見劣り姫の過去
ふと、昔の出来事が蘇る。五歳の頃の記憶だ。
サンメドゥ国の末の王女として生まれた私は、五歳にして授業を受けるようになった。
王女としての立ち居振る舞い、史学や算術、マナーの授業など。授業内容は立場に相応しいしっかりとしたもので、先生は複数人いた。
私は幼いながらも、懸命に勉学に励んだ。
家族が応援してアドバイスもしてくれたから、くじけることなく頑張れたのだと思う。
けれど、本人の頑張りに関係なく、限界は訪れる。
ある日私は、出された課題に行き詰り、わからない箇所を教えてもらおうと先生のもとを訪ねることにした。
教師は一時的に王城に部屋を賜っており、城を出る必要はない。
課題を出した先生には、先触れせずに訪ねてきていいと言われていたので、言葉どおり何もしなかった。
先生の部屋の前に着き、ノックをしようと手を構える。その時、部屋の中から声がした。
「第三王女殿下はまじめに勉学に励んでおられます。ただ、これ以上の高みは厳しいのではないでしょうか」
「私の授業もそうですね。及第点ではございますが、ほかのご兄姉と比べますと秀でた才を感じないと言いますか……」
「そちらもでしたか。筋は悪くないのですが、どれも普通といった感じでして」
「この先の授業方針は、ご兄姉のように才を可能な限り伸ばすのではなく、まんべんなくお教えした方がよさそうですね」
貶されているわけではない。先生たちは事実を言っているだけだ。
でも、幼心に自分が劣っていると思ってしまい、質問をすることなくきびすを返してしまった。
それから数日後、気晴らしを兼ねて久しぶりに庭園に行った。
庭園は一般開放されており、人がたくさんいる。
特に人が集中する場所を避けて花を見ていると、どこからともなく会話が聞こえてきた。
「あの方は……もしかして第三王女殿下か?」
「はじめて見えたわ。ほかの殿下方よりも控えめなお顔立ちなのね」
「そういえば、ある人から聞いたのだけれど、第三王女殿下は教養面でも控えめみたいよ。兄姉殿下方は素晴らしい面をお持ちなのに、何もないのは肩身が狭いでしょうね」
「見劣り姫だな」
「ちょっと、聞こえるわよ」
聞き覚えのある内容だ。今し方まで気にしていたから、よけいに胸に刺さる。
気晴らしなんてしなければよかった。晴れ渡る天気とは裏腹に、心がかげる。
一緒にいた私の護衛や侍女は、子供だった私の心の機微に気づかず、結局私はそのまま部屋に戻った。
少しして、侍女と護衛が変わり、ヘラとメイナードが私の専属となった。
庭園での一件が引き金となり、私は先生たちの期待にどうしたら応えられるか、また噂をどう払拭するか、と考えるようになった。
自分なりに勉学に励んできたつもりだ。だが、兄姉たちとの差を突きつけられれば、私の努力などないにも等しい。
それでも、努力はやめたくなかった。私なりに懸命に頑張ってきたのだから。
噂の払拭に対する答えが出ない。
だが、『期待に応える』件では一つの答えにたどりついた。私に才がないのなら、才ある兄姉たちのまねをすればいいのだ、と。
以降、人に話しかけられたら、話が得意なすぐ上の姉ミリー姉様のまねをして答え、立ち居振る舞いは美を追求する長姉のエッタ姉様にならった。
そうして、兄姉のまねをし続けていくうちに、私は次第に子供らしさをなくしていった。
ある日、私はお母様にお茶に誘われた。
お母様とは久しぶりのお茶会で、ただただ純粋に喜んだ。
お母様は、私にたくさんのお菓子を振る舞ってくれた。その間も、兄姉のまねは忘れない。
今回は上の兄、ウィル兄様が庭園で婚約者の方とお茶をしていた時みたいに、美しい所作でお茶を飲む。もちろん、気取った笑み付きだ。
すると、お母様が困ったような顔をした。
「ねえ、リア。どうしてあなたはウィルのまねをしているのかしら?」
「え? あ、の……」
お母様の言葉に、出来が悪くて叱られるのではないか? と、青ざめる。
けれどお母様は、厳しい表情を浮かべることなく、ずっと困り顔のままだった。
「リア。頑張るあなたはとても素敵だわ。でも、自分を大切にしなくてはだめよ」
「お母様?」
意味が理解できなくてお母様の顔をじっと見つめる。
お母様は困り顔から一転、真剣な表情となった。
「ほかの兄姉のまねをする必要はないの。あなたには、あなたにしかない良さがあるわ。それを大事になさい」
言葉の意味がやっとわかった。お母様は私の言動に気づいていたのだ。
そのうえで、私の考えは間違っていると諭した。私を真っ向から否定せず、肯定する言葉を用いて。
お母様の言葉はすんなりと私の中に受け入れられた。
私には私にしかないものがあり、それを伸ばしていけばいいのだと気づいた。
強張っていた顔がほぐれる。自然な笑みを浮かべたのは久しぶりかもしれない。
「はい、お母様。大事にします」
過ちに気づいたと言外に込めて、ゆっくりと、力強くうなずく。
お母様はようやく笑ってくれた。
「それでこそリアよ。あなた自身のペースで勉強を進めていきなさい。わからないことを放置しなければいいのよ」
誰かの言葉に「はい!」と、元気よく返事をしたのはいつぶりだろうか。
止まっていた時計が再び動き出すように、私の気持ちはどこまでも前向きになった。
ただし、無理に背伸びした影響で、大人びた言動は残ってしまったけれども。
いつの間にか閉じていた目を開く。
あの日から、自分らしさを磨く努力をしてきた。
結局、私には兄様たちみたいな才覚はなくて、何をやっても平均的な出来のまま。
けれど、私にも突出する才はちゃんとあった。
これで見返せる。と、打算にまみれた考えがなかったわけではない。減ったとはいえ、私の噂は依然としてあったから。
でも、できない。暗部は他人に知られてはならない組織だ。私の才能は誰にも誇れない。
残念だとは思う。だが、それでよかったとも思う。
見返すことはただの自己満足にしかすぎず、先がない。だったら見返したい気持ちは捨てて、この力を有効活用した方が国のため、ひいては民のためになる。
もちろん自分のためにも使わせてもらうけれど、独り占めするつもりは毛頭ない。
すべては国と民のため。それが私の、王女としての矜持。
とはいうものの、覚えたての技術だからまだまだ練習が必要だ。国のために力を振るうには、筋力も体力も足りない。だから今はまだ自分のためだけに使用する。
目下の目標は衛士たちの企みを阻止すること。レイリー卿に傷一つつけてなるものですか!




