか会えなくなるでしょうね。
本当は私の護衛に就いてほしいけれど、どう考えても私に『うまみ』はない。護衛に就くだけ無駄というのが私の存在だ。
そう考えると、メイナードも損な役回りを押しつけられたものだわ。
ちなみに、私たちの後ろを歩いていたメイナードは、私たちが庭園に戻ったせいで、慌てた様子で物陰に飛び込んでいた。……まったくもって損な役回りよねえ。




