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竹の浮橋  作者: 加藤無理
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通行

 当日の十月二日。曇天。残暑は終わったがまだ暖かい。鎖は早めに来た。周りを見渡しても昼喜らしい男は見当たらない。昼喜がどんな服装でどれくらいの背丈なのか分からない。腕はしっかりして筋肉質だが身体全体が太いわけではない。あの時、顔は逆さで正面ではどんな容貌なのかあまり分からない。声はハッキリと覚えている。


 改札口を出るまで不安だったが、駅員にも警察官にも出会わなかったし、周りも鎖を気にしていない様子だった。西口で待ってても人を観察する様な人物はいなかった。誰も鎖がナイフと催涙スプレーを鞄の中に入れている事に気付いてないようだ。真っ直ぐ早足で歩く人達の中、スマホを眺めながら歩く通行人も沢山いる。


 鎖は頭をゆっくり左右に振りながら昼喜を探す。人通りが少なくなると出入口の近辺を歩き回る。何度か通行人にぶつかりそうになりながら謝る。


 売店の脇に立って大人しくする。スマホで確認すると十時五分。鎖は考え直した。確かに昼喜は念を押したが、それは悪戯いたずらであって、実際に来ないかもしれない。鎖も昼喜も互いに連絡先を一切知らない。昼喜にとっても鎖は十分に不審者である。鎖を待ち合わせさせてすっぽかせば寝ている時に弄ばれた仕返しになる。全く危険もない。


 鎖は肩を落として溜息を吐いた。騙された自分がみじめだ。自己嫌悪とやり場の無い怒りがこみ上げる。このまま帰るか、折角せっかく来たから周辺を散策するか。鎖が迷っていると、

「鎖」

 と、呼ばれた。聞き覚えのある穏やかな声。鎖が振り返ると男が満面の笑みで歩み寄ってくる。少し厚手の上着のファスナーをしっかり閉めており、ジーパンを履いている。男の顔と容姿に合っていて様になっている。


 男は鎖の一歩前で立ち止まる。穏やかに微笑む。背丈は鎖とほぼ同じ。鎖は女にしては大柄だが、男は平均的な男性よりも小柄だ。鎖は、

「新垣さん?」

 男は苦笑しながら、

「昼喜で良いよ」

 鎖が呆然としていると、昼喜は嬉しそうに左手でそっと鎖の右手首を掴む。鎖はビクリと驚いたが振り解かなかった。昼喜はポケットから右手でスマホを取り出すと、

「今、十時十分だけど、けっこう待った?」

「別に」

 鎖が短く答えると昼喜はスマホを元に戻して鎖の右手を軽く引っ張りながら踵を返す。そのままゆっくり歩いて駅から離れた。鎖も手首を掴まれたまま続く。


 昼喜は鎖を離そうとしない。それとなく道端に寄ったり、店やビルの扉から少し離れたり鎖を誘導する。後ろから来る自転車や前からふてぶてしく歩く若い男達を軽々と避けていく。道は狭くて人通りが多い。自転車も遠慮なく走る。周りにぶつからないように鎖が昼喜の後ろに隠れようとすると、昼喜は引っ張って横に並ばせる。時には鎖の左肩を掴んで軽く抱き寄せる。周りの通行を妨げないようにしながらも鎖を離さない。


 熱愛を見せつける愚かな男女と見なされて、周りから侮蔑の視線を浴びる気がして鎖は俯いた。人通りが少なくなっても昼喜は鎖を離そうとしない。

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