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最後の作品  作者:
7/7

悪夢

「…………」


目の前には半裸の女性が吊るされている。見ると背中の皮が剥がれ落ち、胸からお腹にかけて吐血で真っ赤に染まり、床は吐しゃ物と排泄物で汚れていた。


長い黒髪…。僕はこの女性をしっている。


落ちていたカッターで体にまかれていたロープを切る。ロープでまかれていた痕が痛々しい。床におろす。既に息はなかった。髪をかき分け顔をみる。


「沙羅…どうして…」


横の鉄製の拘束台には、短髪の男性が手足を鎖でつながれ横になっている。


両目はくりぬかれ、腹周りは裂けて、中の内臓がぐちゃぐちゃになっている。よく見ると一匹のネズミがお腹のなかで死んでいた。


「譲二…。これは君なのか…?」


沙羅の死体を抱えたまま、惨たらしく絶命した譲二を眺める。


「はあ…うう…あああああ」


悲しい時って案外涙が出てこないんだ。ただ、ただ、二人をこんなにした人間を滅茶苦茶にしてやりたいんだ。許さない、絶対殺してやる。絶対殺してやる…。



「……はあはあはぁ…」


夢…?


額は汗でびちゃびちゃになっている。口の中が血なまぐさい。なんで…?あ、口の中が切れたのか。僅かな痛みと、指を口の中に入れてみると、血が少し指についていた。




11時55分。マンションの駐車場の前に立っていたら、一台の黒い高級車が止まる。


一人の少女が降りてきた。紫のドレスを広げてお辞儀してくる。


「ごきげんよう。阿蘭様」


「今日はよろしく」


「ええ。楽しい一日にしましょうね」


楽しい一日か。


「そうだね…」


先にマリアが車に乗る。「どうぞ」と言われ、僕も続いて乗り込む。マリアの奥には昨日見た銀髪の少女が乗っていた。僕の方に一瞬顔を向けてくるも、すぐに正面に顔を向きなおす。運転手は少し白髪の混じった高齢の女性だった。こちらは僕が車の中に入ると、にこやかに微笑んできた。昨日のシスター達と同じ対応だな。決して話しかけてこない感じもな。


すぐに車が動きだす。


「阿蘭様は昼食はまだですか?」


マリアが大事に抱えている木製のランチボックスが目に映る。


「朝から何も食べてないよ」


「まあ、それはいけません。ちょうどわたくしサンドイッチを作ってきたんです。阿蘭様もいただきましょう」


「ん…。…うん」


マリアはランチボックスの蓋を開ける。中から木の弁当箱が二つ出てくる。


「はい阿蘭様」


片方の弁当箱を渡してくる。渡された弁当箱を開けてみる。卵がサンドされた物、レタスとトマトとハムがサンドされた物、それから…。ん、これはコロッケか?何かの揚げ物がサンドされた物、この三種類が綺麗に半分に切られて入っていた。


「ありがとう。いただくよ」


「ふふ」


マリアは満面の笑みを浮かべていた。


最初に揚げ物のサンドイッチを食べる。揚げ物の中身はクリームコロッケだった。普通においしいな。


「私たちもいただきましょうか」


マリアは持ってきていたもう一つの弁当箱から、サンドイッチを取り出し隣の銀髪の少女に渡す。渡された物を無表情のまま食べ始めた。


「阿蘭様、飲み物はいかがですか?」


マリアは僕に聞いてくる。


「飲み物?」


「はい。紅茶をボトルに入れて持ってきたんです。いかがでしょう?」


「じゃあ、もらうよ」


「はい」


ランチボックスからステンレスボトルと紙コップを取り出す。ステンレスボトルは透明だったので中身が見えた。濃いオレンジ色だ。


「阿蘭様はダージリンティーを飲まれたことはありますか?」


「ないかな。というか紅茶自体をほとんど飲んだことがない」


「ダージリンティーは香りがいいんですよ。後上品な渋みも癖になります」


「へぇ」


「ぜひ飲んでみてください」


紙コップにつがれたダージリンティーが手渡される。


それに口をつける。味は…。…よく分からないな。僕は好きじゃないが、好む人は好むんだろうなって味だ。


飲み干すと空の紙コップをマリアは受け取ってくれる。ビックリするぐらいの気の利いた子だ。見た目は中学生ぐらいなのに。


「まあ。全部食べてくださったんですね」


空の弁当箱を渡すと、マリアは驚いていた。


「うん、まあ。お腹もすいてたし。美味しかったしね」


「ふふ。嬉しいです」



食べ終えて少し経った後、外を眺める。ちょうど禪由市に入った所だった。銀髪の少女は目を閉じて寝ていた。マリアは行儀よく姿勢を正したまま座っている。


意外だったのはマリアが口数が多いタイプではなかったことだ。車内で永遠と話しかけられるものだと思っていたのだが…。その姿も相まって、何度見ても普通の女の子にしか見えない。血で染まったドレスのマリアと、今のマリアが全く一致しないのだ。沙羅が見せたくれたものがCGだと思うほどに。


だがマリアの前で油断は決してできない。必ず聞かなければいけないがもある。


「マリア、暇だし少し話さないか?」


「いいですよ」


「気になっていたんだけど、隣で寝ている子は妹かい?」


「ええ。そうです。名前は翠銀灯すいぎんとうです」


翠銀灯?変わった名前だ…。


「仲がいいんだね」


マリアはクスリと笑う。


「ふふっ。姉妹とはそうなんでしょうね」


”姉妹とはそうなんでしょうね"か。えらく他人事のように聞こえるな。


「…仲のいい姉妹が引き裂かれる事。残酷だと思わないか?」


「どういう意味でしょう?」


「分かるだろ。僕の友人の姉だ。マリア、君が隠しているんだろ」


「……ふ」


「……ふっふふっ…」


マリアはこみあげてくる笑いを、手で口元を抑え必死にこらえている。この瞬間マリアの本性が戸口から溢れでてきた。


「なにがおかしいんだ」


「阿蘭様ぁ、赤子がこの世に生まれたとき、なぜ最初に鳴き声をあげると思いますか?」


「どういう?」


「それはこの世が恐怖しかないからです」


「人は生まれながらに絶望を感じています。なら誰かが救って差し上げるしかないでしょう」


「何を言っているんだ」


「ああ、本当なら今日は阿蘭様と、この国で一番大きい水族館に行く予定でしたのに。一緒にイルカショーを見る予定でしたのに。ああ、阿蘭様はどうしてもあの場所に行きたいみたいです。ああ、どうしてこうなったのでしょう。ああ、どうして…」


言葉が通じる雰囲気がない。


「阿蘭様、いいですよ。あなたが気になっているものをお見せしますね」


マリアのこの言葉で、運転手は向きを変えて元来た道を引き返す。



「みははマリア、みーもこころもとこしなえにぃ、ささげまつる、あさなゆうな、まごころもて、きみをのぞみしぃ、たいまつるぅ…」


引き返す最中、マリアは聞いた事のない歌を静かに口ずさむ。



見たことのある道…。そう、昨日沙羅と歩いた山道だ。今その場所を車で登っていた。


隣を見る。マリアはニコリと笑顔を向けてくるだけだ。先程の狂ったマリアは消えていた。


しばらくすると昨日来た門の前に着いた。昨日と違う点は、施錠されていた門が開門されている事。


門の前で車を止める。


「阿蘭様ここからはわたくしと二人で向かいましょうか」


「ああ…」


二人でとは好都合だ。翠銀灯と運転手はマリア側だ。付いてこられても僕が不利になるだけだし。


門の先は写真の通りだった。整備された芝の土地が広がり、遠くに建物が見える。僕らは並んでこの場所を歩いた。


「綺麗な場所ですよね」


隣を歩くマリアはそう言う。


「そうだね」


「この場所は限られた人しか来られないんです」


「だから車の二人は一緒に来なかったと?」


「ふふ。翠銀灯は我が家のルールでこの場所には来れないんですよ」


どういう意味だ?


「そんなことよりも阿蘭様、手をつなぎませんか?」


「なんで?」


「ポカポカの陽気の下。甘い香りがする絨毯のような芝生の上。まさに絶好のデートスポットです。デートらしいことをしてみませんか?」


「……そうやって甘い言葉で誘って、その手で僕を殺すのか?」


「え?」


マリアはポカンと口を開けて立ち止まる。


「ここで女の子二人を殺したんだろ。その手で」


「ふっふふっ」


マリアは口を塞ぎながら笑う。


「阿蘭様は本当に面白い方ですね。聞かせてください。どうやって、その…殺害するのでしょう?」


どうやって…?


マリアの手に視線を向ける。…馬鹿馬鹿しい。そんな気持ちになるほど普通の汚れ一つない綺麗な少女の手だ。


「いや…」


「悪い夢を見たんです。阿蘭様はせん妄はご存じですか?」


「せん妄?」


「はい。せん妄とは意識の混濁です。幻覚や幻視なんかが起こるそうですよ。阿蘭様は最近酷く疲れた経験はありませんか?ストレスが続いたりとか」


「そんなことは…」


「わたくし腕のよいお医者様を知っています。阿蘭様、もしよければ紹介しますよ」


「いや、大丈夫だよ」


「そうですか。そうだ、もしよければこの先に、わたくしが通う教会があるんです。そこで一休みしませんか?」


「休む…?」


休むのはありか。休んでそれから…


…ん、あれ、なんで僕はこんな場所にいるんだろ。


考えないといけないな。考えないと。…考えない…と


………考え…。


目の前が頭が真っ白になる。なに、これ…。


「ふふふ」


マリアの笑い声が遠くから聞こえる…。






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