楽園
僕の住んでいるマンションは、最初に来訪者が目的の部屋番号を選ぶ。そして入居者側が外カメラで誰が来たかを確認し、承認して初めてマンション内に入ることができる。
15時12分。沙羅が僕のマンションの前に来ていた。
急いで携帯を確認する。特に連絡はない。珍しい。沙羅が連絡もなしに急に来るなんて。一体どうしたんだろう…?
とにかく中に入れないと。セキュリティーを解除して入口の開錠を行う。
沙羅が入ってきたのを確認して、僕も一階に降りる。
階段で急いで降りたので、ちょうどエレベータで行先ボタンを押そうとしている沙羅とタイミングばっちりで会うことができた。
「はぁはぁ。どうしたの?」
「わざわざ降りてこなくてもよかったのに」
「まあ確かに。で要件は何かな?」
「履修登録、せっかくだから一緒にしようと思っただけ」
「…いいけど、部屋の中汚いよ。それでも上がる?」
「お邪魔します」
「はいはい」
一階の自動販売機でペットボトルのお茶を二本購入し、4階の僕の部屋にエレベーターで上がった。
「どうぞ」
部屋の扉を片手で抑えたまま沙羅を手招きする。一度扉を閉めてしまうと外から開ける事ができない。面倒だが手で押さえるか、ドアストッパーで対処するしか方法がない。
先に部屋に入っていた沙羅は、背負っていたリュックを肩からおろす。
「その机使っていいよ。僕はベッドの上で作業するから、後これ」
先程買ったお茶を一本手渡す。
「ありがと」
沙羅は散乱した衣類の山と、大量の段ボールをみて苦笑いする。
「はは、すごっ…」
「あらかじめ、部屋の中は汚いって注意喚起したはずだよ」
「そうだねー。履修登録が早く終わったら、片付け手伝ってあげるね」
17時すぎ。僕と沙羅は大方の履修登録を済ませた。
「ふぅ。最後に金曜日の4コマ目は地理学でいい?」
沙羅に聞いた。
「いいよ~。選択した講義、定員オーバーしないといいね」
「そうだね」
栄華帝国大学は、この国で一番賢い大学である。それと同時に国一番の在学者数を誇る。その弊害か人気の講義には人が集中しすぎる。それぞれの講義には定員人数の上限が存在するため、最悪の場合抽選ではじかれ、受講できないのだ。
3日後に上限人数を越えた講義は抽選を行うので、外された講義の補填をそれ以降に行わないといけない。面倒だ。
「部屋の片付け、手伝おっか?」
「ん?」
床に落ちていたミロに電池を差し込む中、沙羅は片付けを手伝うと言い出した。
「いや、よく考えたら普通に申し訳ないし、空いた時間に自分でやっとくよ。それより、外散歩しない?人探しのヒントも得られるかもしれないし」
「人探し…?お姉ちゃんの事?」
「そうだよ。切手は明鄭市の物だったんだよね。じゃあ案外近くにいるかもしれない。いやそもそも、明鄭市で切手を売っている場所に行って聞き込みでもしてみたら…」
「無謀よ。切手はコンビニ、スーパー、金券ショップ、役所、どこでも売ってるの。それになんて聞くの?私が最後にお姉ちゃんのを見たのは、10年以上も前なんだし、今の特徴なんて分からないよ」
「うーん…」
「あ、そうだ。沙羅って絵を描くのは得意?」
「絵?創造して描くのは無理だけど、見たことがあるものをそのまま描く事はできるよ」
「さすがだね」
引き出しの中から、前もって準備していた、スケッチブックとカラーペンを取り出し、それを沙羅に渡す。
「じゃあ沙羅が最後に見た姉の絵を描いてみて」
「分かった」
15分ぐらいで顔だけ描かれた絵が完成する。出来上がったものは、昔の沙羅とよく似た姿をした少女だった。ただ、目の瞳の色が沙羅とは違い緑色だ。
「何に使うのそれ?間違っても、コピーしていろんな人には配らないでね」
「まさかぁ、そんなことには使わないよ。描いてもらった理由は、僕がしっかり沙羅の姉の姿を認識したかっただけさ」
「ふーん」
グロリカ人特有の緑の瞳。右耳の欠損もある。恐らく拷問にあっているなら他の部位もただではすんでいないかもな。最悪の場合は…。
「あ、散歩はしよう。僕も沙羅もここに越してきて、地理はそこまで把握していないだろ。時間があるときに街を歩いて回るのもありじゃない?意外な発見があるかもしれないし」
「そうね。近くで阿蘭と行ってみたい場所もあるし」
「いいね」
マンションを後にした。出てすぐ真向かいに高層マンションが建っている。
実はここに沙羅が住んでいる。偶然なのか必然なのか、まさか徒歩3分の場所だとは…。
道を歩いていると、小学生服を着た恐らく姉妹が仲良く手をつないで歩いていた。
その姿を沙羅は静かに眺めている。
「沙羅の姉ってどんな人なの?」
「世界一優しい人」
「へぇ…」
「…私、阿蘭と初めて会った時病弱だったの覚えてる?」
「ああ、確か喘息だっけ?でもほとんど治りかけだったよね?」
「うん。お義父さんにいい病院を紹介してもらってね」
「…でも昔は、治療なんて受けさしてもらえる状況じゃなかったけどね」
「グロリカ公国にいたとき?」
「そう。ほんとに周りは酷い人たちで。お姉ちゃんがいなかったら私死んでたかもね…」
「なーんて、そんな昔話してもしょうがないし」
沙羅は急に僕の服を掴み、立ち止まる。何事かと沙羅の方を向くと
「いてっ」
僕の顔を軽くつねる。
「こんなしんみりした雰囲気になったのは阿蘭のせいだよ」
「急にお姉ちゃんの事聞くし」
「情報収集だよ。身内の情報は身内に聞くのが一番正確だし。まぁ結局、優しいぐらいしか得られた情報はないけど」
「責任感も強いよ、それから歌も上手だし、あ、お話を作るのも得意だったかも。寝込んでいた私に、よく自作した物語を聞かせてくれたし」
「料理も上手だし、髪を切るのも上手だし、裁縫も得意でしょ」
「それから動物の鳴き声の真似も得意で、よく笑わせてくれたでしょ」
「他には…」
「あー、もう大丈夫。大体分かったよ」
「え、まだたくさんあるんだけど」
「沙羅の意外な一面が知れて面白かったよ」
「それバカにしてる?」
「まさか。僕は自分より賢い人間をバカになんかしない。そんなことをしてみろ、自分がみじめになるだけじゃないか」
「え、返答に困るんだけど…」
家を出て15分ぐらい。特に景色の代わり映えもしない道を歩いていた。
この辺は住宅地が多く、見た場所と言えば、コンビニ、業務スーパー、公園ぐらいか。僕たちの住んでいる明鄭市もそうだが、禪由市別称一等級区以外は派手さはそこまでないな。支払いが住民カードしか使えない点を除けばだが…。
「僕と行きたい場所っていったいどこなの?」
「もうすぐでつくよ」
進むにつれて、人や建物が少なく閑散とした土地に入っていく。
「ねぇ、まだなの?」
「もうちょっとだから我慢して」
既に歩き始めて40分以上経ったぞ。
先程から山道に入っている。どこまで歩かされるんだ。というか人が歩く距離じゃないだろ。沙羅はずっと、携帯をみながら黙って歩いているだけだ。日も暮れ始めてきた。これは帰るのが大変だぞ。
幸い歩道はきれいに整備されているので歩きづらいという事はないのだが。
さらに10分歩くと、大きな門で施錠された場所に着く。
「ここどこだよ」
「これ見て」
沙羅は持っていた携帯を僕に見せてくる。携帯の画面には上空写真ではあるが、広大な整備された芝の土地、その一番奥に一つの建物が写っていた。
「この先が、今見せた写真なの。変じゃない?」
「なにが変なの?金持ちが動物でも走りまわしてるだけなんじゃないの?」
「じゃあこれは?」
沙羅は携帯の画像をスライドして別の写真を見せてくる。そこには先程の上空写真より、さらに地上に近づいた写真だった。芝の上でドレスを着た少女三人が遊んでいた。
「金持ちの子供じゃないの?」
「ふーん。もっと拡大するね」
携帯をスライドする。
「は、え?」
その写真は少女達の顔ハッキリと写っていた。そこに一人だけ見覚えのある金髪の少女がいた。
「私高性能のドローンを実家から持ってきたの。明鄭市を毎日、上空から観察してたんだけど…。たまたま、一昨日この場所を見つけて…」
「この白いドレスの子、昼間いたシスターの女の子だよね…?沙羅もしかして気づいてた?」
沙羅は頭を縦にふる。
「いや、まあ…。あの子だって子供だし、仕事休みに遊んでても…」
「最後にこれ…。5分後の写真なんだけど…」
その写真を見た瞬間、頭をパールで殴られたような衝撃に襲われた。
「なんだよこれ…」
胴体と頭がちぎれた少女2人の死体が芝に転がっている。真っ赤に染まったドレスのマリアは笑っていた。
「この5分間で信じられない事が起こって…」
……だめだこれは。
「青いドレスの子を馬乗りして、首根っこを掴んで手で無理やり引きちぎったの。胴体から噴水みたいに血が噴き出して…。怯えて動けなくなった黄色いドレスの子も同じようにして…」
「この場から離れよう」
沙羅の腕をつかんで元来た道を引き返した。




