文化祭の前と後(過去)
「酉井さん物理のノート見せてもらってもいい?」
「私のでよければ…」
「助かるよ。隣の席が酉井さんでよかった」
「……へへ」
僕の在籍している亜噌高校は、70パーセント以上が就職するので決して進学校とは呼べない。しかしそれは文系に限った話だ。理系だけに目を向ければ、8割は進学する。つまりそこそこの学力を要していないと授業についていけなくなる。
まあそれは一般の生徒に限った話だが。僕は正直欠伸が出そうなほどレベルは低いと思っている。昨日の夜、趣味の機械いじりで朝方まで起きていて、全く授業を聞かずに寝ていてもね。
じゃあなぜノートを写さしてもらうのか?
答えは簡単だ。教師にノートを確認され、ちゃんと書いていないと平常点がもらえなくなるのだ。いやらしい話、校内推薦が欲しい。3年時に必死に受験勉強をするぐらいなら、同級生に頭を下げてでも楽な道を選びたい。
ただ、誰でもいいってわけじゃない。酉井雫さんはクラスで一番ノートをまとめるのがうまい。そのまま写すと怒られるので、劣化物に直した時、基準は高い方が劣化物でも見栄えがよくなるという算段だ。
そして酉井さんは、小動物のような見た目も相まって、陰キャらの僕からしたら話しかけやすいのだ。後は…
「阿蘭、また雫に見せてもらってるし」
後ろの席の沙羅と酉井さんが仲がいい。一つのコミュニティーが僕の周りで形成されて、自ずと沙羅と仲がいい僕も酉井さんに近づけたわけだ。
「大丈夫だよ沙羅ちゃん…」
「迷惑だったら断りなよ」
「あ、そうだ。次からは私のノート写したら?」
「沙羅のノートはちょっと…」
一度だけ沙羅にノートを協力してもらったことがある。まあ中身は酷い物だった。字が汚い、カラーペンを使っていない等ならまだ許せるが、沙羅のノートは教師と沙羅のテスト当てっこゲームになっている。教師が黒板に重要な事を書く。沙羅はその教師の作りそうなテストを推測して、出題予想の問題の答えだけノートに書く。
初めて沙羅のノートを見たときは何事かと思った。短文で箇条書きまみれなのだ。沙羅曰くノートの使い方はこれだよと説くが、教師とひと悶着あったことを僕は忘れていない。
亜噌高校の理系クラスは、各学年文系3クラスに対して1クラスだ。理系の生徒数も1クラス大体10~15人。僕たちの学年は11人しかいない。
そんな少数精鋭の理系クラスで面倒なイベントが始まった。
「はい、じゃあ文化祭実行委員をきめるぞ。立候補者はいるか?」
10月中旬、毎年恒例の文化祭の準備が行われる。僕たちのクラスは今年、手作りミニ四駆大会に決まった。コースとミニ四駆を自分たちで作り、お披露目するというものだ。これに関しては大得意なので問題ない。
まあ僕が組織表で案を通しただけなのだがな。
問題はこの次だ。2年時から各クラス3人づつ文化祭実行委員を決めないといけない。担任が立候補者を募るが案の定誰も出てこない。その結果、結局くじとなる。
11人しかいない僕たちのクラスは27%という高確率で実行委員にされる。
「読み上げるぞ。出席番号、2番、3番、5番。呼ばれたものが実行委員だ」
はいはい。東雲阿蘭、周東沙羅、土御門実治。この3人に決まってしまった。運ゲーはどうしようもないな。
実行委員が決まった翌日の放課後、三年のクラスで顔合わせと、予定決めとなった。
「二年の東雲阿蘭です。よろしくお願いします」
「おーい二年、お前はなんかねぇのか?」
「なんか一発芸とかやらしてみようぜ」
「いいね、けつで割りばしとか割らせてみるか?」
「おれ風船持ってるで。これ鼻で膨らまさせるとかどうや」
3年の先輩方が無茶ぶりを言ってきた。僕の前に挨拶した二年の文系生徒もこの無茶ぶりで殺されかけていた。どうするべきか…?
「二年理系の周東沙羅。先輩方こんにちは」
「?」
「おいまてや。まだそのガキがなんもしてねぇぞ」
「はい?」
3年のピアスをした巨漢のゴリラのような先輩が僕の方に近づいてきた。
「おいゴラァ、さっさとなんかしろや?死なすぞわれぇ」
椅子に座っている僕の目の前に立ち、怒鳴ってきた。
最悪だ。3年の文系の連中は輩が多いとは聞いていたが、ここまでとは。
ここは学校じゃなくて動物園かよ。しかも3年の理系の人誰も来てないし…。
「だっさ」
僕の横に座っていた沙羅がゴリラをばかにした。
「あんっ?犯すぞくそ女」
「あなた梵司さんですよね」
「はぁ?だったら何?」
「鉄道公園の鉄道模型の中で、歯のない女性の方と前一緒にいましたよね?」
「あ?なんでそんなこと知ってんだ?」
「腕をまくって注射打ってませんでした?あれなんです…?」
沙羅は不敵な笑みを浮かべていた。
「ははは。こいつ何いってんの。お前がなんか打っとんちゃう?」
沙羅はポケットから携帯を取り出し、何かを梵先輩に見せた。その瞬間梵先輩の表情が固まった。
「これな~んだ?」
梵先輩は沙羅の持っていた携帯を奪い取る。
「無駄ですよ。バックアップとって家のパソコンに保管してますから」
携帯を床に投げつけ、座っていた沙羅の胸ぐらをつかみ上げる。
「殺す」
「あはは。どうやって殺すんです?」
左手で胸ぐらをつかんだまま。右手で首を絞め始める。
「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」
流石にまずい。すぐに立ち上がり、梵先輩の右手を引きはがそうとする。しかしびくともしない。
僕が動いたのを見て、流石に3年の先輩方も、梵先輩と沙羅を引きはがすのを手伝ってくれた
「沙羅、大丈夫か?」
倒れこんでいた沙羅の体を揺する。
「はぁはぁはぁ…。は…。はは。やばすぎ…」
沙羅は苦しそうにしながらも笑っている。
「これ」
沙羅の携帯を手渡す。画面には思いっきりヒビがはいっていた。
梵先輩は自分の席に戻ると、一言も仲間と話すことなく最後まで沙羅の方を睨み続けた。
「サービス!」
股間だけタオルで隠した二年の文系クラスの男子が、床でブリッジしながら三年の先輩に下半身を向ける。
「ははは、何がサービスや。気色悪いねん」
恐ろしい光景だった。沙羅と梵先輩のひと悶着が終わり、この後どうなるのかと思ったが、別の3年生が仕切りはじめ、地獄の一発芸を他の生徒にさせ始める。
「あー、笑ったわ。梵元気出せや、次の二年にもギャグやらせるからさ」
「じゃあ次お前な。名前とかいいから服ぬいでエビの真似せい」
「は、はい…」
2年が服を脱いでいる途中、一人の女子が教室に入ってくる。
「ごめーん。遅くなったね。え、何で脱ごうとしてる?」
その先輩は見たことがあった。生徒会長の水鶏口先輩だ。度々全校集会のとき壇上で進行を務めていたので、誰しもが知っている。
「あ、あかりちゃん。遅いで。暇やったから漫才してもろうたんや。な?」
「はい…」
「そうなのか?神楽坂、絶対にいじめは許さないからな」
「はは、冗談キツイで…。わしとあかりちゃんの仲やん」
水鶏口先輩が来た後、お互いの自己紹介、実行委員の主な仕事内容の説明をしてもらった。驚いたのは、散々暴れていた三年が借りてきた猫のように大人しくなったのだ。女子にしては少しだけ背が高い、ポニーテール女子にそこまでの力があるのか…?
「今日は遅くなってすまない。先生と進路相談があってな…。とりあえず来週は具体的なスケジュールを決めて行こう。それじゃあ解散だ」
「沙羅帰ろう、途中まで送るよ」
「え、ほんと…?」
僕の家は学校から500メートル先の場所にある。亜噌高校を選んだ理由も、ギリギリまで朝寝ていられるからだ。一方沙羅の家は、学校から8キロ離れた山の方にある。流石に家の前まではつらいので、沙羅が普段乗って帰る2キロ先のバス停まで送ることにした。
「送ってくれるなんて珍しいじゃん」
「まぁね。梵先輩に待ち伏せとかされたら怖いしね」
「ふふ。阿蘭がいても守ってくれるか不安」
「確かにね。まあいざとなったら走って逃げよう。機動力は僕と沙羅の方が優れてるだろうし」
「あはは。私のナイトにしては合格かな。僕が身代わりになるよなんて阿蘭に言ってほしくないし」
「そうだね…」
「東雲は本は好きか?」
「まぁ、嫌いではないですね」
文化祭が終わった後、学年の違う水鶏口先輩とは疎遠になっていた。
12月の初めの放課後、たまたま来た学校の図書室に先輩はいた。机いっぱいに参考書を広げ、たった一人で勉強している。
「そうか、私は本を読むのはそんなにすきじゃないな…」
「まあ人それぞれですからね」
「聞いてもいいか?東雲から見て私はどう映る?」
「品行方正な人ですね」
「品行方正か…。私は出来損ないだがな…」
「先輩が出来損ないなら、優秀な人間はこの世にほとんどいませんね」
「そんなことあるわけ…なぁ、東雲」
「はい?」
水鶏口先輩は勉強している手を止める。
「私には、5人の姉妹がいる」
「多いですね」
「三年に一度みんなで顔を合わせるのだが、出来損ないの私だけ成長が止まらないんだ」
「高度な皮肉ですか?」
「はは…」
「東雲、今から手品を見せよう」
先輩はそう言うと、財布からコインを取り出す。
「このコインを真っ二つに割る手品だ。一度しか見せないからな」
「それって…」
"バキッ"
「!?」
先輩の持っていたコインはきれいに割れていた。
「どうやって割ったと思う?」
どうやって…?
「え、コインが古かった…?」
「古かったらコインは割れるものなのか?」
「あ、いや…」
一体どうやったんだ…?
「ふふ。手品だよ」
手品だと…?
まあいいか。
「……勉強の邪魔になりそうなんで、僕はそろそろ帰りますね」
そう言い残し、図書室を出ようとした時。
「東雲最後にいいか」
水鶏口先輩に呼び止められる。
「なんですか?」
「今後君が彼女に会う可能性は限りなく低い。ただもし奇跡的な確率で会ってしまった場合…」
「?」
「逃げてくれ。その女の名前はメイドだ」
「先輩って冗談も言うんですね」
「冗談か…。まあ頭の片隅にでも置いておいてくれ。それじゃあまたな」
「はい」




