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竹の浮橋  作者: 加藤無理
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瞳の奥

 性交したばかりなのに鎖は距離を置こうとする。昼喜を抱き返したり手を握り返したりもしない。少しでも油断すると立ち去ってしまいそうだ。家に連れて来る時よりは心を開いているようだが、まだ遠慮している。鎖は俯いたりぼんやり周りを見渡したりしているが、昼喜の顔をなかなか見ようとしない。


 電車に乗った時、扉付近の邪魔臭い男と煩わしい女達の一人が罵った。俯いていた鎖の顔は見えなかったが、身体が強張っていた。怒りや悔しさよりも虚しさを感じていたのだろう。昼喜は罵倒した二人を睨み返した。鎖は気付かなかったようだが、二人は怯えた様子で昼喜から目をそらした。


 若い美男美女がイチャイチャしたり、逆にブス不細工が自分達の世界に浸ったりしたら確かに周りは疎ましく思う。昼喜自身もバカップルは嫌いだ。特に交際相手がいない時は舌打ちもする。


 交際相手と一緒に人前で歩く時もなるべく落ち着いた態度をとっている。女の方から甘えてきたらそれなりに応じるが、目立つようなことはしない。二人きりになれば違うが。


 昼喜自身は自分を美形だと思い上がっていない。化粧をせずにダサい格好をしている年増の鎖を一目見ただけで見下す者は多いだろう。実際に今日だけで鎖にも昼喜にも侮蔑の視線を送る者は何人もいた。老人も子どもも男も女も。唯一、駅に向かう途中で温かく微笑む若い女がいた。小さく何か唸っていた。少しチグハグな格好をした女性知的障害者だ。断言は出来ないが健常者ではない気がする。鎖は俯いてて気付かなかったらしいが、昼喜はその微笑んだ女に笑顔で応じた。


 昼喜は小声で降りる駅を鎖に教えた。鎖は頷いた。電車は何度も揺れる。停車と発車が特に不安定だ。日本の電車は荒くないし乗客達も慣れているが、少し疲れる。鎖も自分で踏ん張っているが心許こころもとない。体幹は悪くないだろうが鎖は今、吊り革に掴まっていない。昼喜は力を加減しながら、鎖が体勢を崩さないようにした。鎖は何となく前の乗客の上を眺めている。窓からの景色はそんなに美しくない。ゴチャゴチャした建物と道路が見えるだけだ。時折、線路が谷になって土手しか見えない時もある。


 昼喜は鎖の横顔を見つめながら、

「鎖」

 と、小声で呼んだ。鎖は正面を向きながら、

「何?」

 と、短く尋ねた。気まずそうな声。昼喜は、

「俺の顔、まだ赤いかな?」

 鎖がやっと振り向く。昼喜は満面の笑みを浮かべる。鎖はじっと見つめるが、瞳が揺れている。確かに間近で見れば皺が出来かけているし本当に四十歳に見える。凡庸以下の顔をしている。けれども肌の質は悪くないし、何より瞳に意思が感じられる。鎖がどんな人生を歩んで何を理想としているのか分からないが、昼喜は鎖の目も顔も不快ではなかった。鎖は恥と諦めを抱えているが、他にも何か有るようだ。


 鎖は、

「大丈夫だよ」

 冷静な声で答えるとまた正面を向いた。昼喜は悲しい顔をした。鎖の顔をもっと見ていたかった。

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