見劣り姫は『暗器術』を習う
「風が気持ちいいわね。楽しく習えそうだわ」
部屋の中では狭くて刃物を扱えない。ヘラとメイナードを従え、王女宮の庭に出る。
外はとても天気がいい。どこまでも澄み渡る青い空に、時折吹く風が心地よい。実技に最適な天気だ。
準備はすでに整っており、開けた庭の一部に的らしき板が立っている。
……先ほど教わると決まったばかりなのに、もう的が立っているのはなぜかしら??
疑問に思いつつ、先を行くヘラのあとに続く。
ヘラは的の近くで足を止めた。
「こちらで練習いたしましょう。まずはこちらをご覧ください」
ヘラが勢いよく右手を下に向け、手首を手の甲側に素早く動かす。すると、ヘラの袖口から何かがすっと出てきた。
ヘラは手首を戻すと、それを軽く握るようにして受け止める。そして、私に見えるようにそっと手を開いた。
彼女の手のひらには、飾り気のない、細長くて平たい金属の棒があった。
先端が片側だけ斜めにカットされていて、鋭く尖っている。長さは十五セーチくらいで、幅は三セーチほど。持ち手のところまで金属でできており、指が当たる部分がかすかに窪んでいる。袖口に隠すために極力引っかかる部分をなくしているようだ。
「これがヘラの武器?」
「はい。スローイングナイフです」
ヘラが、私の手の上にそっとナイフを乗せてくれた。小さいけれど、カトラリーよりも重い。
「これを投げるのよね。どうやって? こう?」
いろんな持ち方でナイフを投げるまねをする。
「このようにして投げます」
ヘラが袖口から新たなナイフを取り出して、素早く、かつ無駄のない動きでナイフを投げる。
ナイフは少し離れた的のど真ん中にトスッと刺さった。
「まあ、すごいわ! ちょうど真ん中よ。ヘラ、私も投げてみていい?」
「はい。手を傷つけないようご注意ください」
ヘラの言葉に小さくうなずくと、ヘラに教わりながらナイフを投げる。
ナイフは途中で失速することもなく、遠くの的まで届いた。そのうえ――。
「…………成功したわね?」
ヘラが投げたナイフとほぼ同じ場所に、私が投げたナイフが深々と突き刺さっている。
「無駄のない動きでしたね……」
ややズレた返しをしてきたヘラを見る。あ然とした顔だった。
「でも、偶然かもしれないから、もう一度やってみてもいいかしら?」
自分の能力は平均的なものだと思っている。けっして自惚れるつもりはない。
気を取り直して提案をすればヘラが一つうなずいた。
「でしたらこちらを」
ヘラが袖口から新しいナイフを取り出した。いったい何本収納されているのかしら?
困惑する私をよそに、ヘラがナイフを差し出してきた。
無言で受け取り、教わったとおりにナイフを持つ。
滑らかな動きを心がけ、的を目がけて放った。
ナイフはヒュン、と飛んでいき、トスッと的の真ん中で動きを止める。
「もう一度」と告げれば、ヘラが的からナイフを引き抜き、その中の一本を渡してくれた。
すぐさまナイフを投げ、ヘラが持つ残りの二本も受け取り、連続で投げる。どれも的の真ん中から外れることはなかった。
「「…………」」
しん、と辺りが静まり返る。隣にいるヘラはもちろん、近くに控えているメイナードも茫然とした表情だった。
「ヘラ……」
「あ……、では、ほかの武器も試してみましょう」
声を上ずらせたヘラが、近くに置いていた鞄を手に取る。
そして、木製の細長い筒を二本と、筒よりも小さくて、片側が鋭利な棒を数本取り出す。
そのうちの筒一本と、鋭利な棒を三本渡された。
「これは?」
「吹き矢でございます。こうやって使用します」
言うやいなや、ヘラが鋭利な棒――矢と呼ぶらしい――を筒の中に入れて口元に構えた。
続けて、彼女がフッと息を吐きだす。すると、筒の中の矢が的に向かって飛んでいき、的に刺さった。
「すごいわ、ヘラ!」
先ほどよりも難しいだろうに、難なくこなすとは、さすがヘラ。
思わず拍手でヘラを褒めたたえる。
直後、的に向かっていたヘラが静かにこちらを向いた。
「ありがとうございます。コツを掴めば姫様もすぐにできますよ。やり方をご説明いたしますので、吹いてみてください」
ヘラから姿勢と呼吸の方法、照準の合わせ方などを教わり、手本をまねて吹く。矢は途中で地面に落ちた。
「あら? やっぱりさっきのあれは偶然だったのかしら?」
「何事も練習が必要ですよ。息を漏らさないようしっかり筒をくわえてくださいね」
言われたとおりにやってみる。先ほどよりも飛距離が伸びた。
なんとなく感覚がわかってきたので、忘れないうちに最後の一本を筒に入れて吹く。
どうやら、今までよりもうまく息を込められたようだ。飛んでいった矢は、見事矢の真ん中に落ち着いてくれた。
「ヘラ……なんか、できてしまったのだけれど?」
「……ええ、姫様。おめでとうございます。今の感覚でもう一度やってみてください」
ヘラに矢を回収してもらい、立て続けに三回、手元の矢を放つ。
トッ、トッ、と小気味よい音を立て、矢はどれも真ん中に命中した。
「「…………」」
再び静寂が場を支配する。
そこからしばらく無言の状態が続いた。
やがて、どこからもなく「逸材だ」と男性の声が聞こえてきた。
そうかと思えば、どこからともなく人が現れる。
男性、女性関係なく、ほとんどの者が暗部の服を着ており、その数は十数人ほど。中にはヘラではない私の侍女もいて二度見した。あなた、暗部出身だったの!?
「キャッ!?」
現れた者たちが近寄ってきた驚きから、思わず声を上げる。
すかさずメイナードが私の前にやってきて、庇うように私を広い背中で隠した。
だが、暗部の者たちはそれで怯むような小心な性格ではない。
一人の男がものすごい勢いでメイナードに近づくと、何事かを告げて、私の前に顔を出した。
「第三王女殿下! 素晴らしい技術です。どうか、私の得意武器もお試しください!!」
「……え?」
「あっ! 抜け駆けなんてずるいぞ! 殿下、この武器も試してみてください!」
「こっちの武器もお願いします!」
戸惑う私に、暗部の者たちがこぞって自分の武器を差し出してくる。
促されるまま武器を手に取ると、即座に説明が始まった。
そして、あれよあれよという間に手本を見せられ、実践させられる。
重たい武器は筋力が足りなくて無理。だが軽い武器は、二、三回練習すれば難なく扱えた。
セーチ=センチ。この世界での長さの単位です。




