見劣り姫は恋に落ちる
サンメドゥ国、王城の敷地内にある兵士の訓練場。騎士隊長の言葉を借りれば『むさくるしい』この場所で――。
「は……」
「姫様?」
「姫様、どうなさいましたか?」
「はい、好きー!!」
齢十二にして初めて恋に落ちた。
少々興奮しすぎたので、いったん冷静に状況を振り返ってみようと思う。自室を出る直前くらいでいいかしら。
「姫様。グロリアーナ姫様ー!」
王城の敷地内にある王女宮に、私の筆頭侍女、ヘラの声がこだまする。少し焦り気味の声だ。
「ここにいるわ。そんなに慌ててどうしたの、ヘラ」
私を探す侍女に、ここだと居場所を告げる。
私の声に気づいたのか、お仕着せを着た栗色の髪の女性――ヘラが二階の窓から顔を出した。
「庭で何をしていらしたのですか? そろそろお時間ですよ」
「ちょっとお花を見ていただけよ。もう時間なの? 遅れたら減点されるわね。今行くわ」
持っていた傘を閉じながら建物の中に戻る。
護衛を下げて自室に入ると、流れるような動きでヘラが私のドレスを整えてくれた。
準備が整い、扉を開けてもらって廊下に出る。
扉の脇には、護衛騎士の制服を着た騎士が二人控えていた。一人は先ほどいた護衛だ。
その護衛とは別に、右側の泣き黒子が色っぽい、屈強そうな体格の男性が話しかけてきた。
「姫様、ご移動なさいますか?」
「ええ。今日も護衛をよろしくね、メイナード」
彼は私専属の、筆頭護衛騎士メイナード。私が六歳の頃からの付き合いで、よき理解者でもある。
侍女ヘラもそうだけれど、私にはもったいないくらい優秀だ。
そんなヘラとメイナードを従えながら、兵士の訓練場に向かって歩を進める。
少しして、一般貴族たちに開放されている廊下に差しかかった。
「見て。第三王女殿下よ。珍しいわね」
「ああ、見劣り姫か。確かに王妃殿下や第一王女殿下に比べると華やかさに欠けるな」
「見劣り姫と言えば、ほかの王子殿下や王女殿下方よりも勉強がイマイチという話じゃないか。上の殿下方は優秀なのに可哀想なお方だな」
「芸術面で優れているという話も聞かないわ。いいところがないのね」
「シッ! 聞かれるぞ」
どこからともなく声が聞こえて顔を向ける。
庭園に続く道のため、それなりに人が行き交っている。けれど誰もこちらを見ておらず、陰口を叩く人を断定することはかなわなかった。
……いったい誰だったのかしら。
不思議に思っていると、側にいるヘラとメイナードが低い声を発した。
「あの者たち……」
「やりますか?」
何をどうやるのか。メイナードとヘラの不穏な言葉――ヘラの方が不穏だ――に苦笑する。
「二人とも落ち着いて。放っておいていいわ」
「しかし、姫様をコケにすることは王家をコケにするのと同義です」
メイナードが眉間に皺を寄せる。
その忠誠心はとても嬉しい。とはいえ、この件は別の人が対処した方がいいのよね。子供の私にできることなんて限られているもの。例えば……。
「そうね。けれど今回のことも、ちゃんとお父様たちに話がいっていると思うのよ。だから安心して。あとはお父様たち次第ね」
少し大きめの声で言えば、そそくさと場を去る者が数名。
逃げるくらいなら言わなければいいのに。そう思うものの、口にはせずに話を続ける。
「ああ、でも私のことは事実なのよね。お母様もエッタ姉様もものすごく美しいわ。ミリー姉様は清楚でお綺麗。私にはどちらも無理ね。高望みはしないわよ。私は、私だけがなれる最高の自分になるだけ。素地はよいのだもの。これからに期待だわ」
陰口は全然気にしていないのだと言葉で示すと、ヘラの眉間にいっそう皺が寄った。
「姫様は私の半分ほどのお年ですのに、なぜそんなに落ち着いていらっしゃるのですか? 下手な大人よりも大人ですよ」
ヘラの言葉を受けて、それもそうね、と首をひねる。
「どうしてかしら。私には兄様や姉様たちのように突出するものがないから、頑張って勉強しているだけよ。でもね、どれも普通にこなせるというのは、逆にすごいことだと思わない? 私は自分が誇らしいわ!」
えっへんと誇らしげに言えば、二人は顔を見合わせたあと、こらえきれずといった様子で笑った。
「姫様がお気を害していらっしゃらないのなら、これ以上は申しません。時間になる前に訓練場に向かいましょう」
メイナードの提案に素直にうなずく。
「ええ、そうね。この訪問はマナー授業の一環だもの。遅れたら減点されてやり直しになってしまうわ。さっさと行きましょう」
無駄な話を打ち切って、すぐさま兵士の訓練場に向かった。
訓練場では兵士たちが思い思いに鍛錬していた。
剣をひたすら振っている者、打ち合いをしている者、走っている者。
周りに目を向ければ、見学席でうっとりしている令嬢たち。中には私に気づいた者もおり、周りの人たちとともにこちらを見て何事かを言っていた。
見世物ではないのだけれど、と悶々としていると、とても体格のいい男性がやってきた。騎士隊長だ。今日の案内役だと聞いている。
「第三王女殿下、お待ち申し上げておりました」
「騎士隊長、今日はよろしくね」
軽く挨拶を交わし、差し入れを渡す。第一課題達成だ。あとは次の課題達成まで騎士隊長の説明を受ける。
「この国の軍の仕組みは独特でして、衛士、騎士、護衛騎士をまとめて兵士と呼んでおります」
「まあ。そうなのですね」
訓練場に来るにあたって軍のことを勉強したけれど、別に詳しいわけではない。掘り下げすぎてぼろが出ないように相槌だけをする。これはマナーの先生の指示だ。『理解が難しそうだったら上辺だけで流しなさい』と。
とはいえ、流しっぱなしでは話が続かない。私でも理解できそうな質問をしてみる。
「あの方々は何をしているのですか?」
「あれはですね――」
私が示すと、騎士隊長が答える。
それを何度かやっていると、訓練場の一角で、二人の兵士が向かい合い、頭を下げていた。どちらも胸当てなど最小限の防具に身を包んでいる。
これから何をするのかと見ていると、互いに剣を構えた。そのまま二人の打ち合いが始まる。
「まあ! すごいわ!」
二人の剣技は力量に差があるようで、青銀の髪の青年がもう一人を圧倒している。その動きはとても洗練されたものだ。
あまりに素晴らしい剣捌きに、気づいたら感嘆の声を上げていた。
二人の打ち合いは続き、やがて勝敗が決した。もちろん勝ったのは青銀の髪の兵士。とたんに訓練場に歓声が上がった。周囲の兵士たちが手を止めて見ていたらしい。私も惜しみない拍手をして、二人の兵士たちの健闘を称える。
その時、青銀の髪の青年が、こちらを向いた。
「え?」
相手と目が合った気がして一つ瞬きをする。気のせいよね、と思っていると、青銀の髪の兵士がはっとしたように目を見張った。
なぜそんなに驚くの? 私の顔に何かついている?
そう考えたのは一瞬。次の瞬間には疑問など消し飛んでいた。
「!!」
雷に打たれたことはないけれど、そう思えるような衝撃が全身に駆けめぐった。走り込んだあとかと思うくらいに鼓動が激しい。
原因なんてわかっている。遠目から見ても端整だとわかる兵士が、こちらを見て心底嬉しそうに笑ったからだ。その破壊力と言ったらない。月並みな言葉だが、魂を根こそぎ持っていかれそうだ。
胸を押さえたくなる衝動をなんとかこらえ、王女らしい穏やかな笑みを浮かべる。
体裁を取り繕ってから、ゆっくりと視線を外して後ろを向いた。
「は……」
「姫様?」
「姫様、どうなさいましたか?」
不思議そうに尋ねてくるメイナードとヘラに何も答えず、訓練場の端、人気がない場所に早足で行く。
くるりと二人に向き直ると、自身の胸を押さえながら口を開いた。
「はい、好きー!!」
そして現在に至る。
1章完結まで毎日投稿予定です!




