見劣り姫は『調技』を教わる3
「ヘラの故郷はフォーリバーよね」
以前聞いたヘラの故郷を口にすると、ヘラがうなずいた。
「はい。オーブリー領の最南端にある小さな町です」
「オーブリー領……国の西に位置していたわね。主要産業は観光、翡翠が有名……と。予備知識はこれくらいでいいかしら。では、いってくるわね」
以前に習った内容を反芻すると、すぐさま部屋をあとにする。護衛はもちろんメイナード。
彼は黙って後ろをついてくるので、辺りは静かだ。音がしたとしても私とメイナードの足音のみ。
「ねえ、メイナード。使用人たちは、この時間どこにいるかしら? どこにも人がいないわ」
「姫様の区画にいた騎士たちは全員下げております。人払いもしておりますので、誰もいないのは仕方がありません。少し行かれれば廊下でメイドとすれ違うこともあるかと」
ここ王女宮は、私一人だけの宮ではない。長姉ヘンリエッタ――エッタ姉様と、次姉ミルドレッド――ミリー姉様の部屋もある。
区画されているため、会おうと思わなければ姉たちに出会うことはなく、今回人払いされているのも、私の区画のみだ。
「そう。なら会えるまで歩くしかないわね」
使用人がいないと何も始まらない。
とにかく誰でもいい。情報を得るために姉様たちの区画に向かって歩を進める。
そのかいあってか、わりとすぐに使用人に会えた。
会えたのはメイドで、綺麗に畳まれたリネンを持ってこちらにやってくる。
メイドも私たちの存在に気づいたらしい。さっと端にずれた。
「お仕事ご苦労様。あなたたち使用人のおかげで快適に過ごせているわ。いつもありがとう」
立ち止まってメイドに声をかける。するとメイドの肩がびくりと跳ねた。
「とっ、とんでもないことでございます!」
「まあ。そんなに緊張しないで? あなたが懸命に仕事をしていたから、お礼を言いたくなっただけなの」
「そそそんな、恐れ多いことでっ……」
メイドの声はひっくり返り、言葉はどもっている。
この様子ではあまり重要な話はできないかもしれない。頭の片隅に留めつつ、故郷に繋がる話を振ってみる。
「そういえば、廊下であなたをよく見かけるわ。この仕事をして長いの?」
「ははは、はいっ! 十四の時に王都に来まして、こ、今年で四年目になるますです!」
相当緊張しているのか、言葉がものすごく怪しい。
でも徐々に訊きたい話題に近づいてきた。
メイドには申し訳ないが、もう少しだけ話に付き合ってもらう。
「十四で王都に来たなんてすごいのね。寂しくはなかった?」
「はい。同郷の者がいないのはみな同じでしたから」
あ、彼女じゃない。
メイドの返答で瞬時に悟り、会話を打ち切るよう話を持っていく。
「あなたも、ほかの使用人たちも頑張っているのね……。それが知れて本当によかったわ。お仕事の邪魔をしてごめんなさい。これからも頑張ってね」
「ありがとうございます!」
だいぶ緊張が解けたようで、メイドがにこやかな顔で一礼をする。
その姿を横目に再び歩き始めた。護衛のメイナードは言わずもがな。無言でついてくる。
「彼女ではなかったわ。そう簡単には見つからないってことね。さ、次にいくわよ!」
簡単に見つかるとは思っていない。根気がいる作業だと改めて気合を入れる。
それから手当たり次第に使用人に話しかけ、ヘラと同郷の者を探す。
けれど、同郷らしい人は一向に見つからない。
「うーん、どうしたものかしら……。出会う使用人に手当たり次第声をかけたけれど、まるで手応えがなかったわ。本当にヘラと同郷の人はいるのかしら? 褒めるのも楽ではないのね……」
声をかける際、気に留めた部分やお願い事など、何かしら理由を考える必要がある。
なんでもよいわけではなく、できるだけ相手を気持ちよくさせる言葉が望ましい。
けれど、私にはそれほど引き出しがない。そろそろ理由も尽きてきたため、困ったわ、と項垂れる。
「『物を直して』はもう使ってしまったからだめだし…………あら?」
必死に頭を回転させていると、一人のメイドが廊下の角を曲がってきた。
メイドはこちらに気づいたようで、慌てて端に寄って頭を下げる。
次は彼女がターゲットね。
話題を考えながらメイドの側まで行く。
すると彼女のエプロンのポケットが目に入った。話を切りだすならこれだろう。
「見事な刺繍ね。少し、独特な模様に見えるわ」
そう。私が目に留めたのは、メイドのポケットに施された刺繍だ。
直線と弧だけで形作られており、絵柄というよりも図形に近い。だが緻密なため、絵にも見える。
「ありがとうございます。私の故郷に伝わる模様でございます」
頭を下げたままメイドが答える。きちんと教育された所作だ。
でも、これでは頭に血が上ってしまう。頭を上げるように指示してから、再び話しかける。
「あなたの故郷に伝わる刺繍? わたくしも見たことがあるのだけれど、どこだったかしら? ほかとは違って鮮やかな色合いが綺麗よね」
無知を装って出身地を尋ねる。すでに話が上がっていたから、すんなり訊けた。
「オーブリー領にある、フォーリバーという小さな町に伝わる模様です。殿下の筆頭侍女のヘラが私と同郷でございますので、おそらく彼女の所持品をご覧になられたのかと」
大当たり! 私が探していたのはまさに彼女だわ。
内心で快哉を叫びながら、表には出さずに会話をする。
「まあ、ヘラと同郷なのね! オーブリー領は確か、観光が主な産業だったはず。だから人目を引く色合いだったのね」
「はい。昔からオーブリー領は観光で名を売っておりまして。お土産品として売られている刺繍も、徐々に人目を引く色合いに変化していったんです」
「素敵な歴史ね。機会があれば行ってみたいわ。え、と……」
途中で言葉を詰まらせると、メイドが察したらしく口を開いた。
「アンナと申します」
「アンナ、ね。覚えたわ。ヘラに話をしてもいいかしら? あなたに刺繍を教わりたいけれど、仕事があるものね。ヘラから教わってみるわ」
「彼女の腕も素晴らしいので、それがよろしいかと存じます」
知っている。ヘラのハンカチに施された刺繍は、以前から気になっていた。
これを機にフォーリバーの伝統刺繍を教わるのもいいかもしれない。
「そうなのね、楽しみだわ。……あ、お仕事の途中だったわね。話しかけてごめんなさい」
「とんでもないことでございます。殿下にお声をかけていただけて光栄の限りです」
「ふふ。またお話しましょう。頑張ってね」
締めの言葉を述べて、再び頭を下げたアンナの側を離れる。
護衛のメイナードを従えてまっすぐ自室に戻ると、二回ほど軽く手を叩いた。
「フィス、フィスはいて?」
部屋の中央の何もない空間に向かって呼びかける。
いらえはすぐにあった。
「はい、ずっとお側におります」
私たちの後ろ、扉の辺りから声がして振り向く。
気配は感じていなかったけれど、ずっと私を護衛していたようだ。
「一緒なら話は早いわ。アンナがヘラの同郷よ」
「ええ、お見事です、殿下。フォーリバーの刺繍に着目されたのはさすがでございました」
「偶然もあったけれどね」
「だとしてもです。今回のように、常に物事の細部に意識を向けられると、より正確に情報を引きだせます。お含みおきください」
常に細部に意識を向けるのは大変だ。だが、それも訓練の内なのだろう。
わかったとうなずけば、フィスが口の両端をぐいっと上げて笑った。
「合格です、殿下」
「え?」
フィスの言葉に頭が追いつかず、ぱちぱちと目を瞬かせる。
【お知らせ】
タイトルをよりわかりやすくしてみました。
ご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません。
改稿前『見劣り姫と専属護衛になりたい騎士は何かにつけてズレている』
↓
改稿後『恋に落ちた見劣り姫は秘された才能を開花させる』
みなさまはどちらがお好みだったでしょうか……。




